第3話 父と娘
「ラピスに……何が起きたのか理解できない」
ぁあぁあ、とロドリゲス公爵邸の執務室で頭を抱えるロドリゲス公爵を前に私は声を出すことすらできません。
お気持ちお察しいたします。
正直、例え侍女2年目の新米とはいえ、私もラピスお嬢さまに何が起きたのか全く理解できておりません。
いま、お嬢さまは私の前に立ち凛としております。あの死ぬ前のお嬢さまとは正に別人でございます。
「あー、ロドリゲス公爵さん。俺にも何が起きたのか理解できていない。何故、俺がこのお嬢さんの身体で目覚めたのかもな。だが俺は俺のやれることをしようと決めた」
素晴らしい潔さでございます。さっぱり感が溢れております。
「その一つとして警察機構を立ち上げた。警察は領地領民を守るうえで大切なことだと思っている。何時、俺が元のラピスお嬢さまに戻るか分からないが出来る限り領地領民の安寧の為に働こうと思っている」
領地領民の安寧。
私は思わずクッと涙が溢れそうになりました。かつてのお嬢さまから聞ける言葉ではなかったからでございます。
なんと急速にご成長なされたことか。感慨深うございます。
ロドリゲス公爵は顔を上げてラピスお嬢さまを見つめ複雑な表情を浮かべられました。
「いや、正直に言うと今のお前の方が私としては安心して領地を任せることができると思っている。妹のフローラとも最近は仲良くしていると聞いているし」
私はその言葉にラピスさまが死に戻りをしてから妹のフローラさまがまるで殿方に恋をするようにラピスさまを見ておられることを思い出し
「仲良く……でございますか」
と心で呟きました。
いえいえ、確かに以前の恐怖に逃げ出すフローラさまと『私の地位を取ろうとしているんでしょ!』と嫌がらせをしまくるラピスさまからすれば雲泥の差でございますが、ロドリゲス公爵さまの言う『仲の良さ』とは少し違うように感じられます。
もちろん、私は口にすることはございません。
私はチラリとラピスお嬢さまを見ました。
ラピスお嬢さまは
「俺は妹を持ったことがないから、あんな綺麗で可愛い妹を持つとやっぱり可愛がってしまうだろ。フローラは本当に素直で可愛い」
と満足げに頷かれました。
そして。
「では、ロドリゲス公爵。これから午後の見回りに行ってくる」
そう言って踵を返されました。
瞬間にロドリゲス公爵は息を吐き出され
「ラピス、お前を疎んでいた私を恨んでいるのは分るが……前のように父とは呼んでくれないのだろうか?」
と告げられました。
且つての傍若無人な頃にロドリゲス公爵はラピスお嬢さまを自身に近付けようとはなさいませんでした。その上、素行に問題ありと社交界には次女のフローラさまのみデビューをさせていたことを思い出しました。
それが余計にラピスさまの行動を過激なものにしておりましたが、反省されておられたようです。側付きの侍女となった私もデビューさせないとか、公爵がお嬢さまを避けられていたのは流石にお嬢さまがお可哀想だとは思っておりました。
もちろん、口に出したことはございません。
私は立ち止まったラピスお嬢さまを見ました。
お嬢さまはう~んと考えたものの
「確かにこの身体はアンタの娘のものだからなぁ」
と何時もの理解不能なお言葉を発し、肩越しにロドリゲス公爵を見られました。
公爵で通すのか。お父さまと呼ばれるのか。
何故か私がドキドキしております。
「じゃ、これから親父と呼ぶことにする。行ってくる、親父」
お嬢さま!! それじゃない感が漂いまくりでございます!
私はチラリとロドリゲス公爵を見ました。
非常に複雑な表情を浮かべられておりましたが反論することはないようでございます。
「ラピス、くれぐれも無理はせぬように」
「わかった」
こうなったのはラピスお嬢さまの性格だけではなくロドリゲス公爵のラピスお嬢さまへの在り方にもあったと思っておられるのでしょう。
受け入れなければならないと考えているのかもしれません。
お嬢さまは執務室を出てその足で城下町へと出られました。
ロドリゲス公爵領地は南の地域に良くある温暖な気候で太陽は丁度南天を越えたばかりで明るい日差しが降り注いでおります。




