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異世界コンビニオーナーの辺境開拓記~エルフの魔法野菜と追放令嬢の天才経理で、寂れた村を最高の商業都市に変えます~  作者: 黒崎隼人


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第1話「冷たい土の匂いと見知らぬ天井」

登場人物紹介


◆サトル

現代日本でコンビニエンスストアを複数経営していた元オーナー。

30代前半で過労と事故により命を落とし、異世界の辺境に転生した。

商品の陳列から物流網の構築まで、小売業に関するあらゆる知識と経験を持つ。

温厚で面倒見が良いが、商売のことになると鋭い眼光を見せる。

お客様の笑顔と、快適な生活空間を提供することに何よりも喜びを感じている。


◆エララ

深い緑色の髪と透き通るような白い肌を持つエルフの女性。

森の奥深くから人間の領地へと追いやられ、荒れ地で農業に挑戦していたが失敗を繰り返していた。

植物の成長を促す強力な魔法の使い手だが、土壌や気候に関する物理的な知識が欠けていた。

サトルのアドバイスを受けてからは最高の農作物を育て上げる天才生産者となり、店に欠かせない新鮮な食材を供給する。


◆セシリア

金の長い髪と意志の強い青い瞳を持つ元公爵令嬢。

王都の政治闘争に巻き込まれ、無実の罪を着せられて辺境へと追放された。

貴族としての高い教養に加え、数字の計算や契約書の作成、法律の抜け穴を見つけることに天才的な才能を発揮する。

サトルの経営理念に共感し、店の経理と物流管理、そして外部組織との交渉を一身に担う共同経営者となる。

 肺の奥底に、凍りつくような冷たい空気が流れ込んできた。

 カビと湿った土が混ざり合ったような特有の匂いが、冷気とともに鼻腔の奥深くへと入り込んでくる。

 呼吸をするたびに、乾ききった喉の粘膜がかすかにひきつるような痛みを感じた。

 背中には、ざらざらとした硬い石の感触が直接伝わってくる。

 体温が床の石に吸い取られているかのように、手足の指先からじわじわと感覚が失われつつあった。

 重く閉ざされたまぶたの裏側に焼き付いているのは、深夜のバイパスの景色だ。

 フロントガラスの向こう側から、対向車線を越えて飛び出してきた大型トラックの強烈なヘッドライトの光が、網膜を白く焼き尽くしたあの瞬間の記憶だった。

 タイヤがアスファルトを削る耳障りな摩擦音と、焦げたゴムのひどい悪臭が、今も鮮明に脳裏にこびりついている。

 36時間の連続勤務を終えて、店舗から帰宅する途中のことだった。

 ハンドルを握りしめていたはずの掌には、もはや革の感触も、汗の湿り気も残っていない。

 暗闇の中からゆっくりと光が差し込んでくるように、少しずつ周囲の音が耳に届き始めた。

 遠くで風が木々を揺らす音や、どこかで古い木材がきしむ音がする。

 ゆっくりと、鉛のように重い感覚に逆らうようにして両目を開いた。


『ここは、どこだ』


 声には出さず、頭の中だけで疑問の形を作る。

 視界に飛び込んできたのは、見慣れた車の天井でも、病院の無機質な白い蛍光灯でもなかった。

 太く無骨な丸太が何本も荒々しく交差する、煤けた色の天井だった。

 屋根の隙間から細い光の筋が何本も差し込み、宙を舞う無数のホコリの粒を白く照らし出している。

 壁は不揃いな石を泥で固めただけのもので、あちこちにひび割れが走っていた。

 冷え切った両手をついて、ゆっくりと上半身を起こす。

 関節という関節が油の切れた機械のようにきしみ、鈍い痛みを訴えてきた。

 自分が身にまとっているものが、着慣れたスーツでもシャツでもなく、粗い麻で編まれた見知らぬ衣服であることに気づく。

 繊維の結び目が肌に擦れるたびに、かすかな痛みを伴う痒みが走った。

 両手のひらを顔の前にかざしてみる。

 そこには確かに自分の手がありながらも、長年の店舗業務で刻まれたはずの小さな傷やペンだこが消え、どこか微妙に骨格が若返っているような錯覚を覚えた。

 立ち上がろうと足に力を入れると、ふくらはぎの筋肉が小さく痙攣した。

 むき出しの足の裏を通して、ざらついた石と土の床の冷たさが直接伝わってくる。

 ゆっくりと右足に体重を乗せ、バランスを取りながら立ち上がる。

 部屋の中には、寝台の代わりとして床に敷かれた乾燥した草の束と、ひび割れた小さな水差しが一つあるだけだった。

