意外な助っ人
新しい学年がスタートしました。
授業もなかなか難しく毎日どうしよう、って不安でいっぱいです。
明日は部活の新歓だー!
放課後、誰もいない教室で僕は一人でいた。
さっきまではあんなに騒がしかった教室も嘘のように静かだ。
僕は黙々と作業を進めていた。
作業というのは、昼休みの始めに渡された、現代文のプリントだ。
毎日、二問ずつ解いて提出しなければならない。
なにか理由をつけて、逃れることも考えたが、真面目に解くことにした。
プリントを渡した現代文教師は見た目はどっかのゴリラ、もとい、たくましい体育教師のようであり、サボると後で命が無くなりかねないのだ。
「…あー!めんどくせー!」
普段から勉強は嫌いである。嫌いなものは、はかどらない。ましてや、嫌いな教科ならなおさらだ。
「ここでの筆者の心情を答えろだって?そんなの絶対原稿書くのめんどくせだろ」
一人ぶつぶつ文句を言いながら、なんとか問題を読み解こうとする。
だが、どうしても答えが書けず、うなだれてしまう。
シャーペンを置き、窓の外をぼんやり眺めた。
グラウンドではちょうど野球部が守備練習をしていた。
カキーン。
ボールがバットにあたる音を聞くと同時に、守備位置についてる部員が素早く動いた。
抜けるかなと思った打球はギリギリのところでグローブに収まり、素早い返球で元のところへ戻っていく。
返球後、野球部特有のかけ声があり、すぐに、カキーンとノックの音が響いた。
しばらくその練習を見ていた。
ただ、なんとなく、ぼんやりと。
気づくと、日がすっかり暮れて、教室も暗くなっていた。
野球部の練習も守備練習からバッティング練習に移っていた。
現代文のプリントはまだ半分位しか解けてない。
さて、そろそろマジでやらないと今日終わんないぞ…
若干焦りはじめた僕は、暗くなり始めた教室の電気をつけた。
電気に照らされた教室はいつもの喧騒とはかけ離れて、しんと静まり返っている。あまりに真逆の雰囲気にどちらが本当の姿なのか戸惑ってしまう。
問題に目をやると無機質な文字列がつらつらと並んでいた。かったるさを感じつつもなんとか問題に取り組んだ。
えっと、波線部1の内容と同じことがたしかこのあたりにも書いてあったはず…
ガラララ。
不意に教室の扉が開いた。
「あれ?」
顔をあげるとそこにいたのは、米田だった。
「神村じゃん。どうしたんだよ?こんな時間まで学校にいるなんて珍しいな」
米田はあまり話したことのない人とも、仲のよい友人のように接する。
それでいて引き際も上手く、あまり相手のプライベートに立ち入るような話をしない。
これが女子だけでなく、男子からも人気がある理由だ。
「ちょっと岩本にな、課題だされちゃって今解いてるとこなんだよ。今日中にださないと絞め殺すって言われてんだけど、さっぱり分かんなくてマジやばいんだよね。多分、今日俺の命日かも…」
僕は曖昧に笑いながら、大げさに言った。
「確かにあいつなら絞め殺すって言うのが冗談じゃなく聞こえなくなるよな」
米田は人懐っこそうな笑顔を見せて僕の隣に来た。
「どんな問題だよ?」
と言って、米田は横から問題を覗き込んだ。
「あー、この問題見たことあるわ。ここの答えはそこの部分から書き抜いて、まとめりゃいいんだよ」
「マジで!?他にわかるところある?」
僕は助けを請うように彼に必死に訊ねた。
「あとね、ここの答えは全文読まなきゃ書けないから、書いてやるよ」
米田は僕の筆箱からシャーペンをとり、さらさらと答えを書き始めた。
これが綾の彼氏か。
こんな近くで見たのは初めてだ。まつげは長く、顔の彫りは深い。ちょっと肌が黒く、いかにもスポーツマンっていう感じだ。それも爽やか系の。
そんな爽やかイケメンは字もきれいだった。
男子特有の筆圧のむちゃくちゃ強い字じゃなくて、薄すぎず、濃すぎず、はっきり見やすい字だ。
もう一度、自分の字に直さなきゃいけないな。
「できたぞ。これ位書いとけば、文句は言われないだろ」
米田はシャーペンを置き、軽く伸びをした。
「本当にありがとな。マジ助かったわ。これでなんとか終わりそうだわ」
僕は彼の字を自分の字に直しながら、米田に心から感謝した。
彼は命の恩人だ。
「たまたま解いたことあった問題が重なっただけだよ」
彼はまた人懐っこい笑顔を見せた。
「その課題、出したら帰るんだろ?一緒に帰らないか?」
「え?あ、うん、別にいいよ」
一瞬躊躇ったのは、やはり米田が綾の彼氏だからだ。
さっきまではすごく優しいやつで、頭よくて、気さくなダチみたいに接していたけど、綾の彼氏と一体何を話せばいいんだろう。
綾について色々聞かれるんだろうか。
もし聞かれても、彼氏じゃないから知らないとでも言おうか。
いろいろ考えている自分がすごく情けなく感じた。
すごく幼い。まるで拗ねた子供みたいだ。
本当は一人で帰りたかった。
あいつが悪いんじゃない。僕が幼すぎるせいだ。
けどそんな姿をあいつに見せたくなかった。
理屈じゃない。ただ、あいつにだけは、情けない姿を見せたくなかった。
だけど、屈託の無いあいつの笑顔におされてしまった。
ここで一人で帰ったら、自分が負けているような気がするんだ。
何に?
そんなの知るか。
今日、初めて米田と一緒に帰った。
大分間があきましたが、読んでくれた方には感謝です。
これからもよろしくお願いします。