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 男子スイーツ倶楽部のオフ会に呼ばれ、俺たちは新宿のカフェに集合した。ガラス張りの店内に黒と白のモノトーンで統一された空間が、いかにも今風といった雰囲気を醸し出している。

「呼び出しといて本人は遅刻か」

 俺の隣で修太が不満そうな声を出した。大も腕時計を見つつ「十五分も遅れてますね」と同調した。

「一杯五〇〇円もするコーヒーが冷めてしまうやろが」

 修太は右手で頬杖をつきながら、砂糖の入っていた細長い包み紙を小さく何度も折っている。

「なぁ、ミイちゃんはどうなったん?」

 俺は目も合わせずに冷たく突き放したが、修太は身を乗り出したまましつこく迫ってきた。

「一度会ってみたいんや。頼むわ」

「アイツはダメだ」

「なんで?」

「どうしても」

 俺は修太の粘っこさにイラつき始めていた。

「高校生の分際で生意気や。年長者はリスペクトせな。あ、リスペクトって単語の意味わかるか?」

「しつこいっつってるだろ!」

「何やその言い方。生意気なガキやな」

「ガキ?」

「まぁまぁ、櫻井先輩も落ち着いてください」

 大が横からやんわりと仲裁に入った。だが、今の俺には何の効き目もない。

「てめえみたいな女ったらしに紹介できるかよ。土下座されたって会わせねぇよ」

「お前惚れてんやろ。ミイって子が好きなんか」

「関係ねぇだろ。部外者は引っ込んでろよ」

 俺は思わず大声を張り上げた。

「ははは、図星か」

 修太の乾いた笑い声に耐えきれず、俺は席を立った。急に立ち上がったせいだろう。椅子は大きな音を立てて後ろへひっくり返った。近くのテーブルに座っていた女たちは椅子の倒れる音に過剰反応し、キャーキャーわめき散らしながら出口へ走って行った。

「おいおい、俺を殴る気かよ?」

 修太が座ったまま腕組みをして俺を見上げた。

「お客様」

 ふいに背後で若い男の声がした。ギャルソンエプロンをつけた男は、粛然とした態度で言った。「他のお客様のご迷惑になりますので喧嘩は外でお願いします」


「ちょっと何それ」

 数分後に合流した鼓太郎は、カフェでの出来事を大から聞いて吹き出すように笑った。

「追い出されちゃったわけ? それでここに避難してきたの? カッコ悪っ」

「なんやて? そもそもお前が遅れてきたのが悪いんや。反省しとんのか」

 修太は面白くなさそうな顔をして鼓太郎のわき腹を小突いた。

「ごめんねぇ。悠にも大ちゃんにも嫌な思いさせちゃって。アタシ、職場がこっちに移ったのよ。新宿のコールセンターにお引越ししたの」

「クビになったんか」

「違うわよ! 昇進したの。もっと大きいコールセンターの主任を任されたってわけ」

「スゲーじゃん」

 俺は純粋に鼓太郎の報告に喜びの声を上げた。

「ありがとね、悠」

「僕も嬉しいです」

「大ちゃんも」

「俺は祝福せんよ。これからオフ会がいっつも新宿やったら交通費もったいないわ」

「誰が毎回新宿なんて言ったのよ。ケチ臭い男ね。あーヤダヤダ。こんな男とは絶対に付き合いたくないわ」

「誰がオカマなんて選ぶか、アホ。俺にも選択肢くらいあるわ」

「ヒドいこと言うわね。もともとはあんたが悪いのよ。悠に喧嘩を売るからこんなことになったんじゃないの。女ったらしは黙ってなさいよ」

「まぁまぁ、二人とも喧嘩はよくないですよ」

 大が鼓太郎と修太の間に入る。

「そうだ、これからアタシの友達のやってる店に行かない?」

「なんの店や」

「ふふっ。行ってからのお楽しみ」

 俺たちは鼓太郎について、夜の新宿の街を歩き始めた。


「いらっしゃーい」

 新宿二丁目にある雑居ビルに足を踏み入れると、外観とは違う異様な世界が広がっていた。色とりどりの派手なドレスを身にまとった女たちが、俺たちを歓迎するかのように一斉に取り囲んだのだ。手前にバーカウンター、奥にL字型のソファ席が四つほど並んでいる。他にお客はいないようだ。

