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第9話 勇者、リアルすぎて引く伝説(※本物)


初接客の日。


レオナスは異世界カフェの制服に身を包み、鏡で最終確認をしていた。エプロンが少し曲がっている。直そうとしてまた曲がる。深呼吸を三回。


そして、ぎこちなくテーブルへと向かった。


「……いらっしゃいませ」


一拍の沈黙。


「異世界カフェへようこそ」


その声は戦場の号令のように硬く、背筋は直立不動。まるで魔王軍との決戦を前にした"完全戦闘モード"だった。


「わっ! 金髪イケメン!」

「え、やば! 顔面偏差値やば!」


しかしレオナスは微動だにせず、まっすぐ問いかける。


「……要件を伺おう」

「あっ、えっと、『魔竜討伐セット』をお願いします!」


短くうなずいたレオナスは、無言のまま厨房へと下がった。


「……固すぎるよ、勇者っち~」


待ち構えていためぐが、苦笑いを浮かべて声をあげた。


「勇者っち、何もかもガッチガチすぎ~。もっとリラックスしなきゃ!」

「リラックス……?」

「そそ! 結局は、“お客様と楽しくお話したら勝ち”だから!」


(楽しく……話す……)


レオナスは振り返り、注文を待つ女子高生たちを見つめた。

女子高生たちは目を輝かせてメニューや店内の装飾を眺めている。


「そうか……」


レオナスは自らに言い聞かせるように静かに頷き、店長が作った『魔竜討伐セット』を盆にのせて客席へと向かった。


「お待たせしました。『魔竜討伐セット』でございます」


「わー、すごい! めっちゃ映えそう!」

「えー、その剣のクッキー、かわいー!」


少女たちの目が、レオナスの運ぶカラフルなパフェを見て、より一層キラキラと輝いた。

その反応を見た瞬間、レオナスの胸に既視感が走る。


(この目……知っている)


脳裏で記憶が遡る。

魔竜を討ち果たしたあの日。レオナスの周りに集まり、武勇伝をせがんでくる民の目の輝き。その輝きと、目の前の女子高生たちの瞳の輝きが重なった。


レオナスはその時、めぐの「楽しく話したら勝ち」の言葉を理解した。


(そうか……彼女たちは物語を求めているのか)


