昼下がりの二人
お昼ご飯も食べ終わって、僕は屋上の手すりにもたれながら、外の世界をぼんやり見渡した。
周りには学校の屋上より高いところはなく、地面に這うように家とか店が並んでいた。
「小さい町だな」
しみじみと言った。
本当に小さい町だ。
「小さい町だね」
綾は相槌をうった。
「もう冬休みだな」
「冬休みだね」
中身がない会話だった。
「てか、お前って猫みたいだったな。高いところに登れるけど、降りれなくなるし」
「あはは。私、前世は猫なのかもよ。何も考えなくていい、自由に生きる猫」
「あ、それいいな。こんな受験生活なんかしなくていいし、毎日どこへでも行けそうだし」
中身のない会話は続いた。
何も考えず、思いついたことをただ口にしていた。
脈絡もなく、別の話題に切り替えたりする。
こんな会話ができるのは綾とだけだった。
綾以外にもよく話す仲間はいるのだが、話す言葉をよく考えて選ばないといけない。
下手に思いついたことばかり言っていると、デリカシーがないだの、オチがないだの、責められる。
なんでこんなに気をつかわなきゃいけないのか、時々疑問に思うこともある。
ただ、その疑問を解決するのも面倒なので、いつも周りに波長を合わせてる。
唯一自分の波長で話せる相手が横にいる綾だけだった。
あ、もう少しいるか、と考えを改めたがあいつらはまあどうでもいいだろう。
横を見ると、綾が同じように手すりにもたれ、遠くを見つめていた。
その姿はいつもの綾のような子供っぽさはなく、僕よりもずっと大人びて見えた。
その姿を見ると、時々不安になる。
自分だけがガキのままで置いていかれるのではないかと、考えてしまう。
将来設計なんか、まだ決まっていないし、今の受験の毎日を過ごすだけで精一杯だ。
じゃあ受験が終わったら、そういうことを考えるようになるのか?
将来という現実は着実に近づいている。
大学生になったら、より切実なものとなるだろう。
それでも早く大学生になりたかった。
ケリをつけるために。
将来を見つけるために。
一歩でも彼女に近づけるように。
多分、こんな毎日ももうすぐ終わるだろう。あと、数ヶ月後にはここを離れ、新しい毎日をすごす…予定だ。
もう屋上に来ることもないかもしれない。
だが、心残りはなかった。
次に進むために捨てなければならない。
「修」
不意に自分が呼ばれた。
呼んだのは、ここにいる僕以外のもう一人だった。
「何?」
「さっきもうすぐ冬休みだねって言ったじゃない?」
そういえば、そんなこと言った。
何も考えずにしゃべっていたため、自分が言ったことを覚えていなかった。
「ああ、てかもうあと、三日で冬休みだしな」
「冬休みどうやって過ごすの?」
「なんも決めてないけど、たぶん予備校の自習室に引きこもるかな。」
自習室で朝から晩まで勉強をすることは一度もないのだが、家で勉強が全くできない、というより全くはかどらない僕はさすがにこのままじゃまずいと思って、自習室で勉強するようになった。
まあ、自習室にいる生徒は皆僕よりも意識が高そうで、常に自分の問題に取り組んでいる。
「真面目ぶってるね~」
と、横からため息をつきながら、やれやれと言うように綾が横にふった。
「お前バカにしてるだろ」
「ん~否定はしないかな」
綾は小首を傾げて、少し考えるようなふりをして言った。
「俺だって、あとちょっとで終わると思えば、それくらいは頑張ろうって気にもなるさ」
僕はため息をつき、空をぼんやり見上げながら言った。
一本の飛行機雲が境界線のように空を二つに割った。
冬独特の濃い青に真っ白な飛行機雲は一際映えて見えた。
あの飛行機はどこへ行くんだろう?
意味もなくそんなことを考えてみる。
国内かな、国外かな。
国外だったらヨーロッパとかかな。
イタリアとかがいいな。
自分が行くわけでもないのに、妄想だけがふくらむ。
僕はまだ一度も海外に行ったことがない。
海外どころか、日本でも修学旅行で行った京都よりも西に行ったことがない。
僕は今までの人生の中でこの町を出たことがほとんどなかった。
今までの人生って言っても、まだ18年とちょっとしか生きてないただのガキだが、それでもこの町でしか生きてないことは僕にとって、この町以外で暮らすことに憧れがあった。
春になったら、一人暮らしをしようと思う。
親は今のところ渋い顔をしているが、家賃や食費などはバイトして自分で払うつもりだし、週に一回位は家に帰るつもりだ。
彼女がいる奴は、二人だけの空間を作る目的で一人暮らしを始めることもあるらしい。
同じクラスの山下は別の学校の栗野っていう子と付き合っているらしいが、その子のために春から一人暮らしを決めている。
正直、よく二人でいちゃいちゃしているところを周りのみんなから目撃されているため、そんなことする必要があるのかわからないが、彼は彼なりに思うことがあるのだろう。
まあ僕には関係ないことだけど。
とにかく、僕は一人暮らしのためにも必ず受からなければ、ならなかった。
ちょっとした使命感に半分不安、なんとかここまで来た。
あとは、やってやるだけだ。
ちなみに、一人暮らしをするのは綾にも秘密だ。それがばれたら綾の性格上、多分、いや必ず入り浸る。
一人暮らしを始めたら、今までみたいな関係はもうやめよう。
それだけは固く心に誓っていた。