第5話 善良な人間とそうではない人間と 後篇
「やあ、よく来てくれたね。歓迎するよ」
放課後、ボランティア部の活動である清掃活動に顔を出した、僕と如月、宮代の三人は南雲会長に笑顔で迎えられた。
近くで見てみると確かに美青年だった。僕の身長が172㎝なのに対して彼の身長は175㎝を越えているだろう。均整の取れた整った顔立ちは如月と隣に並べば美男美女のカップルとしてふさわしい。笑った顔は爽やかで不自然さが全くない。
「突然、ごめんなさい、南雲会長」
「いやいいんだよ、如月くん。しかし、風紀委員がなんでまた」
「生徒達の風紀の乱れを管理するのが我々の務めですから。校内が荒れていれば生徒達の風紀の乱れに影響するでしょう。いつもボランティア部の皆さんにその部分を担っていただいておりましたが、私たちも何かお手伝い出来ることはないのかと、常々思っていたのです」
如月が微笑を浮かべてすらすらと話しだす。
「ねえ、宮代さん」
「ふぇ!あ、はい、そうなんです」
突然、話を振られた宮代は慌てながらも肯定する。
「そうか、それはとてもうれしいよ。でも、僕は自分が好きで清掃活動しているというだけであって、……別に皆の為を思ってしていることじゃないんだ。自分の為にやっているというだけだよ」
「それでもそれが善行ということに変わりありませんわ」
「ありがとう。家族がもともとクリスチャンでね、こういうボランティア活動を昔からしていたらそれが趣味になってしまった、それだけのことさ」
南雲会長はまた爽やかな笑顔を作った。この笑顔に一体何人の女子生徒が恋に落とされ、何人の男子生徒が「こいつにはかなわない」と思ったことだろう。
かくゆう僕も、実際に南雲会長という人物を見てすぐに思った。
――こいつにはかなわない、と。
人間、一つ二つの欠点を持っているはずだが、彼からはそういうものが今のところ一つも見当たらない。容姿と性格、爽やかな笑顔。それらが凡人よりも突出して輝いている。一般人の枠に納まり切れない、天性のもの。努力してもかなわない、という現実を目の当たりにさせられる人物だった。
「おや、君は、確か坂井くんだったね」
突然、南雲会長が僕を見てそう言った。まさか名前を覚えられているとは思っておらず、「え、あ、はい、そうですけど…」と戸惑ってしまう。
彼と接点など全くないはずだったが、一体、どうして。
「今日は宜しくお願いします。分からないことがあったら近くの部員か僕に聞いてくれればいいから。と、言ってもゴミを集めるだけなんだけどね。リサイクル出来るものかそうじゃないものか、判別がつかないものがあるかもしれないから」
「あの、どうして僕のことを御存じなんですか?」
「え、いや、全校生徒のことは把握しているから」
それは、まさか全校生徒の名前と顔を認知しているということだろうか。だとしたら、頭の質が違いすぎる。
「宮代さんは会長と同じグループでいいかしら?私と坂井くんはそれぞれ別々のグループになりたいのだけれど」
如月の提案に、南雲会長は不思議そうな顔を一瞬、浮かべたがすぐに了承した。
「うん?別に構わないよ。それじゃあ宮代さん、一緒に行こうか。おーい、みんな、こちらの如月さんと坂井くんが助っ人として来てくれたから宜しく頼むよ」
南雲会長が他のボランティア部員達に声をかける。今回、僕たちはそれぞれ別行動をしようと決めていた。
まず情報収集に不得手そうな宮代は直接、会長と行動してどう思うか調べ、如月と僕はそれぞれ別々のグループで彼に対する評判や悪い噂がないか調べる。
もともと、あの会長から不評が出るとは思わなかったが、結果は想像通りだった。
僕は如月たちと分かれ、正門周りを綺麗にするグループに配属された。よく見てみると、部員たちは女子ばかりだった。あの会長のルックスがこの女子たちを集めたのかと思うと、男として羨ましい限りである。
ゴミを拾うふりをしながら、僕はそれとなく会長のことを聞いてみる。まず、手始めに下級生の女子に声をかけてみることにした。
「ごめん、ちょっとこのゴミが不燃物か可燃物か分からないんだけど…」