 窓の代わりに壁に開けられた四角い穴から、冷たい風が容赦なく吹き込んでくる。

 隙間風が首筋を撫でるたび、肩の筋肉が反射的にこわばった。

 足元のおぼつかない状態のまま、部屋の隅にある重そうな木製の扉へと向かって歩みを進める。

 一歩踏み出すごとに、足の裏に付着した砂粒がこすれる乾いた音が、狭い部屋の壁にぶつかってむなしく響いた。

 彼はゆっくりと右手を前へと伸ばす。

 指先が、赤茶色に錆びついた鉄の取っ手をそっと包み込んだ。

 金属の表面は氷のように冷え切っていた。

 肌を刺すような冷たさに耐えながら、扉を外側へと押し込む。

 長い間油を注がれていなかった蝶番が、金属同士をこすり合わせる鋭い音を立てた。

 抵抗するように重かった扉が、やがてゆっくりと外の光を招き入れるように開いていく。

 目に飛び込んできたのは、重く垂れ込めた灰色の空と、ぬかるんだ土の道だった。

 視界の先には、今自分が立っている小屋と同じように、石と木材を粗雑に組み合わせただけの家屋がまばらに建ち並んでいる。

 屋根の多くは腐りかけ、壁には冷たい風を防ぐための布や木の板が不格好に打ち付けられていた。

 道のあちこちに泥水がたまった水たまりがあり、その表面を冷たい風が波立たせている。

 遠くに見える森の木々は葉を落とし、まるで枯れ枝の墓場のように寒々しい姿を晒していた。

 村の中心にある古井戸の周りでは、数人の人々が身を寄せ合うようにして動いている。

 水を汲み上げる女性の背中はひどく丸まり、着ている服はどれも擦り切れて本来の色を失っていた。

 彼女の足元に立つ小さな子供は、泥だらけの素足のまま、虚ろな目をして地面を見つめている。

 彼らの顔には生気がなく、ただ今日一日をやり過ごすためだけの疲労と諦めが深く刻み込まれていた。

 すれ違う人々は誰も言葉を交わさず、うつむきがちに重い足取りで歩いている。

 市場らしき広場もあったが、並べられているのは泥のついた小さく痩せた芋や、固そうな黒いパンの欠片がほんのわずかだけだった。

 そこには活気も、商品を求める人々の声も、売り手の笑顔も一切存在しない。

 彼は冷たい風に吹かれながら、その光景を静かに観察し続けた。

 胸の奥で、長年培ってきた小売業の経営者としての視点が静かに目を覚ましていく。

 この村には、物流という概念そのものが存在していない。

 必要なものを、必要な時に、適正な価格で手に入れるための場所がない。

 人々は自分の生活に必要な物資を探すためだけに、一日の大半のエネルギーと時間をすり減らしている。

 保存技術も流通網も機能していないため、手に入ったわずかな食糧も効率よく消費できないでいる。

 需要と供給が完全に断絶しており、その結果として村全体が緩やかな飢餓状態に陥っていた。

 彼は小さく息を吸い込んだ。

 吐き出す息は真っ白に染まり、灰色の空へと溶けていく。

 不思議と、恐怖や絶望は感じなかった。

 代わりに湧き上がってきたのは、乱雑に散らかったバックヤードの在庫を整理し、空っぽの棚に新しい商品を並べていく時のような、静かな高揚感だった。


『ここには、店がないんだな』


 心の中でそうつぶやくと同時に、彼の視線は再び自分の背後にある小さな空き小屋へと向けられた。

 狭くて薄暗く、床は土と石だけでできている。

 壁は隙間だらけで、屋根からは冷たい風が吹き込んでくる。

 しかし、床面積は4坪ほどあり、入り口は村の中心を通る未舗装の道に面していた。

 店舗の立地としては、決して悪くない場所だ。

 彼は冷え切った両手をゆっくりと握り締め、そして開いた。

 指先の感覚が、少しずつ確かな熱を取り戻していくのを感じる。

 生きるために必要なものがいつでも揃っていて、そこにいけば何とかなるという安心感を提供する場所。

 前世で彼が人生のすべてを懸けて作り上げてきたその空間が、この見知らぬ辺境の村には決定的に欠けていた。

 彼は扉の取っ手から手を離し、村の冷たい風をもう一度胸いっぱいに吸い込んだ。

 肺の奥がひりひりと痛んだが、その痛みが自分が今ここで確かに生きていることを証明していた。

 ゼロからのスタートどころか、マイナスからの立ち上げになることは間違いない。

 それでも、彼の中にある店舗経営のノウハウと、客の笑顔を求める商人としての本能が、静かに、しかし力強く脈打ち始めていた。

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