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 何の行動も起こせないまま、夏休みに突入した。家族でヨーロッパ旅行へ行くと言っていた美衣の言葉を思い出し、安堵したような気持ちと、不安と焦りの入り混じったような気持ちが入れ替わり立ち替わり押し寄せてくる。

 鼓太郎から電話があったのは、夏休みが始まって3日程経ってからだった。スイーツ倶楽部の仲間で集まろうと言うのだ。

 約束の18時ちょうどに、駅前の商店街の外れにある小さなカフェに到着すると、既に中で修太が座っているのが見えた。カウンター席と4人掛けのベンチシート席が5つ。

「よぉ」

 入り口近くのベンチシート席に座る修太が片手を上げた。

「腹減ったから先に食ってた」

 テーブルの上には、コーヒーカップと半分くらいに減ったパフェがある。

「これ、うまいで」

 柄の長いスプーンでアイスクリームと生クリームを一緒にすくい、修太は満足げに口に運んだ。

「晩飯食った?」

「マクドで安いの3個食ったわ。けど甘いものは別腹っていうやろ」

 喋りながら修太はコーヒーに口をつけた。

「甘っ。砂糖入れすぎたな。パフェに激甘コーヒーなんて合わんわ」

 修太は手を上げて店長らしき人物を呼びつけ、無理難題を要求し始めた。

「交換してくれへん?」

「え? いや、それは……」

「ええやん。たったの一杯くらい無料サービスってことで」

「当店ではそのようなサービスは……」

 髪の毛の薄くなった小太りの店長は、困惑したような表情で言葉尻を濁らせた。

「ケチくさいこと言うなぁ。大阪では普通やで」

「お客様、しかし……」

 俺は顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。他人のふりを貫きたかったが、向かい側に座っているのでそうもいかない。周りから見ると、俺も同類の人間なのだ。

「もういいだろ。諦めろよ」

 イライラした口調でそう言うと、俺は自分の頼んだコーヒーを修太の目の前に置いた。

「それやるから」

「じゃ遠慮なく」

 修太は何の躊躇もなくコーヒーカップに口をつけた。

「相変わらずの自己中だな」

「人間っつうもんは自分が一番可愛いんや」

「今度は開き直りですか」

「人生はポジティブに! 開き直りも一つの特技になる。毎日明るく、笑顔でいかんとな」

「嘘ついてまでケチなこと言うなよ。恥ずかしいから」

「大阪では無料サービスってやつか? 嘘やないで」

 修太はニヤリとした表情を浮かべた。

「友達が地元でやってる喫茶店や。味が気に入らんかったら交換してくれる。無料サービスでな」

 俺は大きなため息をついて首を横に振った。

「な? ええサービスやろ?」

「少しは大人になれ。一緒にいるとこっちまで同類だと思われて嫌なんだよ」

「年下が言う台詞と違うわ。お前といるとえらい調子狂うな」

「それ、そのまんま返す」

 修太は俺の顔を見てぷっと吹き出すと、ニヤついたまま頬杖をついた。

「最後まで変わらんなぁ、俺らって」

 修太は妙にしんみりした声を出した。

「色々あったけど、楽しかったで」

「何だよ、急に」

「今生の別れってわけやないけど、きっと、多分もう会うことはないんやろなって」

「引っ越すって言ってたよな」

「こっちに戻ってくることは多分ないから」

 数秒の沈黙の後、俺は気になっていた件を切り出した。

「で、どうなった? 例の件は」

「例の件?」

「とぼけんなよ」

 俺の真っ直ぐな目線に怯んだのか、修太は少し悲しそうな表情を浮かべ「今は言いたくない」と口をつぐんだ。

「一つ忠告しておくと、子どもが大きくなってからのこのこ出てきても迷惑なだけだから、育てないなら永遠に姿を見せないくらいの覚悟を決めろよ。親父は死んだってことにしておくのが一番平和だろう、お前の場合」

「まぁまぁそう怒るな」

「別に怒ってない」

「真面目やな、悠君は。少しは柔軟になりなさい。人生はいつも真四角とちゃうで」

 修太はおどけたような口調でそう言うと、俺の肩を軽くポンと叩いた。胸に渦巻く嫌悪感が一気に増して、吐き気と頭痛が一気に襲って来たような気分になった。

「あんた達、雰囲気悪っ」

 頭上から聞こえる声に反応して目線を上げると、鼓太郎が水色のTシャツにジーンズを履いて立っていた。

「その格好に戻したんだ……」

 俺の声にハッとした鼓太郎は、ふふふと照れたように微笑んでウィンクをした。

「なんや、密談か?」

「あんたは仲間はずれ」

「感じ悪いなあ」

 鼓太郎が席に座った直後、背後から「櫻井先輩」と懐かしい声がした。

「お久しぶりです」

 声の主は俺の斜め前の席に座ると、丁寧に頭を下げた。

「大ちゃん! 来てくれたのねぇ」

「なんも変わらんなあ。ってお前今どこに住んでるんや」

「が、学生寮に入ってます」

「寮?」

「私立の高校なので寮生もけっこういるんです」

「顔色もいいしすごく元気そうね。良かったわぁ」

 大は頷き、携帯を取り出して友人らしき人物と写っている画像を見せた。

「じ、実はこの人ルームメイトなんですけどね、部屋に桃香ちゃんのポスター貼ってるんですよ。あとアニメも好きで、僕と同じオタクなんです」

 嬉々とした表情で話す大は、もう以前の大ではなかった。

「あ、電話や」

 修太はけたたましい着信音を出す携帯を右手に握りしめ、素早くカフェの外に出た。そしてほんの数秒で戻ってくると、「不動産屋からの呼び出しや。それ、お前らのおごりな」と早口で言い、肩掛けカバンをひょいと持ち上げた。

