第十話 王妃教育
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アルザス地方から帰還したリリアを待っていたのは、以前とは比較にならないほどの厚遇だった。
侍女という名目こそ変わらないが、与えられた部屋は王宮の最上階に近い日当たりの良い一室になり、身につける制服も上質なシルクが使われた特注品に変わっている。
「……あの、アルフレッド様。いくらなんでも、この部屋は広すぎますわ。私はただの侍女なのに、なぜ宝石付きの髪飾りまで……」
「リリア、それは君の働きに対する正当な対価だ。それに、その髪飾りは魔力伝導率がいい。君の力を安定させるための魔道具としての側面もあるんだ。……似合っているよ」
そう言って、アルフレッド様は当然のように私の髪に指を通し、飾りを整えてくれる。
距離が近い。吐息が触れそうな距離で、彼の蒼い瞳がじっと私を見つめる。
心臓がうるさいけれど、彼はあくまで「有能な部下を労っている」という落ち着いた態度なので、私が意識しすぎているだけなのだと自分に言い聞かせた。
◇
その日の昼食時、食堂へ向かう途中で私は文官たちの話し声を耳にした。
「聞いたか? アルフレッド殿下が、執務室に他人が入るのを極端に嫌うようになったらしい」
「ああ。特に、女性の文官が資料を届けに行くと、入り口で追い返されるんだとか。でも、リリア嬢だけは常に中にいるんだろう?」
「殿下は『リリアがいなければ仕事にならない』と公言されているからな。……あれはもう、侍女というより、実質的な王妃教育でも始めているんじゃないか?」
「……っ!」
私は壁の陰で顔を赤くして立ち尽くした。
王妃教育? そんな、滅相もない。私はただ、殿下の仕事が少しでも早く終わるように、隣で書類を整理しているだけだ。
でも、確かに最近のアルフレッド様は、私が少し席を外すだけで「どこへ行くんだ?」と寂しそうな顔をしたり、戻ってくると安堵したように私の手を握ったりする。
(きっと、私の『事務能力』を頼りにしてくださっているだけよね。変な期待をしたら、また前の時みたいに傷つくわ……)
前の王国での「偽物」という言葉が、時折、私の心をチクリと刺す。
だから私は、もっと頑張らなければいけない。彼に必要とされるために、魔力も、知恵も、すべてを注ごうと心に決めていた。
◇
その日の午後。執務室に戻ると、アルフレッド様が珍しく机に突っ伏して眠っていた。
連日の遠征と、溜まっていた政務が重なったせいだろう。
私は物音を立てないように近づき、彼の肩にそっとブランケットを掛けようとした。
「……ん……リリア……?」
寝ぼけた声で、アルフレッド様が私の手首を掴んだ。
「あ、申し訳ありません。起こしてしまいましたか?」
「いや……行かないでくれ……ここに、いてくれ……」
彼は私の手を自分の頬に寄せ、そのまま再び目を閉じた。
彼の熱い体温が、手のひらを通じて伝わってくる。
「アルフレッド、様……」
寝顔は、普段の「冷徹な王子」の面影はなく、どこか幼い子供のような無防備さがあった。
私は彼の手を振り払うことができず、そのまま彼が目を覚ますまでの間、赤くなった顔を伏せて隣に座り続けた。
彼が私に向ける感情が、信頼なのか、それとも別の何かなのか。
答えを出すには、私はまだ、自分に自信が持てずにいた。
◇
一方、元の王国。
「……リリアーヌが、隣国で聖女として崇められているだと!?」
報告を受けたエドワード王子は、持っていたワイングラスを床に叩きつけた。
隣国ラグナートから流れてきた「アルザスの奇跡」の噂。そこに描かれていた聖女の特徴は、あまりにもリリアーヌそのものだった。
「馬鹿な……! あいつは『無能』だ! 俺がそう決めたんだ! 本物の聖女はこのミスティだというのに……なぜミスティには大地を癒やすことができない!」
「ひどいわ、殿下ぁ! 私、頑張ってるのに!」
ミスティが泣きべそをかくが、その手元にあるはずの聖女の杖は、すでに石のように変色し、輝きを失っていた。
「……あいつを、連れ戻せ。手段は選ぶな。あいつは我が国の『所有物』だ。隣国などに渡してなるものか!」
歪んだ独占欲と焦りが、エドワードを狂わせ始めていた。
リリアの居場所が暴かれるまで、あと、わずか。
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