第五話 温もりにつつまれ
ざまあ系ですが分類は恋愛です。
アルフレッド様の執務室で働き始めて一週間。
私の生活は劇的に変わった。夜はふかふかのベッドで眠り、朝は美味しい食事をいただく。そして何より、仕事の結果を「ありがとう」の一言で評価してもらえる。
それだけで、私は自分が「偽聖女」と貶されていたこと忘れそうになっていた。
「リリア、悪いが騎士団の練兵場までこの書類を届けてきてくれ。団長のガウェインに渡せばいい」
「承知いたしました、アルフレッド様」
私は預かった書類を抱え、城の裏手にある練兵場へと向かった。
そこでは、ラグナート王国が誇る屈強な騎士たちが、激しい訓練に励んでいた。
「はぁっ、はぁっ……クソ、またか」
一人の若い騎士が、模擬戦の最中に足を滑らせ、派手に転倒した。見れば、足首が妙な方向に曲がっている。
「おい、大丈夫か! 医務室へ運べ!」
周囲が騒然とする中、私の体は反射的に動いていた。かつて、夜な夜な怪我をした騎士たちを救っていた、あの時と同じように。
「失礼します、見せてください」
「えっ、君は……?」
戸惑う騎士の前に膝をつき、私はそっとその足首に手を触れた。
(……ひどい捻挫。でも、骨まではいっていないわね)
前の王国なら、ここでエドワード殿下に「無能は黙っていろ!」と怒鳴られていたはずだ。けれど今は、目の前で苦しんでいる人を放っておけなかった。
(少しだけ……痛みを引かせるくらいなら、平民の知恵で通せるかしら)
私は指先に、ほんのわずかな――私にとっては「微風」程度の聖力を込めた。
瞬間、私の手のひらから柔らかな淡い光が溢れ、騎士の足を包み込む。
「……あ、あれ? 痛みが消えた?」
騎士が呆然と声を漏らす。腫れはみるみるうちに引き、数秒後には元通りになっていた。
「すごい! 君、治癒術師なのか!?」
「いえ、そんな……! ちょっとした気休めの呪文ですわ。痛みが引いただけで、まだ安静にしてくださいね」
私は慌てて立ち上がり、目的のガウェイン団長に書類を押し付けるように渡すと、逃げるようにその場を去った。
◇
執務室に戻ると、アルフレッド様が険しい顔で自分の左腕を押さえていた。
「……おかえり、リリア。すまないが、少し休憩にする。古傷が疼いてな」
見れば、彼の袖口から、かつての戦いで負ったという古い傷跡が覗いていた。魔物の呪いを含んだ傷なのか、周囲の肌が赤黒く変色している。
「アルフレッド様、そのお怪我……」
「ああ、数年前の遠征で受けたものだ。国内の治癒師たちに診せたが、呪いが根深くて完治はしないと言われている。気にするな」
彼は無理に微笑もうとしたが、その額には痛みに耐える汗が浮かんでいる。
――完治しない? 嘘だわ。
今の私なら、この呪いの核がどこにあるか一目でわかる。
「……失礼いたします」
私は迷わず、彼の腕を両手で包み込んだ。
「リリア? 何を……」
私は今度は、加減をしなかった。
この優しい人を苦しめる呪いなど、一刻も早く消し去りたかった。
目を閉じ、体内の聖力を練り上げる。
(消えなさい、穢れた呪い!)
執務室全体が、真昼のような眩い白い光に包まれた。
アルフレッド様が息を呑む音が聞こえる。
私の手から伝わる温かな力が、彼の腕にあるドロドロとした闇を焼き払い、清らかな生命力で満たしていく。
光が収まった時、そこには――。
醜く変色していた皮膚はなく、傷跡一つない、滑らかな肌があった。
「……呪いが、完全に消えている……?」
アルフレッド様は信じられないものを見る目で、自分の腕と私を交互に見た。
「リリア……君は、一体……」
私はハッとして手を離し、真っ赤になって俯いた。
「……すみません、つい。これも……前の職場で教わった、おまじないのようなものでして」
「おまじないで呪聖女が匙を投げた呪いが解けるわけがないだろう!」
アルフレッド様が椅子を鳴らして立ち上がり、私の肩を掴んだ。
その蒼い瞳には、驚愕と、それ以上の熱い感情が宿っている。
「君は『無能』などではない。それどころか……」
彼は言いかけて、言葉を飲み込んだ。そして、愛おしそうに私を抱き寄せた。
初めて感じた、男性の大きな体の温もり。
私の心臓は、書類整理の時よりもずっと激しく、鐘のように鳴り響いていた。
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