「あら、かわいい子たちじゃないの」

「イケメン揃いだわ」

「こっちにいらっしゃいよ」

 女たちは口々に好きなことを言って、俺たちの腕に自分の腕を絡ませた。妙な違和感を感じたのはその時だった。女の指を見た瞬間、何かが変だと思った。大の方を見ると、女を相手に舞い上がっているようで、赤い顔をしながら自分のオタク趣味について熱く語っている。鼓太郎はといえば、カウンターの奥にいるママさんらしき女と真剣な表情で何やら話しこんでいた。

「アタシ、ミルっていうの」

 ミルはパッションピンクのチャイナドレスを身にまとっており、年は二十代前半くらいに見える。よくテレビで見るアナウンサーにも似ているように思えた。俺は一瞬でも「着物を着たら綺麗だろうな」なんて思ってしまった自分に情けなさを感じた。コイツは男なのか女なのかわからない。身体はほっそりしているのに、指だけはゴツゴツしているのだ。女の指を熱心に観察したことはないが、何かがおかしいように思えた。

「この店って……」

「なぁに? 何か気に入らない?」

 俺の隣に座ったミルは、ニコっと微笑んだ。

「のど乾いてない? 飲み物は?」

 その時、隣のソファ席に座っていた修太が上機嫌な様子で大きな声を上げた。

「ココちゃんにドンペリ!」

 まだ入って五分足らずだというのに、すでに酔っているようだ。

「俺はモテてモテて困ってるんや。抱いた女の数は軽く五十人を超えるで。今な、百人斬りに挑戦しようかと思うて。なぁスゴイやろ?」

 修太の声が店中に響き渡る。

「修ちゃんって医者の卵でしょ? そりゃモテるわぁ」

 横にぴったりくっついている女が修太をうっとりした目つきで見つめている。

「そうや。女が男に求めていることはただひとつ。経済力や。今の女子おなごはしたたかやで。結婚と恋愛をちゃんと切り分けとる。恋愛は顔のイイ奴を選んでも結婚となるとコロっと態度を変えるんや。年収がいくら以上じゃなきゃ嫌だとか、契約社員はダメだとか。お前ら何様じゃって言いたくなるわ」

「男は大変ね」

「せやな。金持ちにならんかったら美人は寄って来んのや。だがな、俺は勝ち組やで。うちは代々医者家系でな、爺さんも親父も兄貴も医者なんや。金なんて掃いて捨てるほどある。その金に女どもが群がってくるんや」

