第一話 無能でいろと言ったのはあなたでしょう?
ざまあ系が描きたくなったので連載します。お楽しみいただけたら幸いです。
「リリアーヌ! 貴様との婚約を破棄し、この国から追放する! お前のような『偽聖女』は、我が国には不要だ!」
きらびやかなシャンデリアが輝く夜会会場。第一王子・エドワードの怒声が、祝宴の音楽を切り裂いた。
視線の先には、地味なドレスで壁際に佇む私、リリアーヌ。そしてエドワード王子の隣には、桃色のドレスをまとった子爵令嬢ミスティが、可憐な笑みを浮かべて寄り添っている。
「……偽聖女、ですか?」
私が静かに問い返すと、エドワード様は吐き捨てるように言った。
「そうだ。聖女の証であるはずの魔力測定はいつも最低値。回復魔法も少しもできず、隅で書類をいじっているだけの女が聖女を名乗るなど、厚顔無恥にも程がある。本物の聖女はこのミスティだ! 彼女こそが、我が国を癒やす光なのだ!」
周囲の貴族たちから、さざなみのような嘲笑が漏れる。「やっぱりな」「ずっと怪しいと思っていたんだ」……心ない言葉が突き刺さる。
だが、私は冷え切った心で、目の前の男を見つめていた。
(……私が聖女ではないと? 私を『偽物』に仕立て上げたのは、殿下、あなたではありませんでしたか?)
◇
三年前、私が聖女として神殿から召し上げられた日。
私の放つ聖なる光は、測定不能なほどの数値を叩き出していた。だが、エドワード様はそれを見るなり、記録を改竄し、私にこう命じた。
『リリアーヌ。お前は今日から「無能」でいろ。聖女の力はすべて俺のものとして発表する。お前はただの飾り、いや、俺の影だ。決して人前で力を見せるな。目立つな。黙って俺の尻拭いだけをしていろ。これが王国とお前のためんなだ。いいな?』
それが、この国の第一王子の命令だった。
私は、彼との婚約が国のためになると信じ、その呪縛を受け入れた。
表向きは「魔力ゼロの偽物」というレッテルを貼られ、夜会でも冷遇される日々。その裏で、私は膨大な「聖女の仕事」いや、それ以上の仕事をこなしてきた。
国中の結界の維持。
騎士たちが戦場で受けてきた呪いの浄化。
流行病を抑えるための、水質浄化の魔法。
そして、エドワード様が「自分の手柄」として提出する、山のような内政書類の作成。
すべて、私が「偽聖女」という泥を被りながら、影で完遂してきたことだ。
特に、最前線で戦う騎士団の者たちは知っていた。瀕死の彼らを深夜の医務室で救い、予算をやりくりして装備を整えていたのが、エドワード様ではなく、蔑まれているはずの私であることを。
『リリアーヌ様……どうか、無理をなさらないでください』
現場の人々の感謝だけが、私の支えだった。
◇
だが、その我慢も限界を迎えたようだ。
「エドワード様ぁ、お姉様をあんまり責めないでくださいな。きっと、聖女のふりをして贅沢がしたかっただけなんですもの。ねえ?」
ミスティが勝ち誇った顔で私を見る。贅沢? 私の給与はすべて騎士団の治療費とメイドたちの備品代に消え、このドレスだって三年前の新調以来、一度も買い替えていないというのに。
「ミスティは慈悲深いな。だがリリアーヌ、貴様の部屋にある聖女の法衣と杖は、すべてミスティに譲ってもらう。お前のような偽物には、書類整理という小役人の仕事すら勿体ない。今すぐこの国から出て行け!」
会場のあちこちで、真実を知る騎士やメイドたちが絶望に顔を歪めるのが見えた。彼らは、明日から自分たちを救う「本物の光」が消えることを悟ったのだ。
けれど、私の心に去来したのは、驚くほどの「解放感」だった。
「……承知いたしました、エドワード殿下」
私は、彼が一度も教えようとしなかった、完璧な王室の礼法で深く一礼した。
驚きに目を見開くエドワード様を見据え、私は淡々と、最後の報告を口にする。
「『無能な偽物』でいろと言ったのは、殿下、あなたでしたよね。そのご命令、たった今、返上させていただきます」
「な、何を……」
「明日からの結界の維持、ならびに騎士団への個別治癒、すべて『本物』のミスティ様にお引き継ぎください。やり方は……そうですね、私のような『偽物』が口を出すことではありませんわね」
私はそれだけ言うと、一度も振り返らずに会場を歩き出した。
「おい、待て! まだ話は終わって――!」
怒号を背に、私は重い扉を押し開ける。
夜風が冷たく、けれど驚くほど心地よかった。
(さようなら、私を縛り付けた偽りの役目。さようなら、私を蔑ろにした王子。)
私はその足で、最低限の荷物だけを手に取り、静まり返った王宮を後にした。
三年間、一度も見たことのない、本当の世界へと足を踏み出すために。
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