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「それはあんたが全面的に悪いわよ」

 鼓太郎は修太を一瞥すると、ふぅっと深いため息をついた。

 男子スイーツ倶楽部で臨時の緊急会議をするというので、俺たちは修太の住むボロアパートに集まっていた。

「事故だったんや」

「相手は何歳?」

「十八」

「まだ若いじゃないの。子どもはどうするのよ」

「堕ろしてもらう」

 修太はいかにも当然といった顔で言い放った。話によると、ナンパで知り合った女と一度きりのつもりで関係を持ったらしい。

「三人寄れば文殊の知恵って言うしな。なんかいいアイディアが出るかと思ったんやけど。あ、四人やったな」

「どうせ悪知恵でも借りようって魂胆でしょ」

「人聞き悪いな。ただ俺は父親になんてなれへん。だから無理やってハッキリ言ってやったんや」

「あんたには血も涙もないわけ?」

 鼓太郎が右手でテーブルをバンっと叩き、大きな声を出した。

「そんな怒るんやったらもう相談せんわ」

 修太はむくれたように横を向いた。俺は黙って聞いていたが、だんだんと怒りの炎が燃え上がってきた。

「簡単に堕ろすとか言ってんじゃねぇよ」

「そうよ。お腹に宿った命を殺すことになるのよ」

 鼓太郎もかなり熱くなって叫んでいる。

「じゃあ産んでもらってもエエけど、俺は認知せんよ」

「子どもを見捨てんのかよ」

「あんたやっぱり無責任の最低男ね」

「俺は最低やないで。アサミが堕ろすって言ってるんや」

「どうせあんたが脅したんでしょ」

「んなことないわ。大学辞める気ないからまだ養えんって言うただけや」

「てめぇが働けばいいだろ。遊んでるだけの大学なんてやめちまえ。子どもを捨てたりしたら許さないからな」

 俺は吐き捨てるように言うと、手に持っていたグラスの中身を修太の顔にぶちまけた。そして乱暴にドアを開けると、そのまま「コーポ白崎」と書かれたボロアパートを後にした。鼓太郎と大も数秒後に出て来たらしく、背後から二人の足音が聞こえてきた。

「それにしてもひどいわよね。修太っていい加減で女ったらしでだらしない奴だと思ってたけど、あそこまで根性ひん曲がってると思わなかったわ」

「僕も驚きました」

「さっきの悠の怒り方もハンパなかったわね。頭から麦茶をかけるなんて過剰演出のドラマみたいだったわよ」

「俺はああいういい加減な奴が嫌いなんだよ。母子家庭の苦労がわかってないからあんなことが平気で言えるんだ」

「アタシはね両親揃ってるけど、ずっと会ってないの。こんなオカマになっちゃってからは音信不通よ。最初は隠し続けて一緒に住んでたんだけど、だんだんと疲れてきちゃったの。仮面を被るのって大変なのよ。三年くらい前に家を出てからお盆にもお正月にも帰ってないわ。電話もしてないし。アタシって一人っ子でね、溺愛されて育ったの。昔からいわゆるイイ子で。小さい頃はお勉強もできたし運動だってできたし。だから両親の期待も大きくてね。それがこういう形で裏切っちゃったじゃない? 情けなくて顔向けなんてできないわよ」

「ご両親は知らないんですか?」

「オカマのこと? そんなこと言えるわけないじゃない。一人息子なのよ? 大事な跡取りがこんなことになっちゃってて。どんだけ親不幸って話よね。大ちゃんはその点平和そうねぇ。アイドルにハマって楽しそうだし。人間、趣味に没頭してる時が一番幸せよね」

「ぼ、僕だって色々あります。自分に自信がないんです。幼稚園のころから今までずっといじめられ人生を歩んできました。外見だってキモイって言われるし、性格も暗いし。何か言うとオタクが変なこと喋ってるみたいな目で見られるし……。だから、僕は桃香ちゃんのために生きているんです。もし桃香ちゃんがいなかったら、僕なんて死んだも同然です。こんなキモい人種、生きてたって死んでたって同じですから。誰からも必要とされてないって僕みたいなヤツのことを言うんですよ」

「暗っ。負のオーラがすごいわね。自分で自分をおとしめてどうするのよ」

「で、でも実際……僕がいて何かいいことありました?」

「そりゃあるわよ。大ちゃんは場の雰囲気を穏やかにしてくれるじゃない。ねぇ、悠だってそう思うでしょ」

「ん? あぁ」

「悠も悩んでるみたいね。ボーっとしちゃって」

「いや……」

「何よ、ちゃんと吐き出しなさい」

「いいよ別に」

「駅までまだあるんだし、ちょっとは悠も喋ったら? 少しは気分が楽になるわよ」

「喋って楽になるのは女だろ? 俺は基本的にそういう愚痴めいたことは言わないんだよ」

「ほらほら、そうやって自分の殻に閉じこもらないの。アタシが人生相談に乗ってあげるわよ。ここで聞いたことは口外無用。絶対誰にも言わないわ」

「随分しつこいな」

「アタシの性格知ってるでしょ」

「はぁ……。じゃあ今思いついたことだけど。考えてみたら俺はさ、これまで母さんを守るために生きてきたんだよな。だから母さんが喜ぶようなことは全部してきたし、自慢の息子であろうとした。でも今はよくわからないんだよ。俺がしてることは母さんのためなのか、それとも自分のためなのか」

