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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

アルの足跡

作者: ながな
掲載日:2026/01/03

読み切りです

1万字くらいなのでぜひ最後までお付き合いください〜

 小鬼種ゴブリン。棍棒5、弓2、そして杖1。魔法使いまで居るとは珍しい。

 対して、襲われている馬車は護衛が一人だけか。


「ネフィ、僕が弓使いと魔法使いを斬る。援護を頼む」

「はいはい。その後はいつも通りね」


 草陰から飛び出し、魔法使いの背後から接近する。

 そして抜刀。がら空きの首をはね、そのまま一息で弓使いに肉薄する。異変に気付いて棍棒持ちが一匹振り返るが、あくまで狙いは弓使いだ。

 突然現れた脅威に慄き、硬直している其奴を一刀の下に斬り伏せる。


 ゲギャギャ!


 直後に二匹が反応し計三匹が接近してくるが、それを無視して最後の弓使いの元へ向かう。


 ブン


と棍棒が風を切る音が聞こえるが、それが当たる前に光る矢が小鬼ゴブリンの手ごと棍棒を吹き飛ばす。

 驚愕に目を見開く弓使いを両断し、そのまま両手を失ってのた打ち回る小鬼ゴブリンを貫く。

 残りの二匹も矢が刺さって動けなくなっていたのでとどめを刺す。


「あれ、逃げないのか」


 最後の二匹が向かって来たのでまとめて両断する。


「助かったよ、ネフィ」


 刀に付着した血を払い、布で拭ってから鞘にしまう。突然の事に目を瞬かせる護衛の男の、荒い息遣いがやけに耳についた。



「いやぁ助かりました。お二人共、相当腕が立つようだ」

「背後からの不意打ちでしたし、二人がかりだったので……それより、よく一人で持ち堪えていましたね?」

「あぁいや、私はほら、この盾がありますから。耐えるだけならそう難しくないんですよ。しかしこのままだと危ない所でした」


 そう言って男はバンバンと盾を叩く。重そうな盾だ。


「アル、そういうのは後にして。あんたの雇い主ってあの商人?」

「え、えぇ。今は荷物の確認をしているようですが、何か御用でも?」

「そう」


 ネフィはズンズンと商人の所へ歩み寄る。相変わらず、がめつい事だ。


「ちょっと良い?」

「はい!なんでしょうか?」


 小柄で気の弱そうな男だ。まだ成人もしていないのではないだろうか。対するネフィは以前、「人の命より金を優先する女」、「見た目詐欺」、「財布の番犬にして狂犬」とか呼ばれていた。……なんだか少年?が可哀想だな。


「何って……謝礼よ、謝礼。私達が来なかったらヤバかったんだから、ちゃんと払うわよね?」

「それはもちろんです!……あとその、よろしければこのまま護衛をしていただけないでしょうか?」

「はあ?……ちゃんと報酬は出るんでしょうね」

「ここから三時間ほどの道のりですから、お一人当たり銀貨3枚で如何でしょう?」


 この状況で交渉を始めるとは、思ったより目敏い。しかし……


「3枚?安すぎるわね」


 やはりそうなるか。


「さっきの見たでしょ?私達はそこらの冒険者とは比べ物にならないの」


 謙遜は何処に捨ててきたのだろう。


「確かに凄い腕前でした。しかしこの辺りは魔物が少ないのです。それでも相場の倍は出していますよ」

「だとしても!さっきは」

「それに、どうやらここらの冒険者ではないようですね。目的地に着いたらお手伝いできることも多いかと思います。ですので先程の謝礼込み()で、銀貨3枚で如何でしょう?」

