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リビングのソファに腰を掛け、大にもらったキョリちゃんのストラップを目の前でぶらぶらさせていると、頭上で突然母さんの声がした。
「何それ?」
「もらったんだ」
「珍しいわね。女の子から?」
「いや、後輩だよ」
「彼女にプレゼントされたのかと思ったわ。ねぇ、この前家庭教師しているって言ってたわよね。その子とはどうやって知り合ったの?」
「紹介された」
「誰に? 洋人君? あかねちゃん?」
「洋人」
俺は母さんの質問攻めをのらりくらりと適当にかわした。いつの間にかこんなに嘘つき上手になっていた自分に半ば驚いた。
「ねぇ、どんな子なの? かわいい? 悠ちゃんのタイプ?」
「普通」
「あ、赤くなってる! 実は付き合ってるんでしょ? 彼女なんでしょ?」
「違うって。彼女とかそういうんじゃない」
「照れなくたっていいじゃないの。最近の悠ちゃんは変わったもの」
バレてしまったという焦りに似た気持ちと同時に、ホッとしたような安堵感がじわじわと胸に広がる。美衣が母さんとも仲良くしてくれたら、なんて思ったこともあった。いつか正式に紹介しようと思っていたのは事実だ。母さんは興味津々といった表情で、「名前は何て言うの?」と身を乗り出した。名前まで公表してしまうのは気がひけたが、ここまで来て途中で誤魔化すのは余計に怪しまれるような気がした。
「宮川」
「宮川さん?」
「そうだけど」
「聖マヌエルの宮川さん?」
母さんの表情が心なしか曇ったような気がした。
「何? もしかして知り合いとか?」
「ううん、違うのよ」
母さんはしばらく黙っていたが、「ちょっと出かけてくる」と言い残して家を後にした。
その夜、いつものように美衣の家へ出かけようとした時、携帯が鳴った。相手は美衣の父親からだった。
「すまないが、今日から他の先生を雇うことになった」
美衣の父親は一言目でそう告げた。
「もううちには来ないでくれ。美衣もしばらくは勉強に集中させたいから、会わないでやってくれ」
俺はすぐに勘づいた。ついにバレてしまったんだろうと。塾をさぼって二人で会っていたという事実が、きっと父親の耳に入ったに違いない。罵声を浴びさせられるのを覚悟していたが、相手の言い方があまりにも丁寧で拍子抜けしてしまった。美衣に会えないのは辛いけど、電話でも話せるしメールもある。本当に会いたいと思ったら聖マに会いに行けばいいわけだし。俺は気楽に、そしてごく簡単に捉えていた。そう、あの衝撃的で最も残酷な事実が目の前に待ち受けていたとも知らずに。