第九話 不作の呪い
急展開ですがお許しください。
隣国ラグナート王国の北部に位置する「アルザス地方」は、古くから穀倉地帯として知られていた。しかし、ここ数年は原因不明の「不作」に悩まされており、領民たちの間には不安が広がっていた。
「リリア、すまない。この遠征に同行してほしい」
アルフレッド様が、真剣な面持ちで私に告げた。
「アルザス地方の土壌から、微かに『穢れ』の反応が出ているんだ。私の剣では斬れぬ闇を、君の目で見てほしい」
「はい。喜んで、アルフレッド様」
私はもう、ただの侍女ではない。アルフレッド様の傍らで、彼の公務を支える聖女としての自覚が芽生え始めていた。
◇
アルザスの地を踏んだ瞬間、私は胸を締め付けられるような違和感を覚えた。
見渡す限りの麦畑が、不自然に黒ずみ、地を這うような重苦しい冷気が漂っている。
「……これは、自然の不作ではありませんわ。意図的に植え付けられた『呪い』です」
「やはりか」
アルフレッド様が剣の柄に手をかける。
「この地の豊穣を奪い、国を衰退させようとする者の仕業か。リリア、浄化は可能か?」
私は深く頷いた。
前の王国では、こうした呪いの浄化もすべて「エドワード殿下の祈り」として発表されていた。私がどれほど魂を削って祈っても、誰にも知られることはなかった。
でも、今は違う。
「アルフレッド様、皆さまを下がらせてください。……少し、大きな力を使います」
私は麦畑の真ん中に立ち、瞳を閉じた。
両手を広げ、足元の土に意識を向ける。
(大地よ、眠れる命を呼び覚ましなさい。あなたを縛る鎖を、私が解き放ちます)
体内の聖力が、濁流のように溢れ出した。
これまでは「無能」を演じるために、蛇口を閉めるように抑え込んでいた力。それを今、初めて全開にする。
「――『万物を癒やす光』!」
私の足元から、眩い黄金の波紋が広がっていった。
波紋が触れるたび、黒ずんでいた麦が黄金色に輝き、枯れていた土から青々とした芽が吹き出す。空を覆っていた澱んだ雲は一瞬で霧散し、突き抜けるような青空から柔らかな陽光が降り注いだ。
「な……なんだ、この光は……!」
同行していた騎士たちや、遠巻きに見ていた領民たちが、その場にへたり込み、あるいは祈るように手を合わせた。
光が収まった時、そこには――。
一晩で実りきったかのような、見事な黄金の麦の海が広がっていた。
「……はぁ、はぁ……」
流石に力を使いすぎたのか、視界がふらつく。倒れそうになった私の体を、強い腕がしっかりと受け止めた。
「リリア! 見事だ……本当によくやってくれた」
アルフレッド様の声が、これまでにないほど震えていた。
「……こんなに美しい光を、私は初めて見た。君は、やはり本物の……」
「……ただの、リリアですわ、アルフレッド様」
私は彼の胸に顔を埋め、小さく笑った。
「あなたの役に立ちたい、それだけです」
「……ああ。だが、これでもう誰にも隠しきれないな。君という『女神』が、我が国に降臨したことを」
このアルザスの奇跡は、瞬く間に隣国中に広まった。
「黄金の麦を咲かせた聖女様」の名前は、ラグナート王国の希望として刻まれたのだ。
その頃。
崩壊が止まらない元の王国では、エドワード王子が焦りの中で一つの「噂」を耳にしていた。
「……隣国に、死んだ地を蘇らせる聖女が現れただと? ……まさか、そんなはずはない。あいつは魔力なしの偽物だったはずだ……!」
運命の歯車が、一気に加速し始めていた。
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