「な、せめて()さっきの分は……!」


 ネフィはしまったという顔をする。


「これは失礼しました。では合計でお一人当たり銀貨5枚で如何でしょう?」


 ネフィが低く唸る。


「…………一人当たり銀貨6枚よ。そして街に着いたらこき使ってやるから覚悟しなさい」

「はい。喜んで!」


 凄い。失礼ながら、こんな様子で商人なんて務まるのかと思っていたが、悪名高きネフィを黙らせてしまった。


「彼、凄いですね」

「ええ。私なんかは交渉とか取引とか全っ然駄目なもので、羨ましい限りです」


 そこまで話したところで、ネフィが僕らを呼ぶ。


「確認済んだから出発するってー!二人とも早くこっち来なさーい!」


 一瞬二人で見つめ合い、同時に歩き出す。何だか仲良くなれそうだ。



「改めまして、ここが目的地のアンフォルジュです。王都からは離れていますが、鍛冶職人が多く住んでいて、よく冒険者の方が訪れるそうですよ」

「ふーん。まあ先ずは宿ね。アスタ、安く泊まれる所知らない?」


 商人の少年はアスタと言うらしい。


「ええ、良い所がありますよ。ついて来て下さい」


 そう言うとアスタは迷いなく進んでいく。

 そして辿り着いたのは……


「……随分大きいですね。一泊でも結構するんじゃ………?」


 ネフィも怪訝そうな顔だ。護衛の男、ルドワーは何故か楽しそうだ。


「ここは父の商会が運営する宿屋でして。お代は結構ですので、是非寛いで行ってください!」

「………あんた、思ったより凄いのね」


 全くだ。


「くっくっくっ……やっぱりそういう顔になりますよね!いやぁ分かります!私も最初はそうだったんですよ!」


 成る程、それで楽しそうだったのか。憎めない人だ。


「ルドワーさんは以前からアスタさんの護衛を?」

「ええ、と言っても二月くらいですか。冒険者としては特別腕が立つわけでもない私を好待遇で雇ってくださって、頭が上がりません」

「皆さん、立ち話も何ですし、入りましょうか」


 後で分かったことだが、ここはトップクラスの冒険者や上級騎士がよく利用する宿で、ほとんどの人間は中を拝む機会すらないのだとか。………一体一泊いくらするんだか。



「――元々は魔物が多く、ここまで賑わっていなかったのですが、賢者様が魔物の発生源であるあの山に住み始めてから魔物は激減。国内でも有数の安全地帯となったんですよ」


 ふかふかのベッドや飲み込まれてしまいそうな椅子に各々腰掛けながらアスタの話を聞く。


「流石に、賢者様はご存知ですよね?」

「ええ、もちろん。二年前に勇者様と共に魔王を討伐し、史上三人目の英雄となった僕らのせんせ…先頭に立って戦った人ですよね」

「先頭?……ああ、そういうことですか。強いとは思っていましたが、その年であの戦争に参加されていたとは……」


 危ない所だった。安易に明かさないようネフィに言われたのだった。


「ともかく、そういう理由で護衛を一人しか付けずに移動してたのね」

「ええ。魔物と遭遇するなんてほとんどありませんし、遭遇したとしても一人で対処できる……はずだったんですけどね」

「だとしても、大事なお坊ちゃまにしては護衛が少なすぎるんじゃない?」

「あはは、大事な()ですか」


 アスタは目を逸らし、微笑みながら言う。


「あの人にとっては僕のような養子はもちろん、実子でさえも大事なんかじゃありませんよ」


 その笑みには諦めのような寂しさのような誇らしさのような、とても言葉にできない重さ()が乗っていた。


 ――外の喧騒が聞こえる。


 アスタは姿勢を正し、日差しとともに言葉を紡ぐ。


「お二人はこの後どうするんですか?約束ですから、まだまだお手伝いさせていただきますよ」

「……そうね、取り敢えず当面の宿とご飯の心配は無くなったから、本格的に冒険者始めるための道具でも買い集めようかしら」

