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善悪と、僕と、彼女たち  作者: 砂鳥 えいち
1章 花壇荒らし
7/24

第6話 本当の始まり

 それは僕達が南雲会長の花壇荒らし調査の次の日のことだった。

 いつもと同じようなホームルームの後、突然の全校朝礼。先日、花壇が荒らされた時の朝のような既視感が僕を襲う。

 慌しい体育館への移動の中で、僕はやや緊張した気持ちで皆と共に歩いた。

 騒がしい生徒達を教師たちが宥め、壇上に校長が姿を現す。苦い顔をした校長は、重々しい雰囲気を出しつつマイクの前に立った。

「全校生徒の皆さん、先日、花壇を荒らされたことはご存じかと思います。しかし、また事件が起きてしまいました」

 生徒達が再度、ざわめきだす。

「静かにしてください。今度は教師の私物が盗まれました。誰の、とは申し上げませんが…大変嘆かわしいことです」

 僕は大仰に肩を竦ませる校長のことを乾いた視線で見ていた。教師の誰かの私物が盗まれた、ということだが、その教師が誰なのか何故言わないのだ。

 体育館の脇に整列している教師陣――その中の一人、三門健介教諭はそわそわとした様子だった。彼が私物を盗まれた張本人に違いない。

「学校外の人物の可能性ありますが…遺憾なことながら我が校の生徒ということも考えられます。心辺りのあるものはなるべく早めに名乗り出てください」

 そんなすぐに名乗り出るような人物が教師の私物を盗むなんて考えにくいけど。

 僕は腹の中でそう思いながらも、三門健介の様子をずっと眺めていた。


「ねえ、大変なことになったわね。これは盗人ぬすっとの調査も始めたほうがいいんじゃない?」

 屋上で僕達が集まると、宮代がそう言いだした。

 もはや僕達が屋上で一緒に昼食を取ることは日課となりつつありそうだ。

「花壇荒らしの犯人の目星もついていないのに、今度は盗難犯の調査かい?それは忙しそうだ」

「でも、一体、誰の私物が盗まれたわけ?」

 三門の私物だよ、きっと。と僕が言うより早く、

「――三門先生のものね、きっと」

 と如月が言った。

「どうして…」

 僕は驚きを隠せない。如月に胸の内を見透かされているようで怖かった。

「先生たちの様子をずっと観察していたのだけれど、いつもより三門先生はそわそわしていて落ち着きがなかったわ。不機嫌そうでもあったし。自分から『私物を盗まれて困ってる』と態度で表しているみたいだったの」

 淡々としつつも、その観察眼に僕は感嘆する。そのことに気付いていたのはてっきり自分だけだと思っていたのに、まさかここにもう一人気付く人物がいるとは。

 如月は、謎めいたところがある優等生だけれど、ここ数日、行動を共にするようになってはっきり分かったことがある。それは彼女が成績だけではなく本当に優秀な人間だということだ。

 それは瞬間的な判断能力だったり人の様子を見抜く能力だったり、様々なことに及ぶ。きっと僕が気付かないようなことを彼女は気付いたりして、僕は違う何かを考えているのだろう。

 もし、この三人の中で推理物の主人公になるとしたら間違いなく彼女に違いない。それも極めて優秀な探偵役だ。――実際は花壇荒らしの犯人なのだが。

「え~、私、ぜんっぜんわからなかった。そうなの?三門先生の何が盗まれたのかな」

「そこまでは分からないけれど、ずいぶんと落ち着きがなかったから、盗まれて困るようなものじゃないかしら」

「お金…だとしたらやっぱり財布とか?」

「それは誰が盗まれても困るものでしょう?だとしたら落胆した様子だと思うの。仮に私がお金を盗まれたとしたら、落ち込むとは思うけれど、そわそわしたりしないわ。きっと盗まれて困るもの…見られて困るものだと思うの」

 やはり如月の指摘は鋭い。対して宮代は「あ、わかった、きっとエッチな本だ」などと言いだしている。中学生でもあるまいし、エッチな本を盗まれて困る教師がどこにいるというのだ。更にエッチな本を盗む輩などいるわけがない。

「三門先生っていえばさぁ、そういえば悪い噂があるよね」

「何かしら」

「何か気にいった女子生徒にストーカーみたいなことするとか…贔屓が露骨っていうかさ。イケメンなんだけど」

 確かに三門はあまり良い噂を聞かない教師だった。地元の有力者の息子ということもあり、校長でさえあまり強いことを言えない若手教師である。

「まさか、次の調査対象は三門先生とでも言うつもり?」

 僕は宮代を茶化すように言った。

「まさか。先生が花壇を荒らすなんて考えられないし、そもそもメリットがないでしょ。この間の如月さんの話を聞いて私はその線で考えることにしたのよ、んで、一人、心辺りが出来たわけ!」