レオナスの心に、想いが宿る。


「魔竜討伐か……」


静かに語り始める。まるで古い記憶の扉を開くように。


「かつて私は北方の混沌竜と対峙した」


女子高生たちの目が大きく見開かれる。


「私たちは三十人の隊を率いて氷雪の谷を越え混沌竜と向き合った。――そのうち帰還できたのは七人だった」


固まるような表情でレオナスを見てくる女子高生たちを見ながら、パフェを机に置き、剣型のクッキーをトングでパフェに刺す。


「その戦いでは、この剣の角度で夕暮れの太陽光を反射させる必要があった。さもなくば竜の呪いに飲まれてしまう」

「……え、これストーリー付きパフェ?」

「ていうかそのクッキー、店員さんが刺すんだっけ……」


レオナスは止まらない。机を拳で軽く叩くと、頂点に飾られている木苺が震えた。


「この木苺の鮮血色は――」


声のトーンが落ちる。


「あの時、竜の爪に引き裂かれた戦友の最後の姿を思い起こさせる」

「ちょっと待って」女子高生が手を上げた。「エモい通り越してグロい」


レオナスは続ける。その視線は、もはやこのカフェにはない。あの時の遠い戦場を見据えている。


「彼らの最後の言葉は、『妻子に、これを』だった。それを胸に私は……」

「あたしちょっと、お手洗いに……」

「あうん私も……」


女子高生たちが半分立ち上がったのが視界に入った。

どことなく違和感を感じて、ふと視線を見まわしてみると、店長とめぐが口を半開きにしたまま、呆然と何かをつぶやいていた。


「これは……接客では……ない」

「…………戦争体験の語り部……」


二人は顔を見合わせた。


「どうすればいいの、これ……」


そんな言葉が少しだけ耳に入る。

その横ではあの魔王が腹を抱えて笑い転げているのが見て取れた。




そんな日々が数日続く中。

レオナスも少しずつ「異世界カフェ」に慣れはじめ、少しずつ客からも受け入れられるようになってきていた。


正確に言えば、魔王アビスが「リアルすぎて引く勇者(※本物)」とネームプレートに書いたあたりから、コンセプトが伝わりやすくなり、客の反応が良くなってきていた。


「……本日のおすすめは、新作パフェ『聖域円環サンクチュアリ・サークル・抹茶』でございます」


レオナスは真剣なまなざしでパフェを運び、テーブルに配った。

そして一拍後。


「……この技は、攻撃のためのものではない」


客たちは少しだけぽかんとした顔でレオナスを見上げる。


「仲間が倒れ、四方を敵に囲まれ退路を失った……そんな絶望的な状況で、仲間を守り抜くために放つ究極の防御呪文だ。この抹茶の緑は、その結界の光の色に似ている……」


そこまで一気に語ったレオナスは、一度言葉を切った。そして、目の前の客たちをまっすぐに見つめ、声のトーンを少しだけ落とす。


「……ただ」


小さな、しかし店内の誰もが聞き逃さない一言。


「俺がいる限り、この店の安全は保証されている。……ご安心を」


その瞬間、客たちから小さな歓声が上がった。


「え、ヤバ、なんかカッコいいこと言った?」

「え、何? もう一回聞きたい」


ただその瞬間、腕を組んだ店長(魔王コス)が、わざとらしく割って入ってくる。


「フハハハ! 勇者よ、その意気やよし!」


レオナスが訝しげに眉をひそめるのを気にも留めず、店長は大声で宣言を続ける。


「だが、肝心の『呪文』を忘れているではないか! 彼ら信徒の笑顔こそが、我らが求めるすべて。貴様の武勇伝だけでは、そのパフェは完成せん!」


高らかに宣言すると、店長は目の前のパフェにすっと指をかざした。そして、先程までの魔王然とした威厳を全て捨て去り、満面の笑顔でこう叫ぶ。


「魔王の闇パワー注入! 美味しくなーれ、きゅるるん☆」


語尾に星印が見えそうなほどの完璧なアイドルスマイル。そのあまりのギャップに、一瞬の静寂の後、店内は笑いと拍手に包まれた。


奥のテーブルでその様子を見ていた魔王が、面白そうに声を上げる。


「勇者っち、魔王(店長)にフォローされてるようじゃ、いつまでたっても魔王は倒せないよー☆」

「くっ……」


客たちから笑い声が起こる。


「勇者さんは、今日も頑張ってるって思います!」

「魔王(店長)は手ごわいですよ!」

「いつか魔王(店長)を倒せるようになるといいですね!」


レオナスは次第に思うようになる。


(……なぜ俺はかつての宿敵に『そんなんじゃ魔王は倒せないよ☆』などと煽られ面白がられている?)





金曜の夕方、異世界カフェは週末を前に混み合っていた。


そんな中。

店内の一角で、魔女っコスプレの先輩が困った表情を浮かべていた。

三人の男性客が彼女の腕をつかみ、しつこく声をかけている。


「ねぇ、この後空いてない? ちょっとだけお茶しない?」

「てか、その服、下はどうなってんの?」


響いてきた下卑た声に、レオナスの眉がピクリと動く。

見れば、魔女っコスプレの先輩は、声を出すこともできていない。


「魔女っ娘なんだろ? どんな魔法使えんの? 俺の魔法の杖にも魔法かけてくんね?」

「ギャハハハ!」


レオナスは、静かに息をつく。

そして、手元のハート型のスタンプを持ち、彼らのもとに向かった。


「……失礼します。ラブリー・ハートトッピングのお時間です」


男たちは一瞬レオナスを見上げるも、すぐに興味を失ったように再び魔女っ娘に視線を戻した。


「あとにしろよ」


その言葉が響いた次の瞬間。


レオナスはただ静かに息を吐いた。


それだけで――空気が変わった。


カフェの陽気なBGMが嘘のように遠のき空間そのものがレオナスの存在感で満たされていく。それは殺意ではない。幾多の死線を越えた者だけが放つ絶対的な『圧』。まるで深海の水圧に押し潰されるような感覚に男たちの喉がヒュッと引きつった。


男たちの下卑た笑みが凍りつく。


「な、なんだよ? なんか用か……?」


レオナスは、氷のように冷たい声で言葉を発した。


「お時間です」


レオナスは、ただ無言でハート型スタンプを、ゆっくりと掲げた。

店内の灯りがそのスタンプを神聖な神器のように照らす。


「ラブリー・ハートトッピング――執行」


それだけで、男たちは飛び上がるように席を立った。


「も、もういい!」


男たちは顔を青くしながら震える手でお金を投げ出し、慌てて店を出ていった。


沈黙が続く。

直後。


「勇者さん、カッコいい!」

「マジで本物の勇者みたい!」


そんな声が周囲のテーブルから上がる。

次の瞬間、背後から、よく知った声が響いた。


「勇者っち! 今の最高!ほんとに勇者みたいだった!」


振り向けば、スマホを両手に構えためぐが、目を輝かせていた。

そのまま笑顔でレオナスに近づくと、すっと手を伸ばす。


「ラブリー・ハートトッピング、免許皆伝ってことで!」


めぐはそう言って、レオナスの頬にハートスタンプをぽんと押し付けた。


店内から再び、客たちの明るい笑い声と賞賛の声が上がる。

喧騒の中、レオナスはただ静かに立ち尽くしていた。


無意識に、スタンプが押された自らの頬に触れる。指先にインクの感触はない。だが、そこには確かに見えない何かが刻まれているような気がした。

この世界で初めて得た、小さな『勲章』。


(本物の勇者みたい、か……)


レオナスは、腰に下げたレプリカの剣に目を落とす。そして、心の中で静かに自問した。


(この世界では、正義を執行することと、ハートをトッピングすることは……共存するのかもしれないな)


レオナスは軽く頭を下げると、何事もなかったかのように次のテーブルへと向かう。

その頬に見えない祝福を刻んだまま。



頬に刻まれた見えない祝福。 腰の剣に頼らずとも道を切り開けるのだと示す、その最初の『勲章』が持つ意味に、レオナスはまだ気づいていない。

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