「え、それは可燃物です。こっちの袋に入れてください」
「ああ、ありがとう。ところでさ、南雲会長って格好いいよね」
僕がそう言うと、女子生徒は顔に笑みを浮かべた。それは普通の笑顔ではなく恥じらいを伴った会長に思慕を募らせる少女の顔だった。
「え、はい…格好いいですよね。性格もいいし。南雲会長が生徒会長になってくれて本当に良かったと思います」
「そうだよねぇ、投票も断トツで一位だったしねぇ」
「はい、当然の結果だと思います」
「ところで会長って彼女とかいないのかな?あれだけ格好いいんだから彼女がいてもおかしくないよね」
まずは女性関係を聞きだしてみることにする。僕の質問に女生徒は首を振った。
「私もそう思うんですけれど、会長は女子と一定の距離を保っていて、そういう人はいないみたいです」
「へえ、なんでだろう」
「わかりませんけど、本人は勉強に専念したい、って言ってるみたいです」
女癖が悪いということはないようだ。あれだけのルックスがあれば、僕なら誰かと付き合ってみたいものだが。
「会長って男の僕から見ても完璧なんだけど、悪いところ、って言ったら聞こえが悪いかな…苦手なこととかないの?」
「苦手なところ…会長はスポーツも得意って聞きますし、苦手なものなんてないんじゃないですか?性格もいいし、悪いところなんて聞いたことないですよ」
思った通りの答えだった。
僕はそれからも他の女子生徒に同じような流れで質問を繰り返したが、答えはどれも同じようなもので、曰く会長は学校のプリンスだの、曰く会長は学校の王子様だの、褒め言葉しか出てこなかった。
途中、ゴミを捨てに行く途中、如月とばったり会うことになったので、途中経過を聞いてみることにした。
「どう?そっちの様子は?こっちは全然駄目だよ。いや、駄目というより、良いのかな。会長のことは良いことしか聞かない」
「こちらも同じような感じね。なんでも敬虔なクリスチャンの家系で、彼自身もクリスチャンらしいわ。幼少の頃から何かに奉仕することを当然だと思っているみたい。―――アガペー、無償の愛というものかしらね」
「すごいな…完璧な善人だ」
「宮代さんと帰りに合流して、そこで話しあいましょう。結果を出すのよ」
「了解」
僕と如月はそこで別れ、ボランティア部のゴミ拾いに精を出した。思っていたよりも校内にゴミは溢れていて、それを今までボランティア部が清掃していたというのだから頭が下がる。もし、ボランティア部がなかったら学校の周囲はどうなっていたのだろう。彼らがいたから自分たちは綺麗な学校に通うことが出来ているのだ。そして、それは南雲会長がいたからだ、ということを認識することとなった。
ボランティア部の活動も終わり、南雲会長は手伝いをした僕たちに礼を言った。
「いえ、お礼などとんでもありません。我々は風紀委員として当然のことをしたまでで、学校の美観がこうしてボランティア部の皆さま方によって支えられているということを痛感いたしましたわ」
などと如月が長ったらしい社交辞令を述べているのを聞いた。実際、クラスメートであるというのに口を聞いたこともない僕は、如月のそのお嬢様然とした態度に驚いた。僕達の前で話す如月は丁寧で遠慮がちなところがあるような印象だったが、それが彼女の素の姿なのかもしれない。
待ち合わせ場所は駅前のファミリーレストラン、ということになり僕たち三人はいったん、ジャージから制服に着替える為に散り散りになり、しばらくして落ち合うこととなった。
「あの人は…もう聖人めいてるわ」
ファミリーレストランにて、宮代が会長に対して述べた感想だった。
「なんといっても物腰が優しいのよ。紳士的、ってああいう人のことを言うのね。背も高いし格好いいし」
僕はふん、と鼻をならした。
「宮代もああいうタイプには弱いんだな」
「な、なによ。そりゃあれだけ格好いいんだからしょうがないでしょ。会長はアイドルになってもおかしくない人よ。性格も超いいし」
なんだかあまり良い感じはしない。確かに会長は格好良いし、性格もいい。男として敗北を認めざるを得ないのが悔しかった。