 自信ありげに話す宮代の顔は誇らしげだ。しかし、哀しいかな。彼女の心辺りが犯人に辿りつくことはないであろう。一応、聞いてみることにする。

「…それって誰?」

「うちのクラスの山元よ。なんでか、っていうと花壇の水やりをすごく嫌がってたから。朝早く水をまいたりするのなんて、面倒臭いってぼやいてたことあったしね」

 やはりはずれだ。

「…その山元くん、の調査をするの?僕は気が進まないんだけど」

「なんでよ!!」

 だって、絶対、犯人じゃないし。犯人は目の前にいるし。

「なんて言えばいいのかな、その人は犯人じゃないと思う。だって水やりしたくないからって花壇荒らすなんてばれたときのリスクが高すぎるよ」

「うう…。確かに冷静に考えればそうでしょーよ。だけど、それ以外に犯人が思い浮かばなかったんだもん」

 ぷっくりと不機嫌そうに頬を膨らませる。童顔な顔つきでそんな子供っぽい表情をされるとまるで中学生である。

「まるで中学生みたいな顔だな」

 思わず本音を言ってしまった。

「な、なぁんですってぇ~!!人が気にしていることを!!」

「え、童顔なこと気にしてたの?」

「あ!今、言った!!童顔って言った!!」

「だって事実じゃん」

「ひどい!!あたし、高2なのに!大人な女目指してるのに!!」

「まず、そのうるさいところを直さないと大人とは言えないね」

「な、な、な、」

「なぁんですって~」

「真似しないで!!」

「くすくす、あははは」

 僕達の言い合いを見て、急に如月が笑いだした。そんなふうに彼女が普通の女の子らしく笑うところは初めてだったので僕は面食らう。宮代も同じような気持ちだったのか、きょとんとした顔をして如月を見つめていた。

「ご、ごめんなさい。二人があまりにも仲が良かったからつい…」

「仲が良い!?どこが!?」

「仲が良い!?どのへんが!?」

 僕と宮代が二人で抗議する。

「ほら、二人とも同じような言い方だし、案外気が合うのかもね」

「勘弁してよ、如月さん」

「そうよ、如月さん、こいつと気が合うなんて。そんなんじゃないから」

 それでも否定しあう僕達が面白かったのか、ずっとくすくす如月は笑顔を絶やさずに笑っていた。

 結局、その日は適当な調査対象が誰も挙げられなかった為、特定の誰かを調査するという話にはならなかった。

 一時、調査は休止ということになったのだ。

 僕個人としては、花壇荒らしの犯人よりも、三門の私物を盗んだ犯人が誰なのか、という話題のほうが気になってしまい、話に身が入らなかったというのもある。

 花壇を荒らす、なんていう事件は確かにあまり良いこととはいえない。

 しかし、今回は窃盗。完全な犯罪である。

 僕の学校生活において、本当に悪質な犯罪事件がようやく始まったといえる。


 自室にいて、僕はこれからのことを考えていた。

 パソコンの前でSDカードのデータをチェックする。目の前の現れたのは女子高生たちのあられもない姿である。年頃の年代である僕にとっては、とても刺激が強い。

 インターネット上にはありとあらゆるデータが散らばっている。

 それらのデータの一つ一つが本人にとっては重要であったり、全く重要でなかったりするのだ。

 例えば、僕が法律的な重要判例などを見たとしても、それは全く興味のない事柄で、僕にとってはそれほど意味のないものだ。しかし、弁護士や法に携わるものにとって、その重要判例は重要なのだ。

 そして、僕が見ている女子高生の裸体などは、間違いなく僕にとって重要なデータに違いなかった。

 きっとここで背後のドアが開けられて、家族――特に妹にこの光景を見られた日には、僕は兄としての威厳を失くすことだろう。

 僕はあらかたデータを見終えると、すぐにパソコンをシャットアウトした。

「ふう…」

 と、息をつく。あまりにも濃い性的なものの集合体に、僕は辟易してしまった。僕はまだ若いといっても、そんなに性欲の強いタイプではない。

 ――特に今、見ていたもののようなものに対しては。

 暗い部屋で暗い気持ちに沈んでいきそうになる僕を、携帯電話の着信メロディーが這いあがらせてくれた。

 一体、誰かと思ってメールを見ると、差出人は宮代このえだった。


「今度、二人で会える?」


 今まで、宮代とほとんどメールのやり取りをしたことのない僕は、メールが来たことさえ驚くのに、その内容にも驚かされてしまった。

 二人で、ということは、如月抜きで、ということだろう。

 宮代が何を考えているのか、僕には想像もつかない。取り立てて、良い予感はしないが、断る理由も見当たらない。

 僕は少し考えながら、彼女に返信メールを打った。

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