第8話 バイト研修勇者
『異世界系コンセプトカフェ』の看板が目の前に。
その店内で待ち構えていたのは「魔王風コスプレ」をした店長だった。
店長(魔王コス)はレオナスの姿を舐めるように見つめて言い放つ。
「……元勇者、と聞いてましたが……全然勇者っぽくないですね」
「元ではない!!」
その抗議をスルーして、店長は満面の笑みで続ける。
「はいはい、じゃあ『元じゃない』勇者様。勇者風の自己紹介、いってみましょうか!」
「……勇者風の、自己紹介?」
出会って五秒で始まった面接に、レオナスは眉をひそめる。
隣では魔王がニヤつき「ほらほら、いけいけ~☆」と肘で軽く小突いてくる。
レオナスは小さくため息をつき、姿勢を正す。
そして一呼吸置いて荘厳な口調で述べた。
「我が名はレオナス・シード。神より託されし聖剣の継承者にして、混沌を打ち払う光の導き手。いかなる絶望の淵にも屈せず――」
「ちょっとまって……一旦ストップ!」
店長(魔王コス)が止めてくる。
そしてはぁと息を吐き、胸元のポケットにペンをしまった。
「……あのですね。確かにうちのお客様は“異世界ファン”ですよ?」
顔をひきつらせたまま続ける。
「でも、あなたのは……なんかこう……違うんですよ」
「違う?」
「そう、本物感がありすぎて『重い』っていうか……なんか違うんです。みんなはもっとこう、アニメっぽい勇者を求めているんです」
「アニメ?」
「はい、試しに『この世界の果てに祝福を!』っぽく挨拶してみてください」
レオナスは困惑した。ただ、「がんばれ~☆」と煽ってくる魔王の前で負けるわけにはいかない。
「……この世界の果てに祝福だな。分かった……」
レオナスは一歩前に踏み出し、右手を天に掲げる。
「……聞け、全ての魂に告ぐ。我が祝福は、戦火に焼かれし大地に希望を灯し――」
「まってまって……もう一回ストップ!」
「なぜだ!」
「いや、だから、なんか、こう……固すぎないですか? もっと柔らかく!」
「柔らかく? 意味が分からん」
「そう! 例えば――『やぁ! 異世界カフェへようこそ♪ SSランク勇者レオなすが、あなたのハートにクリティカルヒット☆ 』みたいな!」
「SSランク? レオなす? ハートにクリティカル……?」
レオナスの頭に疑問符が浮かぶ。
背後では魔王がケラケラと笑っていた。
結局、「真面目すぎる」「固すぎる」の一点張りで、レオナスには三日間の研修が課された。
◇
翌日。
研修初日のレオナスは、店の裏のイベントスペースに呼び出された。
そこに現れたのは金髪の少女――魔王とよく一緒にいる伊藤めぐ。
「アビたんに頼まれちゃった♪ 勇者っち、めぐ先輩がバリバリ教えちゃうからね!」
「なんでお前が……」
「だって、アビたんも私が教えたんだもん!」
「お前が……魔王を」
レオナスは喉元で言葉を飲み込んだ。
(あんな……あんな奇怪な存在にしたのか?)
その言葉は言わずとも伝わったのか、めぐが続ける。
「そう! アビたんも最初ガッチガチでさー、『我は魔王だ』しか言わない機械みたいだったんだよねー」
「機械……」
「そう、だから勇者っちもすぐ慣れるよ! ほら、勇者っち、まずは笑顔!」
「笑顔?」
「うん、こんな風に」
そう言って、めぐは光があふれるような笑顔を見せた。
「ほら、勇者っちもやってみて」
「俺は……」
言いながらも、無理やりに口角を上げてみる。
「げっ」
めぐが思わず一歩後ずさった。
レオナスも即座に真顔に戻る。
「あー、えっと……まぁいいや、これから学ぶことは全部、お客様を笑顔にすることだから。それだけは覚えてね!」
めぐ自身が若干ひきつった笑顔になりながらも、研修が開始した。
◇
「まずは必殺技ね! 特定のメニューを注文されたら繰り出すんだけど、これもお客様を笑顔にするための技だからね!」
「……必殺技で、笑顔に?」
「うん、例えばこんな感じ!」
めぐがレプリカの剣を振り回しながら『天翔ける剣閃 エクスカリバーミルクティー!』と叫んだ。
「こんな風にカッコカワイイ技名で、お客様のハートをキャッチするの!」
「……」
レオナスはしばらく考えた末、レプリカの剣を受け取った。
「剣か……レプリカと言えど、剣を泣かせるわけにはいかぬな」
厳かに剣を構える。
「では、いくぞ――『天翔ける剣閃 エクスカリバーミルクティー!』」
次の瞬間、机と椅子が斜めに切り裂かれ――重力に従って静かに崩れ落ちた。
「ああああ!」
めぐは顔面蒼白で頭を抱えた。
「勇者っち、なにこれなにこれ! ダメだって!!」
「あ、いやその、ただ技を……」
レオナスが己の行いの意味を測りかねて立ち尽くす間、めぐが血相を変えて分断された家具を倉庫へと引きずっていく。
「はぁ……はぁ……これで証拠隠滅。アビたんから『本物』って聞いてたけど、マジなんだね。すごい。でもお客様の前では絶対使わないで! 笑顔どころか逃げられるから!」
レオナスは小さく頷くも、疑問に思わずにはいられない。
……技を繰り出さないとしたら、本物の勇者がコンセプトカフェにいる意味はなんなのだろう。
そう考えずにはいられなかった。
◇
「じゃあ次! 究極の“笑顔にする魔法”を教える!
「魔法?」
「そう! お客様と目が合ったら、最高のギャップ萌えで笑顔にする魔法……」
めぐは両手を頭の上でヒラヒラさせながら「にゃん♪」と声を上げた。
レオナスは、絶句した。
「……なぜ、勇者が、にゃん?」
「勇者がやるのがいいんだって! 表情が硬い勇者っちなら、余計にギャップで萌えるから。ほら、やってみて!」
不本意ながら、レオナスは言われた通り手を頭の上に持っていく。
その目はどこまでも真剣だった。
「――にゃん。……天翔ける、にゃん」
それは、魔王城の玉座を前に最終奥義を告げるかのように伝えた「にゃん」。
次の瞬間、「ぐふっ」とめぐが崩れ落ちる。
「壮大すぎる! でもまあ……ある意味、コアなお客様付きそうだから、これはギリOKかな……?」
次に、なぜか手を震わせながらめぐが、ハート形のスタンプを取り出す。
「じゃあ……これができたら卒業。お客様のほっぺに『必殺! ラブリー☆ハートトッピング』って言いながらこれ貼るの。これは『大好き』を伝えて最高の笑顔にする“祝福”ね」
レオナスは額に手を当てて天を仰いだ。
「神よ……もはや、罰なのか?」
「大丈夫、勇者っち! アビたんもはじめは同じ顔してたけど、今じゃ渋谷の女王でしょ? 勇者っちも変われるって!」
その言葉に、レオナスは戦慄した。
こうしてあの魔王アビス・ダークローズも、あのような存在へと改変されていったのだろう。
しかし今更逃れる術はない。この重い運命を受け入れるしかなかった。
レオナスはスタンプを受け取り、低く、重く、その呪文を唱える。
「……ラブリー・ハートトッピング」
その声には、客を笑顔にする力など、微塵も宿ってはいなかった。




