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善悪と、僕と、彼女たち  作者: 砂鳥 えいち
1章 花壇荒らし
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第3話 真犯人と目撃者

「あなた、本当は犯人の顔を見てるんでしょう?」

 如月は穏やかに微笑みながら訊いてきた。

「え、何言ってるんだよ、見てないよ」

 僕はあくまでもシラを切りとおそうとする。

「私たちの教室からあの花壇はとても近いわ。窓際から見れば暗闇でも誰だか判別することくらい出来るんじゃないかしら」

「2-Fだったら1階だから出来るだろうね。だけど1-Fは2階じゃないか。本当に分からなかったんだよ」

 どうして如月がここまで僕に突っかかってくるのか分からない。

 いや、もし可能性があるとすれば。

「そうかしら。花壇を荒らしていた犯人が、1-Fの教室を見たら、あなたの姿だって分かると思うんだけれど」

 もしかして、犯人である如月自身に見られていた?

 ひやりとした汗が頬を伝った。

「そんなことあるはずがないよ。僕はあの教室のカーテンに隠れていたんだ」

「そう、カーテンに隠れて、ね。じぃっと犯人を観察していたと」

「………」


「教室のドアが開く音が、どれだけ大きな音か覚えていないの?」


「は?」

 つまり、彼女は、誰かに見られることを想定していてあの行為を行った、と。

「私が教室を見た時、たしかにあなたはこちらを見ていた。私があなたを見たことに、あなたは気付かなかったようだけど、あなたと同じように、しっかり私も『あなたが私を見ていること』に気付いていたのよ」

「………そう、だったんだ」

 もはや隠しだてする理由は何もない。僕は僕だけが真実を知っているつもりだったが真犯人も目撃者がいることに気付いていたということだ。

「ねえ、どうして先生に言わないの?」

「だって…、何か理由があったんじゃないの?あんなことするなんて」

「私のことを考えて、時間的猶予を与えてくれてる、ということかしら」

「時間的猶予…いや、別にこれから先も先生に言うつもりはないよ。僕も校則を破っているわけだし」

「そう。あなたは校則を破っていたことを秘密にしておきたいから、私のことも秘密にしておきたい、というわけね」

「うん、そういうことだよ」

「でも、それは公平な取引とは言えないわね」

 彼女は僕に背を向けて傾き始めた太陽へ視線を向ける。つられて僕もそちらへ体を向ける。オレンジ色の光が校庭を包み、屋上を照らしていた。

「私は高校で大切にされている学校のシンボルともいえる花壇をめちゃくちゃにしてしまった。校則云々を越えているわ。立派な学校の所有物を破壊した器物破損ともいえる行為よ。停学は確実ね。それに対してあなたはただの校則違反。理由は忘れ物。厳重注意だけですむと思うわ」

 確かに彼女の言う通りだ。罪の重さで言うのなら、彼女のほうが明らかに重い。

「面倒なことに関わりたくないんだ」

「あんなに大切にされていた花壇がめちゃくちゃにされたのに、何とも思わないの?」

 その言葉に僕は苦笑する。

「何とも思わないね…僕にとって花壇は花壇さ。たとえどれだけ立派な花壇だったとしても、花壇は花壇でしかない」

「あなたの言っていることは川原に転がっている石ころとダイヤモンドは一緒だ、って言ってるのと同じことよ」

「ダイヤモンドだって、興味のない人間には川原に転がっている石ころと同価値だよ。もしかしたらダイヤより金のほうが価値がある、って言うかもしれないね」

「まるで資産運用の話ね」

 くすり、と彼女は笑った。

「別に私はあなたが私のことを告発しようとかまわないの。だけれど、どうして私のことを黙っているのか気になっていたわけ。そうしてあなたをつけてきたら宮代さんがあなたを犯人だ、って大声で言ってるものだから笑っちゃった」

「彼女は正義感が強いみたいだ」

「あなたは正義感が強いかどうか以前に、どこか変わっているようね。どこか、別のところを見ている感じがする」

「どうして、犯人探しなんかを?」

 僕は気になっていたことを訊いた。

「ちょっとね、知りたくなったの。『悪い人』のことを」

「『悪い人』のこと?」

「宮代さんは、きっとこう思ってる。『花壇を荒らしたのは悪いやつだ』って。ええ、そう、私は悪い人間だと思う。だけど、他の悪い人間も見てみたくなったの。私としては別に今すぐあなたが教師たちに言っても構わないのだけれど」

「だから、それはないって」

「そうね、あと、どうしてあなたが私のことを言わないのか興味が出てきたから」

「それはさっきも言ったじゃないか」

 彼女はその言葉で振り返った。

 真っすぐに僕を見据えて、しばらくの間、無言だった。まるで何かを観察し、こちらの心の中を覗きこむような居心地の悪い時間だった。

「……本当にそうかしら。あなたが私のことを言わないのは、何か他に理由があるからじゃないかしら?」

 それは問いかけというよりも、確信を宣言するような言い方に聞こえる。

「そうだよ。面倒くさい、っていう理由と、現国のレポート用紙を忘れたっていう恰好悪い事実を隠しておきたいからさ」

 僕は軽口を叩いてその問いかけをはぐらかした。

 彼女は僕の回答を聞いて、にこやかに笑顔を浮かべた。面白くてたまらない、と言う満面の笑みで、いつも表面に貼りつかせている優等生の微笑とは異なったものだった。

「…本当言うとね。すごく毎日が退屈だったの。思っていた予定とは違ってしまったけれど、これはこれで楽しめそう。週末、楽しみにしているわね。ああ…そういえばあなたの連絡先、私、知らないんだけれど」

 彼女はそう言って携帯電話を取り出した。連絡先を交換しようという意図をすぐに察して、僕も自分の携帯電話を取り出す。

 赤外線通信で、すぐさまお互いに連絡先を交換しあった。

 まさか、あの如月と連絡先を交換出来るなんて。

 クラスの男子たちや仲の良い友人たちに教えたら、どれだけ驚くことだろう。

「じゃあ、そろそろ私は行くわね、目撃者さん」

 如月が屋上から去ってゆく。その後ろ姿は、堂々としている。昨夜見た、肩で息をしながら必死に花壇へ激情をぶつけていた人物とは思えない。

 

 如月が今まで築いてきた校内一の優等生という地位は、そんなに簡単にぶち壊しても構わないものだったのだろうか。普通ならば、「お願い、あのことは秘密にして」と言うのではないだろうか。

 否、もしかしたら悩んだ末に、彼女はあんな行動をしたのかもしれない。

 一体、何の目的で?そう考えるのは何度目だろう。

 とにかく、如月と宮代と週末の「犯人探し」をやらなければいけなくなったということが、僕にとっては重荷だった。

 如月が何を考えているかは分からないが、あの様子ならば案外、すっきりと「私がやりました」というかもしれない。


 僕が思っていた以上に、如月という少女はとんでもない少女だったのかもしれなかった。

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