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 鼓太郎からメールで通知があった。男子スイーツ倶楽部の第一回定例ミーティングを開くから、四人で集まろうという話だった。場所は所沢にある「ザ・トリップマン」というカフェだそうだ。トリップなんてドラッグの密売でもおこなわれていそうな怪しい名前だが、鼓太郎のメールによると知る人ぞ知る絶品のチーズケーキを出している店らしい。

 「雪の降る日のチーズケーキ」というロマンチックな名前のチーズケーキを注文し、ゆっくりと口に入れながら、俺はただひたすらケーキの旨さを味わっていた。舌の上でゆっくり溶けていくチーズとホワイトチョコレートの甘い香りがふわりと鼻の奥をくすぐる。くどい甘さは感じられないし、それでいてあっさりしすぎてもいない。なるほど、鼓太郎が“絶品”と表現するのもわかる気がした。

「めっちゃ旨いケーキ出してんのにもったいないなぁ。こんなダッサイ名前で」

 修太がしみじみとした表情で首をひねった。

「何よ。ここの名前のこと?」

「ザ・トリップマンなんてギャグやろ」

「失礼ね」

「いや、正直なだけや。俺はいっつも真っ直ぐやからな」

「無神経なだけでしょ」

「随分つっかかるなー」

「アタシがここの名前考えたのよ」

「ふぇ?」

「間抜けな声出さないでくれる? オーナーとは幼馴染なの! トリップっていうのはチーズケーキを食べるとトリップするぐらい美味しいってところから取ったのよ」

「ふ、深い……」

 大が感心したように深く頷いた。

「でしょー? 大ちゃんならわかってくれるわよね」

「もっとカッコエエ名前があるやろが」

 修太は不満そうな声をあげた。

「ねぇ、悠。もしかしてご機嫌斜め?」

 鼓太郎が心配そうな表情で俺の顔を上目遣いに覗き込んだ。

「いや、ボーっとしてた」

「鼓太郎のつまんねぇ話なんて聞きたくないってな」

 修太がニヤニヤしたような表情で、コーヒーカップをテーブルに置きながら口を開いた。

「別にそんな意味じゃ……」

「悠は鼓太郎と昔から知り合いだったん? 最初から仲良さそうだったな」

「ちがうのよ。うちのワンコが悠の足に噛みついちゃって。それが初対面よ」

「へぇ」

「アタシはね、悠が大好きなの。初めて会った時から」

 俺は恥ずかしさでただ俯くしかなかった。女子から言われる「好き」とは違う。なんだか居心地が悪いような気がしていた。

「それって愛の告白やん」

 修太が追い打ちをかけるように俺の顔を見てニヤついた。

「ちがうわよー。友達としてって意味。悠はノンケだもの。アタシなんて眼中にないでしょ」

「中は女なのにもったいないなぁ。でも外見がフツーの男やから付き合うとかそういうのは無理やな」

「そうね、中身はそこらへんの女よりアタシの方がよっぽど女っぽいわね」

「いっそのこと外側も女にしたらエエんちゃう?」

「簡単に言わないでくれます? アタシの気持ちなんてわかんないくせに」

「アホやな。人間は外見から入るんやで。その方が周りも認知っちゅうか、認めてくれるんちゃうの?」

「あんたみたいなガサツ男にはわかんないでしょうけど、アタシにも悩みはあんのよ。こう見えても職場ではフツーの男で通してるんだから」

「ホンマか」「マジ?」「本当ですか?」

 三人の声がかぶった。修太は口に含んでいたコーヒーを吹き出しそうになっていたし、大も目をまん丸く見開いて鼓太郎の顔をじっと見ていた。

「あったりまえでしょ。だから女の格好なんてできないの。駅前のコールセンターで主任やってんのよ、これでも一応」

「主任?!」

 修太が周りにも聞こえるぐらいの大声を上げた。

「ちょっと、声がデカイわよ。主任って言っても二十人ぐらいのバイトとかパートをまとめてるだけよ」

「あのぉ、失礼を承知で伺いたいんですが……。鼓太郎さんって何の世代ですか?」

 大がおずおずとメガネを右手で持ちあげながら口を開いた。

「世代って何や。ケータイちゃうで。年齢のことか?」

 修太の突っ込みに大はこくりと頷く。

「あらぁ、そういえば自己紹介で言ってなかったっけ? ねぇ、いくつに見える?」

 鼓太郎は待ってましたとばかりに目をキラキラ輝かせて俺たち三人を見た。

「四十代やろ。若者なら知らんような古い言い方するし」

 修太がからかうように言った。

「さ、三十代とかですか?」

 大はどもりながら口を開いた。鼓太郎は二人を無視するようにして俺の顔を見て「ねぇ、悠は? どう思う?」と尋ねた。こういう質問は面倒臭くて厄介だ。「わかんねぇ。年齢不詳」と俺は正直に答えた。