「なるほどねぇ。でもアタシは違うわよ。心しか見ないの」

「お前さんはイイ女子やなぁ。俺のタイプやわ」

「あらぁ、そんな事言うと本気にしちゃうわよ」

「今夜、俺の部屋に来ぃひん?」

「マジなの? アタシ、行っちゃっていいの?」

 俺は背中に冷や汗を感じていた。やっぱりコイツは根っからの女ったらしだ。

「ねぇ、悠ちゃん」

 ミルは俺の膝に手を乗せた。

「お酒飲めないんでしょ? 未成年だから」

「なんだ、知ってたんだ」

「鼓太郎から聞いてるわよ。悠ちゃんと大ちゃんは未成年だって」

 鼓太郎に抜かりはない。相変わらずの仕切り屋だし、情報伝達にも間違いはなかった。

「ちょっと質問があるんだけど」

「なぁに?」

「ここって普通の店じゃないよな?」

「そう思うの?」

「女装……とかしてない?」

「じゃあ、確かめてみる?」

 ミルはいきなり俺の手を取って、自分の胸に押しつけた。むにゅっとしたマシュマロのような柔らかい感触が手のひら全体に広がる。俺は慌てて手を離した。

「ふふっ。可愛い。顔赤くなってるわよ」

「からかうなよ」

「ピュアねぇ」

 ミルの視線に耐えきれなくなり、俺は思わず立ち上がった。

「やっぱ帰る」

「待ってよぉ」

 俺はミルに腕をぐいっとつかまれ、また同じ場所に座らされた。

「ねぇ好きな子はいるの?」

「ノーコメント」

「まだ何にもしてないんでしょ?」

「うるせぇな」

「恋愛のコツはね、自分の気持ちに素直になることよ。でも自分の欲望だけにとらわれちゃダメ。コミュニケーションが大事なの。相手の気持ちをちゃんと考えてあげるのよ」

「なんでそんな事言われなきゃいけないんだよ」

「まぁいいじゃないの。オカマの戯言だと思って聞いてよ。酸いも甘いも味わってきた人生の先輩としてね」

「え……」

 俺はミルの胸元に目をやった。

「あら、自分からバラしちゃったわね」

「じゃあさっきの胸は?」

「偽物でしたー」

「なんだよ」

「ガッカリした? ふふふ。悠ちゃんに本物のおっぱいはまだ早いわよ」

「本物じゃないのか……」

「随分そこに食いつくわね。あれは整形!」

「整形?」

「そ、偽物だけど本物みたいなさわり心地ってわけ」

 俺はふと美衣の胸元を思い出した。前に一度、白い制服の下から桃色のブラが透けていたことがあった。

「なんか想像してたでしょ」

「してないって」

「顔赤くしちゃってー。ホントに可愛いわ、この子」

「ね、アタシの弟かわいいでしょ」

 突然、背後から鼓太郎の声がした。後ろを振り返ると、奴は慣れ慣れしく俺の肩に手を回してきた。俺は露骨に嫌な顔をしたが、鼓太郎はにこにこと笑みを浮かべたまま俺の隣に回り、横に腰をかけた。

「冗談よ、冗談に決まってるじゃない。弟分ってこと」

 鼓太郎は俺の頭を撫で回しながら、肩をぽんぽんと叩く。相当酔っているようだ。横からアルコール臭がプンプン漂ってくる。

「みんないろいろ問題抱えて生きてんのよね。修ちゃんは金持ち一家の息子でしょ。なのに妙にケチなのよね。昔から“金持ちほどケチ”なんて言われてるけど……あれは明らかに異常だわ。ねぇ、そう思うでしょ」

 俺は適当に相槌を打った。

「さっきチラっと聞こえてきたんだけど、親からの仕送りは全部女遊びに使って手元には何にも残ってないらしいわよ。だから交通費までケチるのよ、たかだか数百円なのにね。男の付き合いには一銭も使わないつもりなのかしら」

「往復だと千円超えるからな」

「そういう問題じゃないのよ。お金の使い方がおかしいって話。あとね、大ちゃんだってああ見えてかなりナイーブで繊細なのよ。図体が大きいから何を言っても響かないだろうって思うでしょ? 太ってる子って温和で何を言っても許してくれるイメージなのよね。でも中身はその真逆なのよ。あの子、人の顔色ばかり伺って本音を言わないでしょ。そういうのって見ててじれったいのよね。本心を言わないといつまでたっても他人行儀のままじゃない。本音と本音のぶつかり合いってのがまったくないのよね。アイドルの追っかけだって現実逃避よ。あのままじゃストーカーになりかねないわ」

 鼓太郎は一人でひとしきり喋った後、急に寝息を立て始めた。俺の肩にもたれかかったままピクリとも動かない。さっきまで二人のことを事細かに分析していたが、俺に関しては最後まで一言も発しなかった。俺自身、他人に自分の悪い所をあげつらわれた経験がほとんどない。だけど……それは欠点のない完全無欠人間を意味するわけでもない。他人の目に俺はどう映っているのだろう。以前の自分ならそんなことは考えもしなかったが、なぜか今は誰かに率直な意見を言ってほしいような、そんな欲求に駆られていた。

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