「ほな、さいなら」

 背中を向けたままひらひらと手を振り、修太は立ち去って行った。

「あの人も変わらないわね。マイペースで自分勝手で」

 鼓太郎は半ば呆れたような顔をしたが、ふっと口角を上げると「でも修太らしいけど」と付け加えた。

「あの、あの」

 大はおずおずと紙袋から大きな白い箱を取り出した。

「なにそれ?」

「こ、この前誕生日でしたよね?」

「まさか覚えててくれたの?」

 鼓太郎は興奮した様子で立ちあがり、向かい側に座る大の横に移動した。

「ケーキです。兄に教えてもらって作ってみました。だいぶ遅くなってしま……」

 言い終わる前に、鼓太郎は大の体を抱きしめた。

「まさか手作りケーキがもらえるなんて! アタシ感激で涙が出ちゃう」

 鼓太郎は犬にするように大の頭を数回撫でると、突然頬に軽いキスをした。

「な、な、な……」

「あーあ、固まっちゃったぞ」

「いいじゃないの。これがアタシの愛情表現なんだから」

「こ、こ、こ……」

「あ、大丈夫よ。別に恋とか愛とかそういうんじゃないから。そんな怖がらなくたっていいじゃないの」

「あの、あの……」

「うふふ、大ってばウブね」

 鼓太郎は満足そうに微笑むと、胸に当てた手を離してそっと箱を開けた。ケーキは見るからにバースデーケーキというわけではなく、フルーツがたくさん乗ったタルトだった。

「アタシ、フルーツタルト大好きなの。しかも渋谷の有名スイーツ店パティシエのお墨付きなんて! 大ちゃんってば、いちいちツボに入ることしてくれるじゃないのぉ」

「あ、味の保証はできませんけれども。まだ僕一人前じゃないので」

「この見た目で不味いわけないわ」

「なぁ、こんな所で見てたってどうせ食えないんだし、俺ん家来いよ」

「悠の所? 今からお邪魔していいの?」

「いいよ。ただしケーキは3等分な」

「結局は食べたいだけじゃないの。しかも3等分ってね、バースデーガールはアタシなのよ。決める権利はアタシにあるの」

「ガールって自分で言うな」

「ガール、ガール、ガール!」

「恥ずかしいからそういうのやめろって」

「アタシね、本気でガールになる決意をしたのよ」

「ガ、ガールって女の子ですよね?」

 大がワンテンポ遅れて素っ頓狂な声をあげた。

「親に全部話したら、堂々と女装して暮らしちゃおうと思って」

 鼓太郎は肩をすくめて内緒話をするように小さな声で言った。

「いいんじゃない?」

 俺の一言に大が目を見開いた。

「先輩なんか変わりましたね」

「悠も色々あったからね。経験が人を大きくするっていうのは本当かもね」

「なんだよ偉そうに。俺はただ自分のしたいようにすれば? って意味で言っただけだし」

「まあまあ、先輩の家に移動してケーキ食べましょ」

 大はなだめるようにそう言うと、ケーキの箱を丁寧に紙袋に入れた。

「で、でも本当に解散しちゃうんですか?」

「そろそろかなって。修太は大阪だし、大ちゃんも遠く離れちゃったでしょ? 悠とアタシだけでスイーツ倶楽部を続けるのもね」

「本当の所は、ガールとして生きて行くからだろ」

「察しがいいわね。男子限定のスイーツ倶楽部なのに管理人がこれじゃあね」


 俺たちはカフェを出てバスに乗った。人がまばらな車内で一番後ろの席に3人並んで腰を掛けた。俺はなぜ今オタクとオカマに挟まれてバスに揺られているのだろう。数か月前までは何のつながりもなかったのに。

「次だから」

 俺がそう告げると、鼓太郎は「知ってる」と一言だけ放った。

「な、なんか二人を見てると夫婦漫才みたいです」

「うわっ。無理無理。地球上にこいつと俺しかいなくなっても100%拒否る」

「そんなに激しく否定しなくなっていいじゃないのよ。悠のバカ!」

 鼓太郎は荒々しく腕組みをしてソッポを向いた。

 バス停で降車して家の方に歩いて行く時も、鼓太郎は「こっちよ」と自分の家を案内するように先頭を歩いた。うちを知っているから仕方ないにしろ、「やっぱり夫婦みたいですね」と大にもう一度からかわれたのは痛い打撃だった。

「悠、ちょっと」

 鼓太郎が急に歩を止めて振り返った。

「玄関に誰かいるわよ。彼女じゃないの?」

「あいつは今ヨーロッパ。うちの母さんじゃないの? 鍵失くしたとか」

「アタシがピッチピチの女子高生とあんたのお母さんを見間違えると思う?」

 玄関前は暗く、街灯のオレンジ色の光がかすかに人影を照らし出していた。この距離と暗さでは性別の判断さえもつかない。

「とにかく確かめてきた方がいいわよ。大ちゃんとここで待ってるから」

 もしあそこにいるのが美衣だとしたら、どんな顔をして会えばいいんだろう。なんて声をかければいいんだろう。大きく高く津波のように押し寄せて来る鼓動の音に動揺しながらも、俺はもう前に進むしかなかった。

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