「てっきりベテランの冒険者だとばかり………いえ、そういう事ならお供しましょう」



「それじゃあ私達は適当に露店を見てくるから」


 アスタとネフィは勿論、「アスタさんが行くなら私も行きます。それが護衛としての仕事ですから」と言ってルドワーも買い出しに行ってしまった。成る程信用されるわけだ。

 本当はついて行きたかったが「余計な出費が増えるから」と置いて行かれた。ついでに財布も取り上げられた。


「こっちは信用されてないな〜」


 仕方無い。一人で適当に散策するか。



「へぇ、これ良い剣ですね」


 適当に鍛冶屋に入ってみるとずらりと直剣が並んでいて、その中でも特に無骨な一振りに目が止まった。片刃で極太。装飾はほとんど無いが柄は握りやすいよう丁寧に仕上げられていて、その全てが叩き斬るためにあるかのようだ。

 何より、()が良い


「お、分かってるね〜。けど、それは兄ちゃんには使いにくいだろ。折角だし良いのを見繕ってやるよ」


 髭が良く似合う店主に声をかけられる。


「お言葉はありがたいですけど、今手持ちがなくて……」

「なんだ文無しかい。じゃあせめて試し振りくらいしてくか?」


 予想外の言葉に胸が高鳴る。


「良いんですか!?では是非!」

「くくっ、元気が良いな!」



 ブンッブンッ


 と空気が裂ける。やはり重い。しかし細かい仕事の丁寧さが心地良い。


「……兄ちゃん、思ったよりやるな。決してデカい体じゃないのに、何でブレずに振れるんだ?」

「えっと…?師匠は僕とそこまで変わらない体格で、その体より大きな武器を軽々振っていましたよ?」

「………はは、そりゃ人間じゃないな」


 信じてなさそうだ。しかし、本当に良い武器だな。


「この()なら竜種でも殺せるんじゃないですか?」


 一瞬店主は真面目な顔になる。


「兄ちゃん、もう誰かから聞いたか?この地に残る竜殺しの伝説」


 首を横に振って応えると店主は続ける。


「なんでも、大昔に凄腕の武人が馬鹿でかい刀で竜種の首をぶった斬って退治しちまったらしい。そして、その首がこの地の何処かに眠ってるんだとか」


 何とも夢のある話だ。


「武器の()まで分かるんだ。知ってんだろ?竜種の生命力は半端じゃない。たとえ首を切断しても、普通はすぐに繋がっちまう」


 魔物は基本的に普通の武器じゃ死なない。それでも倒そうと思ったら生命力を上回る程のダメージを与え続けて、無理やり仕留めなければならない。

 魔物の種類にもよるが、目安としては原型が無くなる程だろうか。

 そこで抗鉄()と呼ばれる特殊な金属を混ぜ込んだ武器が用いられる。

 抗鉄が含まれる武器はその純度に応じて反射光が僅かに色付く。それが武器の()と呼ばれ、その()が優れるほど魔物を仕留めやすいということだ。


 ――が、圧倒的な生命力を持つ竜種はそんな武器でもそうそう死なない。


「そいつはその伝説を再現するべく、俺が持てる技術の全てを注ぎ込んで打ったんだが……全然純度が足りねぇんだ」

「試したんですか?」

「二年前の戦争で当時の騎士団長に使ってもらったんだ。大鬼種オーガですら一撃で屠れるって喜んでたらしい」

「それは凄いですね」

「けど…………死んだんだ。竜種に為す術も無く、やられたらしい」


 ……正直、これほどの武器は過去に一度か二度見た程度だ。これで勝てないとは……不謹慎ながらワクワクする()


「ま、そんなわけだ。兄ちゃんはいつか大物になるだろうから、そん時は何か買いに来てくれよ!待ってるぜ!」


 そうして鍛冶屋の店主と別れ、その後は色んな店を見て回った。……手持ちがないと知るや否やほとんどの店で追い出されたが。



「おっと、失礼」

「こちらこそすみません」


 落ち込んで下を向いて歩いていると、人とぶつかってしまった。魔法職だろうか?黒いローブがかっこいい。そして歩く姿は普通なのに、雰囲気()がある。強者の貫禄とでも言おうか。

