第八話 唯一の光
二つの国の対比がすごいですね。
街での一件以来、王都では「名もなき聖女」の噂で持ち切りだった。
当の本人である私はというと、相変わらずアルフレッド様の執務室で書類と格闘しながら騎士や街の人々を癒す日々を送っている。……もっとも、仕事の内容は「ただの雑用」から、いつの間にか「国家に関する仕事」にまで昇格してしまっていたけれど。
「リリア。少し、根を詰めすぎではないか?」
ふと、背後から温かな声がした。振り返る間もなく、私の肩にふわりと柔らかな毛布が掛けられる。
「アルフレッド様。……すみません、この予算案を明日までにまとめておきたくて」
「頑張り屋なのは知っているが、君に倒れられたら私は生きていけない。……今日はもうおしまいだ」
アルフレッド様は私の手から羽ペンをそっと取り上げ、そのまま私の手を大きな掌で包み込んだ。
「街での君を見て、確信したよ。君は誰かを救うことに、一切の迷いがない。……だが、君自身を救うのは、誰の役目だと思う?」
「それは……」
考えたこともなかった。前の王国では、私はただ消費されるだけの道具だったから。
返答に詰まる私の顔を覗き込み、アルフレッド様は悪戯っぽく笑った。
「私の役目だよ。……さあ、テラスへ行こう。今夜は月が綺麗だ」
◇
月明かりに照らされた王宮のテラス。
二人きりの静かな時間。運ばれてきた温かいココアの湯気が、冷え始めた夜気に溶けていく。
「リリア。君が前の国で何を言われ、どんな扱いを受けてきたか、私は詳しく知らない。……聞くつもりもない」
アルフレッド様は手すりに背を預け、夜空を見上げた。
「だが、これだけは覚えておいてほしい。君がここで流す汗も、人知れず咲かせる笑顔も、私がすべて守る。君を『無能』と呼ぶ世界があるなら、私はその世界ごと君を奪い去るつもりだ」
心臓がドクンと跳ねた。
こんなにも真っ直ぐに必要だと言われたのは、人生で初めてだった。
不器用で、自分を殺して生きるしかなかった私に、彼は新しい名前と、居場所をくれた。
「……アルフレッド様。私、あんな風に街の人に喜んでもらえて……初めて、自分が自分として生まれてよかったと思えたんです」
私はココアのカップを握りしめ、ぽつりぽつりと話し始めた。
「今までは、力を使うたびに『生意気だ』『目立つな』と怒られてばかりで。だから、昨日は……すごく、怖かったけれど、嬉しかったんです」
「リリア……」
アルフレッド様が私を引き寄せ、優しく抱きしめた。
彼の胸の鼓動が、驚くほど速いことに気づく。冷徹な王子と噂される彼も、私と同じように緊張しているのだと思うと、愛おしさが込み上げてきた。
「もう何も怖がらなくていい。君の光は、この国を照らす希望だ。……そして、私の心に灯った、唯一の光なんだよ」
重なる視線。
アルフレッド様が私にゆっくりと近づき――私に、羽が触れるような優しいハグをした。
「……おやすみ、私の愛しい聖女」
その夜、私は人生で一番幸せな夢を見た。
◇
同じ頃、国境の向こうの王国では。
「ひいっ、ひいっ……! 結界が、結界がもう持ちません!」
魔導師たちの悲鳴が響く中、エドワード王子は酒浸りの日々を送っていた。
「うるさい! リリアーヌを早く連れ戻せと言っているだろう! あいつがいれば、こんな書類も結界も、一瞬で片付くんだ!」
彼はまだ、自分がどれほど取り返しのつかない宝物を手放したのか、その本当の意味を理解していなかった。
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