「自分のため?」

「俺はきっと強迫観念に縛られているんだと思う。母さんに言い寄って来る男どもがまた傷つけて捨てていくんじゃないかって。そしてこれ以上母さんに何かあったら、今度こそ本当に死んでしまうんじゃないかってね」

「心配なのね?」

「あぁ、俺は24時間365日母さんを心配して生きてきた。俺たちを捨てた男のせいで母さんの人生は狂ったんだ。家族を捨ててまで手に入れたかったものって一体何なんだよ。人を不幸にして得る幸せなんて本物じゃない。そんなものはただの幻想だ。いつか泡のように消えて無くなる幻想なんだよ」

「悠はお父さんのことを恨んでるのね」

「父親って言葉を思い出しただけで虫酸が走る。今回言い寄ってきた奴だって自分の娘をないがしろにしてるんだ。自分の子どもすら愛せない奴が母さんにプロポーズしてきたんだぜ? こんなバカな話ってないだろ? アイツがこれ以上近づいてくるなら、俺は今度こそ本気で殴り殺す」

「ダメよ、ダメダメ。犯罪者になっちゃう。そんな男のために終身刑にでもなったらどうするのよ」

「殺した後で巧妙に逃げるから心配無用」

「そういう問題じゃないわよ。殺すなんて言葉使っちゃダメ。ほら、大ちゃんも何か言ってよ」

「ぼ、僕は大丈夫だと思います。櫻井先輩には守るべき人がいますから。いくら頭に血が上っても殺人犯になったりしません」

「ちょっと何それ? 大ちゃんには打ち明けてアタシには秘密なわけ?」

「あ、いや……先輩すいません、僕余計なこと言っちゃって……」

「お前は口が軽すぎるんだよ」

「待ってよ、アタシにも教えなさいよ。仲間はずれなんてひどいじゃないの。その守るべき人って誰よ? 彼女?」

「この展開、スゲーめんどくさい」

「櫻井先輩、ここだけの話ってことで……」

「うまくまとめようとすんなよ。お前が悪いんだろ」

「ほらほら、怒らないで。高校生なんだから恋のひとつやふたつ当たり前じゃないの」

「こういうの苦手なんだよ。俺、自分の弱みって人に見せたことないから」

「弱み?」

「誰かを好きになると、それだけで自分に弱点ができるだろ」

「そんなことないわよ」

「俺はさ、隙のない人生を送ることで自分を守ってきたんだと思う。でもアイツの存在が自分の中で大きくなっていけばいくほど、絶対に失いたくないっていう気持ちもどんどん膨らんでいく。もしアイツに何かあったらって思うと、想像しただけでいても立ってもいられなくなる。これが弱点じゃないなら、一体何なんだよ」

「じゃあ逆に聞くけど、悠は今まで弱点のない人生を送ってきたってこと?」

「せ、先輩は何でもそつなくこなしますよね。頭が良いから成績はいつもトップだし、体育でも必ず活躍していますし。に、人間嫌いなオーラが出ているせいか友達はあまり多くないけど、いじめられることもないしいじめる側に回ることもない。みんなには一目置かれる存在だから、周囲のゴタゴタに巻き込まれることもない。つまり一番賢いタイプです」

「すごい分析力ねぇ」

「コイツの洞察力はお墨付きだ」

「悠が認めるなんてよっぽどじゃない。あなた心理カウンセラーになれるわよ」

「え、あ……、褒められると恥ずかしいです。ぼ、僕は好きなことに没頭するタイプなだけです」

「好きなこと? あぁ、悠のことね?」

「僕は櫻井先輩のファンですから」

「やめろよ。うぜぇな」

「冷たいわねぇ。よき理解者がせっかくここにいるっていうのに。ちょっとはファンサービスしないと嫌われちゃうわよ」

「大、お前ちゃんと現実見ろよ。アイドルばっかり追いかけんな」

「え? 現実……ですか?」

「そのビクビクした態度を直せばいじめられることもないだろ」

「大ちゃんの課題はそこね。人の顔色を見ずに堂々と自分の意見を言えるようになること。嫌なものは嫌ってハッキリね」

「で、できるかわかりませんけど、多分できませんけど、一応やってみようと思います」

「いいのよ。できたってできなくなっていいじゃない。勇気を出して一歩前に出たら自分に自信もつくわよ」

「はっ、はい」

「そうやって一つひとつ壁を越えていけば、きっとその先に明るい道がある。アタシはそう信じてる」

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