 ともあれ、このままじゃ良くないな。気分転換に街の外に出てみるか。近くに見晴らしの良い丘があったはずだ。天気も良いし、きっとスッキリする。


 ぴたりと風が止んだ。


 守衛の横を通り抜けようと、次の一歩を踏み出す。体重をかけるにつれて砂が擦れるのが分かる。風が無くなった分、足音、息遣い、羽ばたき()といった些細な音が聞こえる。さらに一歩踏み出そうとした時、大きな影が近づいてくるのに気付く。


 ――体の芯を寒気が穿つ。


 すぐさま守衛を突き飛ばし、自分も大きく跳んで回避する。


 直後、爆発音が響いた。


 いや、ただの体当たりだ。ただの体当たりで()門が砕け散ったのだ。

 すぐに態勢を立て直し、声を上げる。


「中の人を避難させてください!」


 守衛は足をもつれさせなが駆けていく。良かった。そちらは追わないようだ。


 グルルルゥ


 血のような赤い鱗に覆われ、睨むだけで生き物を殺しそうな鋭い眼を持ち、振り回すだけで周囲を破壊する長い尾を持ち、万物を切り裂く爪牙を持ち、空を駆ける翼を持ち、低い唸り声を上げる其奴は世界最強の生物。


 ――竜種だった。



「逃げろー!北東の門で竜種が出たぞー!」


 竜種?こんな所にそんなのいるわけない。


「アスタ、あれはここらの祭りか何か?」

「い、いえ。そんな話聞いたことありませんけど……」


 周囲に動揺が広がる。


「アスタさん、一応逃げましょう。万が一本当だったら事です」

「……そうですね。人混みで動けず手遅れになるのが一番まずい。ネフィさん、ルドワー、パニックを起こさないようゆっくり南西門に向かいましょう」


 こういう時アルはすぐ危ない事をするから心配だが……今は二人を外に連れ出すべきか。と、そこで頭上から()声が響く。


「吐き気がするような潜入調査もようやく終わりか」


 そちらを見上げると黒いローブを纏った人間が浮かんでいた。いや、人は空を飛べない。まさか……


「竜殺しの武器の在り処を教えろ。そうだな……一人ずつ殺していけば吐くか?」


 魔物の中で特に厄介とされる二種類。一方は竜種。そしてもう一方は、人と変わらない見た目で、しかし比べ物にならないほど強力な魔法を扱い、その高い知能で他の魔物を率い二年前の戦争を起こした最悪の生物。


――魔人種である。



「ルドワー、アスタを連れて逃げなさい」

「ネフィさんは?」

「私はアルと合流してこいつを仕留める。心配しないで。いざとなったら逃げるわよ」


 心配しないでと言ったのに随分心配そうな顔だ。……無理もないか。だから笑って言う。


 ――私達の先生、賢者様のように。


「大丈夫よ。約束する」

「………分かりました。行きましょうルドワー」


そうして二人は近くの門へ、私はアルを探す為に動き出した。



 事態は非常にまずい。最速でアルを見つけて二人で叩くしかないが、それでも数十人の死者が出るだろう。

 周りを見てみると、歴戦の冒険者だろうか、既に動き始めている者たちもいる。ある者は魔人から距離を取り、ある者はむしろ距離を詰める。


「勇敢だけど、あいつらじゃ無理ね。私が戻ってくるまでせめて生き残ってて欲しいけど……」


 そこで魔人が軽く指を振る。途端に四本の火柱が立ち昇った。凄まじい上昇気流と熱で数人が宙に巻き上げられながら炭化する。煙の臭いが鼻につく。

 その一瞬で全員が事の深刻さを理解し、そしてほとんど全員が理性を失う。賑わっていた商店街は一転、悲鳴と爆炎に包まれる。


「っ!」


 想定よりも遥かに強い。周囲の冒険者じゃ時間稼ぎにすらならないだろう。

 パニックに飲み込まれ、思うように動けなくなる。このままでは数十人の死者どころか街が壊滅してしまう。と、そこで魔人が何か掴んでいるのに気付く。


「おいガキ。竜殺しの武器は何処にある?」


 魔人が持っていたのは泣き喚く子供だった。子供の首を掴んで悠然と浮かんでいるのだ。雑然とした視界の中、そこにだけピントが合っている。そしてさっきから呼吸の音がうるさい。


