第4話 事件の始まり
私とお嬢さまは屋敷を出ると馬車でサンフラワー広間まで行き、そこで今日は南区画を巡回している第三小隊の隊長アーサー・ラサールと合流し巡回を始めました。
既に二人一班として各地を見回っております。
お嬢さまは南のちょうど港の積み荷の上げ下ろしをしている区画を見回りながら
「密輸とかあるから、その内、親父に言って積み荷の検査もしたいな」
とぼやかれました。
アーサー・ラサールさまは立ち止まり
「ラピスさま、積み荷の検査は船舶の持ち主となる他の伯爵等の軋轢になるかと思われます」
と小声で告げられました。
確かにこの港を利用しているのは商人だけでありません。様々な伯爵なども利用しておられます。
荷物検査を行えば軋轢が生まれ争いの火種となります。
お嬢さまはアーサー・ラサールの言葉にフッと不敵に笑みを浮かべられました。
「だったら、先ずは商人からすればいい。それだけで無言の圧力になるだろ? 疚しいことをしていれば次は自分たちだと考えて動きがある」
その意味。
最初はやりやすいところから手を付けて圧力をかけ、何れは全ての船舶の積み荷を調べるという事でございますね。
アーサー・ラサールさまも目を見開き息を飲まれています。お嬢さまの言葉の意味を正確に理解しておられるようでございます。
しかし、本当に領地を預かる領主の考え方をされて……いえ、確かに領主のお嬢さまでございますが、本当に別人となってしまわれたことが分かります。
私はお嬢さまの半歩後ろに立ち
「あの頃のお嬢さまとは思えない成長」
と再び涙が……乳母心が湧いてしまいました。
その瞬間、港の一つの船から声が耳を打ちました。
「え!?」
目を向けた先にボロい服を着た両手と両足に鎖をつけた少年が船から飛び出し、船員が怒鳴っているではありませんか!
「逃げたぞ!!」
「くそっ! 待て!!」
異常事態発生に私が「お嬢さま、あぶ」ない、と言いかけて顔を向けたそこにもうお嬢さまの姿はございませんでした。
「は!? お嬢さまぁ!?」
叫んだ私に気付かない状態でお嬢さまは少年の方に走っておられます。
「どうした!!」
素早い!
アーサー・ラサールも走り少年を素早く捕まえると
「この少年は?」
と駆け寄ってきた船員に目を向けられました。
船員は目を細めると
「俺たちはベイリー伯爵の荷を運んでいる船員だ。返してもらおう」
と手を伸ばしました。
態度のデカい輩です。いえ、態度の悪いお方たちでございます。
そう思っているとお嬢さまが船員たちの前に立ち
「おいおい、ここはロドリゲス公爵領だ。ベイリー伯爵の荷物が勝手に領内に飛び出たとなれば調べさせてもらわないといけないな。もしこいつが兵士だったら内地戦になるだろうが」
と吐き捨てました。
お嬢さま! 過激でございます!! 私はチラリとアーサー・ラサールさまを見ましたが、案外落ち着いておられます。
驚きに顎の外れたアーサー・ラサールさまを見れると思っておりました。しかし、予想に反して表情は至って冷静でございます。
「確かにベイリー伯爵がロドリゲス公爵に胸に一物何か持たれていると考えることが出来ます。積み荷の確認させていただけますでしょうか?」
アーサー・ラサールさまも好戦的でございました。船員は顔を顰めると後退り踵を返すと走り出しました。
「覚えてやがれ!」
それは負け犬の遠吠えでございます。
お嬢さまは負け犬の遠吠えを耳にアーサー・ラサールさまに笑みを向けられました。
「貴族の積み荷を点検するのは反対だったんじゃないのか?」
「反対でございますが、ベイリー伯爵には黒い噂があります。その一端をロドリゲス公爵が担ってしまうと困りますので……いい機会だと考えました」
「だったら最初から船舶を止めさせなきゃいいんじゃないのか?」
「フェッツランド王国の港は多くはありません。我がロドリゲス公爵領の港が一番大きいので貴族が利用するのは致し方ありません。特にベイリー伯爵家の後ろには正教会のキャンベル家が付いていますので理由なくは出来ません」
「政治的配慮か」
お嬢さまはそうぼやき屈むと未だに暴れている少年に目を向けられました。
何を話されようというのでしょうか。