「花壇を荒らすような、タイプ、ではないということね?」
「ええ、勿論。あの人はそんなことするような人じゃないわよ。悪いこととは無縁の人、と言っていいんじゃない?」
「私も彼から悪い評判は聞けなかったわ。もっとも、彼の主催している部活で彼の悪口を言う人なんていないでしょうけれど」
「僕のほうも良い話しか聞けなかったよ。女性関係も真っ白で今は勉強に専念したいとか。学校の王子様だとか言われてる。彼は善良な一般市民、ってことでOKかな?」
僕が返答を求めると、宮代は「ありゃ善良を越えてるって。聖人だって」と言った。
「じゃあ、槇角先輩と比べるとどうかしら?」
と、如月が僕達に聞く。
何故、今、槇角の話が出るんだろう?と僕は不思議に思ったが、素直に答えることにした。
「うーん、正反対の人物だよ。善と悪。もちろん善は会長、悪は槇角先輩」
「私もそう思うわ。月とすっぽんなんじゃない?会長のほうがだんぜん格好良いし」
「そればっかりだな。宮代も格好いい人には弱い普通な女子だったんだ」
「うるさいわね!なんだか今日はいちいち突っかかってきてない?」
「別にぃ」
いつも僕には怒鳴ってばかりいる宮代が、会長はべた褒めする。それが僕には少し気にいらなかった。
「そろそろ教えてくれない?如月さん。どうして会長を調べよう、なんて言い出したの?」
調査の本筋である話題を宮代が如月に質問した。僕もそれは気になる。
如月は注文したホットティーに口をつけつつ、目を伏せながら何か考えているようだったが、ホットティーに視線を落としながらゆっくりと言った。
「…善良な人間を見て、二人がどう思うか知りたかったの」
「僕は、南雲会長ほど善良な人間っていないと思う。そうじゃない人間のほうが多いよ、悪人、常人含めてね」
「それってどういうこと?」
宮代が如月に対してその説明だけでは分からない、というように首を傾げる。
「考えてみて。花壇を荒らした犯人は何か目的があったんじゃないかしら。つまり、宮代さんが考えているような悪い人が花壇を荒らした、という説ではないということ。まず、槇角先輩はとても悪い人だったけれど、花壇を荒らしていない。善人である会長も花壇を荒らさない。つまり、花壇を荒らしたかどうかについては槇角先輩イコール会長イコール私たち、ということ」
いや、その三段論法は間違っている。私たちというところだ。如月が犯人なのだから、会長も槇角も犯人になってしまう、と僕はつっこみを入れたいところを堪える。何やら話が難しくなってきたように思えて、僕は口に出して端的な意見を言う。
「えっと、つまり如月は善悪は関係なく、花壇荒らしの犯人は何か目的があった、って言いたいのかな?」
「ええ、そういうことよ。だから、槇角先輩だったらやりかねない、みたいな悪い人を疑う視点では駄目だと思うの。花壇を荒らす理由がある人を探すのよ」
「う~ん、そう言われてもねえ…あ、じゃあこういうのはどう?花壇を荒らして得をする人間を探すのよ!」
「そんなやつ…」
そこまで言いかけて僕は口を止めてしまう。そんなやつ、想像もつかない。
何しろ、犯人を知っている僕ですら、その理由が分からないのだから。花壇を荒らす理由なんて想像もつかない。
宮代の考えは至極、真っ当だ。悪そうなやつが花壇を荒らすやつだと僕も思う。しかし、犯人である如月は「そうじゃない方向」へ話を持っていきたいのだ。
「私も分からないわ~、言いだしておいてなんだけど花壇なんて荒らして得をするやつって誰よ」
「本当だよ、犯人さんは何を考えてるんだか」
僕の嫌味に眉根一つ寄せず、ファミレスなのに優雅に紅茶を飲む如月は様になっていて校内一の優等生は流石だなぁ、と思う
彼女はしばらく自分の都合の良いようにこの調査ごっこを楽しむつもりのようだ。
ただ、そう何度もこの調査が続くのだろうか。
僕は彼女たちの気が済むまで付き合ってもいいと思っているのだが、一方でそろそろ如月にどうして花壇を荒らしたのかはっきりさせておいたほうがいいような気もしていた。
そう僕が考えていた時、もう一つの事件は、唐突に起きる。