「聞こえないのか?それとも知らないのか?……まあ良い」


 …………見捨てるべきだ。私一人が飛び出した所で勝てる保証はない。アルと合流し、不意打ちで仕留める。それが最も確実で、最も被害が減る選択だ。


 けれど――脳裏にまだ幼かった日の光景がちらつく。


「だめね。どうしてもムカつく」


 気付けば両手には捕まっていた子供がおり、魔人は苦痛に呻いている。


「ほら、行きなさい」


 泣きすぎてうまく言葉が出ないのか、その子は何も言わない。しかし離れようともしない。


「大丈夫。きっと何とかなる。だからグッと前向いて、大きく腕振って歩きなさい。私、ちょっと強いんだから」


 そう言って魔人の方へ向き直る。既に最善は無くなった。もうやるしかない。最高の気分だ。


「早いわね、もう治したの。それに、本命は腕じゃなくて心臓だったんだけど」

「躊躇なく人を殺そうとするとは、頭は大丈夫か?」

「人の姿をしてるだけでしょ?それに……どの口が言ってんのよ」


 火蓋は切って落とされた。



 魔人が懐から杖を取り出し、指揮でもするかのように振り上げる。直後に先程よりも大きな火柱が噴き上がる。それを横っ跳びに回避しながらこちらも杖を取り出し、光の矢を放つ。


「矮小な魔法だ」


 つまらなそうに魔人が杖を振ると黒い盾が現れて矢を受け止める。構わず二本目、三本目の矢を放って建物の影に隠れる。


「くだらない」


 次の瞬間、壁を突き抜けて炎の渦が迫ってくる。


「っ!どんな威力してんのよ!」


 ギリギリで回避しながら矢を飛ばしていく。


「どうした?反撃が止まっているぞ?」


 挑発するように言いながら魔人が近づいてくる。向こうも射線を切るために地上に降りたようだ。

 すでに周囲に人の気配はなく、北東と南東の門に向かう喧騒が聞こえるのみだ。

 身を隠しながら屋根の上に登り攻撃のチャンスを伺う。


「そこか」

「っ!」


 頭上から無数の黒剣が降ってくる。屋根の上を走り、それが着弾する寸前に隣家の窓に飛び込む。

 何本かは屋根を貫通してくるので階段を駆け下りるも、一階もすぐに炎の渦で埋め尽くされる。


「はぁ……はぁ………なんて……馬鹿げた魔法」


 移動し続けなければすぐに逃げられなくなる。息吐く暇もない。

 しかしそろそろ限界だ。このままでは隠れる所がなくなり、火力の押し合いになる。そうなれば……陽光に星は掻き消される。


「そろそろ……仕掛けなきゃね」


 準備は整った。後はタイミングと……運だ。

 乱れる息を必死に押し殺して物陰に隠れる。


「かくれんぼも飽きたな。よし、さっきのガキを殺しに行こう」


 今だ。


 腰の剣を抜き放ち、背後から飛びかかる。


「隙を見せたとでも思ったか?ずいぶん経験が浅いんだな」


 右手に持った剣は盾で受け止められ、がら空きの胴体に黒剣が突き刺さる。……想定通りだ()


