第七話 街の聖女
少し甘い展開が続きます。
ある休日。私はアルフレッド様に連れられ、王都の市場へと買い出しに来ていた。
「リリア、たまには外の空気も吸わないとな。今日は侍女としてではなく、一人の女性として楽しんでほしい」
「あ、ありがとうございます……でも、そんな、アルフレッド様にお荷物を持たせるわけには……!」
変装用のフードを被っていても隠しきれない高貴なオーラを放つ彼に、私は恐縮しっぱなしだった。けれど、アルフレッド様は「これは私のわがままだ」と言って、優しく私の手を引いて歩く。
「リリア。見てごらん、あそこの花屋だ。君の瞳の色に似た花がある」
「わぁ……綺麗……」
初めて見る、活気あふれる街の景色。前の王国では、私は「不吉な偽聖女」として王宮の奥深くに閉じ込められていた。こんな風に、誰かと笑いながら歩く日が来るなんて。
――その時だった。
「お、お母ちゃん! お母ちゃん、しっかりして!」
人混みの向こうから、子供の悲痛な叫び声が聞こえた。
見れば、荷車に撥ねられたのか、一人の女性が血を流して倒れている。周囲の人々は慌てているが、治癒術師を呼ぶには時間がかかりそうだった。
(……助けなきゃ!)
「リリア!?」
呼び止めるアルフレッド様の声より先に、私は駆け出していた。
「どいてください! 見せて!」
私は女性の隣に膝をつき、すぐさま出血箇所を確認した。かなり深い。普通の包帯では間に合わない。
(ここでは目立ちすぎちゃう……でも、放っておけない!)
私は深呼吸をし、周囲から見えないよう、自分の体で隠しながら女性の傷口に手を当てた。
「……痛みよ、去れ。命を繋ぎなさい」
囁くような祈りとともに、私は聖力を流し込む。
すると、溢れていた血がピタリと止まり、開いた傷口が魔法のように塞がっていった。
「えっ……? 痛くない……?」
倒れていた女性が、信じられないという顔でゆっくりと上体を起こした。
「お母ちゃん!」
「あ、あなた……一体何を……」
周囲の野次馬たちが、驚愕の声を上げる。
「おい、見たか!? 今、この娘さんの手が光ったぞ!」
「あんなにひどい怪我が、一瞬で……!」
私はしまったと思い、赤くなって立ち上がった。
「い、いえ! 私はただ、応急処置を知っていただけで……!」
「嘘おっしゃい! あなた、本物の聖女様じゃないのかい!?」
「そんな、私はただの侍女です!」
慌ててその場を去ろうとする私を、街の人々が次々に呼び止める。
「聖女様! お願いだ、俺のばあさんの長患いも診てくれねぇか!」
「私の子供も、熱が下がらないんです!」
困り果てた私だったが、必死な親たちの目を見ると、どうしても「嫌だ」とは言えなかった。
結局、私は夕暮れ時まで、街の広場で人々の相談に乗り、時には手を握り、時には軽い治癒を施して回った。
一人一人に、「お大事になさってくださいね」と笑顔で声をかける。
前の王国では決して向けられなかった、感謝と尊敬の眼差し。
「ありがとう、聖女様!」
「なんて優しい人だ……」
ようやく解放された頃には、街中に「若くて美しい、慈悲深い聖女様が降臨した」という噂が広まっていた。
帰り道。夕焼けに染まる大通りを歩きながら、私はアルフレッド様に謝った。
「すみません……目立たないようにと言われていたのに」
「……いいんだ、リリア」
アルフレッド様は立ち止まり、私の肩を抱き寄せた。
「君のその優しさを、誰が責められるものか。街の人々があんなに幸せそうに笑っている。……君こそが、この国に光を運んでくれたんだ」
彼は私の額に、誓うような優しいキスを落とした。
「リリア。君をもう、ただの侍女として隠しておくのは……難しそうだな」
私の顔は、夕焼けよりも赤く染まっていた。
この時、私はまだ知らなかった。
この「街の聖女」の噂が、いつの間にかおおきくなり、国境を越えて、あの愚かな王子たちの耳に届こうとしていることを。
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