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1週間ほど経ち、母さんの退院祝いが西園寺家で開かれることになった。料理とダイニングの飾り付けは小夜子と菜々子、サツキの3人で準備をしたらしいが、招待状をパソコンで作成したのは西園寺だと本人が自慢げに言った。
「今日は改めてご報告したいことがありまして」
横に座る母さんを見て西園寺は満面の笑みを浮かべた。
「朱莉さんの退院祝いに便乗するのはどうかと迷ったのですが、お祝い事が重なるのはめでたいことだと思いまして」
コホンと乾いた咳をすると、西園寺はポケットから小さな箱を取り出した。
「朱莉さん、僕と結婚してくれませんか。子ども達の見ている前で、あなたを一生大切にすると誓います」
一瞬、場がシンと静まり返った。皆の目が母さんに向けられる。
「は、はい」
母さんは嬉しそうに頬を紅潮させると、俺の顔をちらっと見た。
「おめでとうございます」
小夜子は母さんの顔と西園寺の顔を交互に見て手を叩いた。菜々子も同じようにニコニコ笑って拍手をしている。
「これで本当のお兄ちゃんだね」
菜々子はいたずらっぽい笑みで俺を見た。
「ちょっといいかい?」
トイレに立ちあがった時、西園寺に呼びとめられた。
「ひとことお礼が言いたくてね。指輪のサイズの件では助かったよ。デザインも気に入ってもらえたみたいだし。やっぱり悠君に相談して正解だった」
俺は西園寺の目をじっと見て、前から気になっていた質問を投げかけた。
「母の過去もすべてを受け入れる覚悟ができたんですね」
「ああ、もちろんさ。受け入れるよ。人間は過ちを犯すんだ。どんな人間だって一度や二度は必ず罪を犯す。だったらその過ちを、罪をお互いに許し合うしかないじゃないか」
「随分と寛大ですね」
「悠君、君はひどく辛い思いをした。菜々子もそうだ。私のせいで随分と可哀想な思いをさせてしまった。けれど、あの子は私にチャンスをくれた。だからこそ、今こうしてまた家族として再生する一歩を踏み出せたんだ。だからね、悠君も過去は過去の事としてお母さんを許してあげて欲しいんだよ。お母さんの犯した悲しい罪をいつか許してあげて欲しいんだ」
西園寺は祈るような顔つきで言葉を選ぶようにしてゆっくり丁寧に話をした。
「母さんのことは全部あなたに任せます」
「え?」
西園寺は驚いたような顔で俺を見た。
「じゃあ悠君も認めてくれるのかね?」
「毎日お見舞いに来てくれたって母さんが嬉しそうに話していました。あんなに楽しそうにはしゃぐ姿を見るのは初めてでしたから」
西園寺は俺の手を取って勝手に握手をした。
「ありがとう、悠君。本当にありがとう」
「ただし……」
俺は真顔でじっと西園寺の目を見つめた。
「入籍は書類上でもきちんとしてください。経済的にも面倒を見てあげてください。母さんはずっと働きづめでしたから。それから、精神的に脆い部分があるのでよく話を聞いてあげてください」
「わかった。ちゃんと約束する」
西園寺は深く頷いた。
「悠君も体に気をつけるんだよ」
「あの、手続き関係は?」
「大丈夫だ。全部済んでいるよ」
「色々とお世話になりました」
「出発は明日だろう? お母さんにはきちんと話をしたのかね?」
「いいえ。けど後からすぐ手紙を出します」
「彼女には?」
「美衣には明日伝えますから」
俺はそれだけ言うと、西園寺の手から片道の航空券を受け取った。