「思ってないわよ」


 何とかそれだけ絞り出し、左手に持った杖を振る。


「諸共か!」


 魔人は初めて驚いたような声を上げる。


 ざまあないわね


 その声は言葉にならなかった。



 瓦礫の隙間、建物の中、露店の布といった、物陰という物陰から光の矢が殺到する。


「くっ!」


 魔人が気付いた頃には既に矢は至近まで迫っており、戦闘が始まってから少しずつ仕込まれた矢は優に百を超える。

 全方位から迫り来る矢は魔人に集束し、僅か数秒の弾幕は両者の身体をボロボロにする。

 そして勝負は相討ちとなった…………かに見えた。


「くくっ……ははは、は、はは!」


 掠れ、酷く弱々しい笑い声が響いた。当然ネフィではない。地に伏せる魔人のものだ。


「ギリギリで、間に合った!急所だけは守り切った!馬鹿め、何か…小細工を弄しているのは、分かっていた!だから……言ったのだ、『隙を見せたとでも思ったか?』と。俺の、勝」


 次の瞬間、魔神の首が転がる。


「だから言ったじゃない」


 そこには煤や埃にまみれ小さな傷はあれど、ほぼ無傷のネフィがいた。


「思ってないわよ」



 尻尾による横薙ぎを跳んで躱し、着地した瞬間横に跳んで迫りくる顎門をこれまた躱す。

 態勢を立て直して踏み込もうとするも距離を取られる。


「警戒されちゃったな」


 攻撃の隙間を縫って反撃できたのが三度。一度目と二度目は鱗の上から斬りつけたが傷一つ付かず、最後の一撃は紙一重で懐に潜り込み、鱗の少ない腹部を斬りつけたが……斬ったそばから傷が塞がり、数滴血が滴った程度だ。

 しかもそれ以来、確実に距離を取りながら攻撃してくるようになって反撃のチャンスが掴めないでいた。


「何だ?」


 竜が大きく仰け反る。踏み込んで良いのか逡巡するも、その一瞬が命取りだった。


「っ!」


 眼前に炎の壁が迫る。

 咄嗟に後ろに下がるも避け切れない。

 瞬間的に炎が全身を包み、激痛が纏わりつく。


「っがぁ」


 のたうち回る。それが消火のためか痛みのためか、自分でも分からなかった。

 そして、そんな隙を見逃してもらえるわけも無く。


「がっ……ぅ」


 尻尾による薙ぎ払い。

 地面ごと抉り取るような攻撃だったため直撃は避けたが、吹き飛ばされた衝撃で意識が朦朧とする。


「どう……なっ……」


 霞む視界に竜の背中が映る。どうやら追撃が飛んでくるわけではないらしい。……こっちには。

 徐々にはっきりしてきた視界が竜の向かう先を捉える。


「ま……さか…ま…ちを」


 既に張り裂けんばかりだった心臓が一際大きく暴れた。



「この調子だと、ドラゴンがいるってのも本当みたいね」


 北東の門に魔人から逃げた人々が集まっている。しかし、戻ろうとする人と進もうとする人で押し合いになっている。


「魔力もほとんど残って無いし、アルと合流したらいよいよ逃げるしかないわね」


 先程刺されたのは分身である。魔力の消費が大きく一日一体出すのが限界の上、複雑な操作もできない。しかもよく見れば見破れる程度のものだが、トカゲの尻尾切りや不意打ちには便利な魔法だ。


