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 カフェの前に立っていると、真新しいライトグリーンのコンパクトカーが目の前に止まった。デニム地のロングスカートに白っぽいブラウス、麦わら帽子にサンダルといった夏の装いでやってきた女版鼓太郎が窓から顔を出し「乗って乗って」と声をかけた。

「その格好で旅行かよ」

「どう? 可愛い? 似合ってる?」

「で、どこに行くわけ?」

 鼓太郎の質問を無視し、シートベルトをしながら行き先を尋ねた。

「スルーしなくたっていいじゃないのよぉ」

「はいはい、可愛いですよ」

「ええええ? もう一回言って」

「嫌だ。絶対に絶対に言わない。で、行き先は?」

「静岡」

 口を尖らせたまま鼓太郎は短く答えた。

「海に行くなら最初から言ってくれよ。水着忘れたじゃんか」

「海?」

「違うの? あ、言っとくけど登山は嫌だから」

「アタシだってヤよ。誰が好き好んでこんな暑い時期に山なんて登るのよ。服だって汚れちゃうし」

「じゃあ何のためにわざわざ……」

「話をしにいこうって思って」

「話?」

「親にね」

「うわっ聞いてないし」

「初静岡でしょ? 夏休みの思い出の一コマに。ね?」

「騙されたのか、俺……」

「いいじゃないの。どうせ暇だったんでしょ?」

「だから暇人扱いするなって。一応来年は受験なんですけど」

「あんたの頭じゃ楽勝でしょ。いまさら勉強なんて」

「まぁな。問題ないといえばないけどさ」

 さりげなく自慢をすると、鼓太郎はふふっと笑って「親に会うのも早い方がいいじゃない? 思い立ったが吉日って言葉があるくらいよ」と言った。

「どこで着替えるの?」

「着替えないわよ。このまま行くつもりだけど」

「その格好で? 絶対に誰だかわかんないって」

「声でわかるわよ」

「いや、まずい。これはまずい」

「いいじゃないの。レッツ・チャレンジよ」

 鼓太郎は赤信号に代わったばかりの信号を突っ切って、高速の入口へ向かった。

「なんで俺を巻き込むかな」

「だって一人じゃ勇気が出ないんだもん」

「こっちまで一緒になって怒鳴られるのか。もうすでに憂鬱なんだけど」

「大丈夫。悠に手出しはさせないわよ」

「親には会ってすぐに友達だって言えよ。彼氏とか一言でも言ってみろ、ただじゃ済まないからな」

「そんなにカッカしないでよ。わかってるから」

 しばらくの間、車内にはラジオの声が響き渡っていたが、意味のない話が延々と繰り返されるのが嫌になったのか鼓太郎は電源を落とした。

「赤ちゃんね、ダメだったんだって」

 シンとした中に鼓太郎の声が響いた。

「修太から聞いたの。流産したんだって。ショックよね、きっと」

「そうかな。案外喜んでいるかもよ。ちょうど良かったって」

「そんなことないわ。父親になろうって決心を固めた直後だったのよ」

「あいつ、そんなこと言ってなかったけど」

 鼓太郎は窓を数センチだけ開けると「少し海風でも入れようか」と言った。

「きっと大阪では元気にやっていくと思う。一から再生よ。もしも病院がなくなったって医者の資格と経験があればきっとなんとかなる。アタシはそう思うの」

「あいつ図太いからな。究極のケチだし。1円も無駄にしませんって感じだろ」

 鼓太郎は声を立てて楽しそうに笑った。

「本当に喧嘩ばっかりしてた。犬猿の仲ってヤツよね」

「ああ、本音だからぶつかってばかりなんだろうな」

「アタシ、なんだかんだ言って修太には感謝してるのよ。あの人のこと見てて親にちゃんと話そうって思ったの。人生って何が起こるかわからないでしょ。一寸先の事は誰にも予想がつかないの。ほら、うちの親ももうすぐ70だし」

「70? 随分年だな」

「まぁね。母ちゃんが45歳の時に産まれた子だから。ずっと子どもに恵まれなくて、不妊治療の末にやっとね。それなのに、アタシったらこんなになっちゃって。なんだか申し訳ないって言うか、親が気の毒なのよ」

「だったら隠れて女装して親の前では息子でいれば? その格好で会ったらぶっ倒れてもおかしくないと思うけど」

「そんなに?」

「驚くって。しかももうすぐ70だろ? 下手したら心臓止まるぞ」

「そんな縁起でもない!」

「だから普通の格好にしとけって」

「持ってきてないもん」

「着替えならあるけど」

「どっちがいいのかは正直わからない。今でも迷ってる。本当にこれでいいのかって自問自答してばかりよ。けど、いつかはわかって欲しい、受け止めてほしいって心底願っている自分もいて。偽った姿を無理に押し通すより、怖いけど本当の姿を見てもらった方がいいんじゃないかって思うの」

「それ相応の覚悟はしてるんだろうな?」

「もしかしたら勘当されるかもしれない。親子の縁を切るって言われるかもしれない。けど、アタシは心のどこかで受け入れてくれるって信じたいんだと思う。泣いても笑ってもアタシの親は母ちゃんと父ちゃん、この二人しかいないんだもの」

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