「悪いようにはしないから、どうしてあの船から逃げ出すことになったのか教えてくれ。このまま君を放すと君はまた奴らに捕まるかもしれない。下手すれば口封じに殺される可能性もある」
少年は目を見開くと顔を顰めて俯きました。恐らく奴隷としてか何かでベイリー伯爵領地へ運ばれる途中だったのかもしれません。
少なくともそう言うことはあるのでございます。
お嬢さまは沈黙を守る少年に更に
「それに君一人じゃないかも知れない。だから、どうして船に乗せられたのか。何処へ向かっていたのかを教えてもらいたい。他にも同じような目に合う子がいるかもしれない」
と仰いました。
少年はお嬢さまを真っ直ぐ見つめ、お嬢さまも少年を真っ直ぐ見つめられました。
私は祈るしかできません。出来れば何も問題なく過ぎ去れば良いと思うのでございますが、少年にもお嬢さまにも良い結果になるようにと祈りました。
少年は震えています。余程のことがあったのだと思われます。
「あいつらが村にやってきて……魔力のある人間は王都の魔法学校へ入れてくれるって、それで父さんや母さんにお金を送ることができるって言って村の子供たちを集めて魔力テストをしたんだ。それで俺とトムとボブが合格したんだ。それで港へ向かったんだけどボブが港町で抜け出して噂を聞いて帰ってきたんだ。『魔法学校へ入れてやるって連れていかれた子は行方不明になってお金の仕送りも一度もない』って連れていかれた子の母親が王都の魔法学校を訪ねたらいなかったってそんな話もなかったって……そういう話があるって」
それはつまり村の魔力の子供たちを騙して連れて行き何かしているという事なのでしょうか?
私はあまりの話に驚きました。
お嬢さまも険しい表情になっておられます。
「それで君の同じ村のトムやボブって子はまだ船にいるのか?」
少年は首を振り
「ボブは怖いから村へ帰るって……トムも一緒に逃げ出したんだ。俺は……村には家族がいなくてずっと肩身の狭い思いをしてたから……でも」
と泣きながら
「あいつらがボブとトムを追いかけて戻ってきたら俺に鎖をつけて『始末してきた』って」
そう言って蹲りました。
その意味は私にもわかります。
アーサー・ラサールさまも険しい表情で男たちが去った船の方を見ています。男たちは逃げるように船に飛び乗ると出発しました。
間違いなく疚しいことがあるのでしょう。
お嬢さまは少年を見つめ
「俺の名前はと……ラピス・ローズ・ロドリゲスという。この領主のロドリゲス公爵の娘だ。君の名前は?」
と聞かれました。
考えれば確かに少年の名前を知りませんでしたね。
私も胸を張りました。
「私はナナリ・ブラウンでございます」
アーサー・ラサールさまは私を見ると「いや、それ今じゃない」感を帯びた瞳を向けられています。
勢いです。はい、そう、勢いで言ってしまいました。申し訳ございません。
「俺の名前はシャール。シャール・スミス」
少年はそう名乗りました。
名乗り合い大事でございます。
お嬢さまはシャールに笑みを見せ
「村へ戻りたければ村まで送る。もし、戻る気が無ければ生活できるように考えるがどうする?」
とお聞きになりました。
シャールという少年を助けようという事ですね。お嬢さまは本当にすっかり変わられてしまった。私もそうであればご協力したいと思います。
「俺は、村へ帰ってもトムやボブを助けられなかったからきっと暮らせない。それよりトムやボブの仇を取りたい」
アーサー・ラサールさまの表情が変わりました。
「ラピスさま。シャール・スミスを俺に預けてもらえませんか? 警察隊の一員として育てようと思います。それと彼が攫われた件とそのボブと言う少年が聞いた噂の件を調べたいと思います」
魔力のある子供たちを『魔法学校にいれる』と噓をついて誘拐するという事件。
お嬢さまも警戒する必要があると考えられたのかもしれません。
「もちろんだ、それからベイリー伯爵の船の停泊拒否を親父に交渉する。シャールの件も話をする」
魔力のある子供たちを集めて何をしようとしているのか。
そして、集められた子供たちは今どこにいるのか。
いやな予感が沸き立ちます。
お嬢さまも同じ予感を過らせているようで表情が厳しくなっております。
予感は的中し、これが恐ろしい巨悪の始まりだったのございます。