「この人混みの中に居たら良いんだけど……」

「そこの嬢ちゃん」


 振り返るとヒゲが鬱陶しいおっさんがいた。何か長いものを背負っている。


「何?今知り合い探してて忙しいんだけど」

「あ、ああ……いや、その探してる知り合いって、竜と戦ってる兄ちゃんの事じゃないか?」

「……まさかね。一応特徴を聞いてもいいかしら?」


 アルだった。あの馬鹿、竜種と戦っているらしい。


「実は、一つ頼みがあるんだ。コイツを届けてくれないか?」


 そう言って背負っていた物を袋から取り出す。――それは刃渡りだけで150センチはあろうかという刀だった。



「に……げ…………」

「こっちだ!トカゲ野郎!」


 突然左から叫び声が聞こえてきた。何処かで聞いた声だ。そちらを見ると、大きな盾を構えた男が居た。


 ガアァァァア


 大地を震わす咆哮が轟く。竜は男に狙いを定め突進する。


「ルド……逃げ……!」


 当然、吹き飛ばされる。しかし、その男は地面に叩きつけられてもすぐに立ち上がり、今度は一目散に逃げて行った。


「何を……」

「アルさん、滲みますよ」


 その時全身に何かを掛けられる。


「〜〜っ!」


 思わず言葉にならない悲鳴が漏れ出す。


「ポーションです。すぐ動けるようになりますから、そしたら一緒に逃げましょう」

「アスタ?どうしてここに……いや、助かりました」


 立ち上がり、落としていた刀を拾う。


「まさかまだ戦う気ですか!?ポーションの効果は知ってるでしょう!?全快するわけじゃ無いんですよ!?」

「ここで逃げたら他の人が襲われます。それに、今なら何か掴める気がするんです」

「何言ってるんですか。駄目です、置いていけません!引き摺ってでも」


 その言葉を遮って、笑いながら言う。僕らの師匠、勇者様のように。


「大丈夫、約束します」



 さて、どうやって斬るか。まあ精々、張り付いて斬り刻み続けるしかないだろう。そう思って刀を構える。

 竜は逃げ去ったルドワーへの興味を無くしたのか、再び街に向かって歩き出している。

 今なら行けると踏み出すその瞬間、何かが隼のような速さで飛んできて、すぐ真横に突き刺さった。


「これは……まさか」


 それは身の丈よりも大きな抜き身の刀だった。何より、秀色神采とでも言うべきその()が目を惹く。

 飛んできた方向を見ると、ネフィと例の店主が手を振っている。


 今しか無い。ここしか無い。


 そんな想いが胸を焼き尽くす。柄を握って覚悟を決める。


 ――勝負は一瞬。一撃で決める。



 倒れ込むように走りだす。どういうわけか竜は立ち止まって振り返る。

 対して此方は立ち止まらず、全速力で距離を詰める。

 ……幽かに、竜の眼が揺れた気がした。


 ゥガアァァァァァァアア!!


 今までで一番の咆哮が暴風のように叩き付けられる。傷が開く。一層力が湧いてくる。さらに速度を上げたその時、神速の尻尾が振るわれる。問題無い。既に避けている()

 一撃で命を奪うはずの脅威は上昇した速度に対応出来ず頭上を通り抜ける。

 僅かに左に逸れる。体の右側を爪が通り抜ける。竜は一度羽ばたき後ろに下がる。

 今度は速度を緩める。眼前で竜の牙が空気を裂く。竜は慌てて首を引っ込め再び距離を取る。

 その後も予備動作の時点で回避し、竜はその度に距離を取る。


「空に逃げられる前に決着をつけたいな」


 攻撃が当たらず焦れたのか、竜は再び仰け反るような体勢を取る。口から業火が漏れ出す。

 刹那。その炎を叩き付けるようにブレスを放つ。


 ここだ。


 おそらく最初で最後のチャンス。

 迫る爆炎を跳び上がって避けると、舞い上がる火花が体を染める。

 ありえないほど高く、遠く浮き上がった体は吸い込まれるように竜の首めがけて落下する。

 深緋こきあけの竜はそれを予期していたのか、静かな眼でそれを見守る。


 一刀両断。


 竜の首を断ち、そのまま背中に着地する。

 竜は、いや、その亡骸はゆっくりと体勢を崩し、地響きを轟かせた。


「おっと」


 バランスを取るために一歩踏み出す。



 これが後に四人目の英雄となる男の、その英雄譚の一歩目であった。

最後まで読んでくださり、感謝で前が見えません

なんてことするんだ!

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