「ちょっとー! みんなひどいわ。三十代とか四十代とか果ては年齢不詳だなんて……まだ若いのに」

 鼓太郎が大げさにショックという顔をして俺たちを見た。

「ご、ごめんなさい。僕はその……やっぱり二十代後半くらいかな、なんて思いますよ」

 大が慌ててフォローするように鼓太郎の前で手を大きくブンブンと振って見せた。

「主任なんて言うからだよ」

 俺も普段はしないようなフォローを入れた。

「ってか大げさすぎるやろ。年齢ごときで。俺なんて茶髪にせんかったら高校生に間違えられるで」

「それ自慢? 若く見えるんならいいじゃないのよ。アタシなんてまだ二十四なのに」

「二十四?!」

 俺たちはまたしても同時に叫んでしまった。

「鼓太郎、お前苦労してきたんやな。だからそんなに白髪多いんやろ?」

「白髪の話はしないでっ!」

 鼓太郎は気を曲げたように、プイっと横を向いたまま黙ってしまった。面倒なことになったなと思っていると、今度は俺の方を向いて修太が口を開いた。

「悠のMin友でミイって女の子いるやろ。あの子めっちゃ可愛いな」

「なんで美衣の事知ってんの?」

「悠のMin友全員チェックさせてもらったわ」

「いちいちチェックすんなよ」

「そん中でミイっちゅう子が一番可愛い。色白で美人やし」

「で、何?」

「いや、紹介してもらえたら嬉しいなー思うて」

「それはない」

「なんで?」

「どうしても」

「頼む」

「嫌だ」

「なんで意固地になるんや。ええやん、俺だって彼女くらい欲しいわ」

「高校生だぞ、相手は」

「ええよ。若い方が好きやし」

「サイテー。このエロオヤジ」

 鼓太郎が横から修太を睨みつけた。

「エロオヤジってなんや。俺はただ若い方がエエっちゅうただけやん」

「しかし倫理的にはどうかと……」

 大が口を挟んだ。

「これが俺の本音や。人生は一度きりやで。死ぬまでに一回は女子高生と付き合ってみたいんや。そんであわよくば……」

「あわよくば何よ」

「男ならわかるやろ」

「やっぱコイツ最低」

 鼓太郎が軽蔑するような目をして修太を指差した。

「最低ってなんや。お前の方がワケわからんし。男なんだか女なんだかハッキリせえや。その喋り方もキモイんや」

「ひどい! 言いすぎよ。このエロ男! 女子高生に手ぇ出したらアタシが警察に通報してやる」

「まぁまぁ、公共の場で喧嘩は良くないかと……」

 大がなだめたが、事態は一向に収まる気配はなかった。

「櫻井先輩、どこ行くんですか」

 大が慌てて俺を追いかけてきた。喧嘩をしている二人を置いて、俺はザ・トリップマンを後にした。

「き、きっとあの二人って性格が合わないんでしょうね」

「ケンカするほど仲がいいって言うし。似たもの同士に見えるけどな」

「なるほど。たしかに血の気が多いところはソックリですよね。と、ところで櫻井先輩はミイって子と付き合ってるんですか?」

 大は突然核心に迫ってきた。何も考えてないような顔をしてまったく隅に置けない奴だ。

「いきなりなんだよ」

「す、すみません。でもさっき先輩の顔色が急に変わったから。その子を魔の手から守ろうとしてるって言うか……」

「洞察力すげぇな」

「お褒めにあずかり光栄です!」

「いや、褒めてないけど」

「え?」

「あのさ、他人のプライベートを詮索するのは良くないと思うよ。あと、人の顔色ばっかり見て喋んのも気持ち悪ぃ」

「ご、ごめんなさい」

「謝るくらいなら最初から聞くな」

「そんなに怒らなくたって……」

「ついてくんな」

「あ、あの……」

 大はまだ何か言いたそうにしていたが、俺は早歩きで商店街の人ごみへ入って行った。美衣のことを詮索されるのが何よりも嫌だった。大の言う通り、俺は美衣を守ろうとしていたのだろうか。俺自身、自分の心の中で渦巻いているドロドロとした黒い感情を整理できないでいた。

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