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第6話 ポリスメン殲滅禁止

少し長いですm(_ _)m


数駅、電車なるものに乗り、古い建物が並ぶ街並みへ。


「あ、めぐちゃん、おかえり……って、あ」


玄関の奥から現れたのは、黒髪の清楚な雰囲気の少女。彼女はアビスへと視線を向けてくると、ぱちくりと目を丸くした。


「あ、あなたが、あの……」

「あら、めぐちゃん。お友達?」


奥からゆっくりと現れた老婦人が、柔和な笑顔を浮かべる。

めぐが勢いよく答えた。


「あ、はい! この子、アビちゃんっていうんです! その……魔界から来た魔王ってことみたいで……」

「あらあら、魔王!」


老婦人は少し驚くも、むしろ楽しそうに微笑んだ。


「めぐちゃんも金髪で驚いたけど、今度のお友達はさらにお洒落さんねぇ。そのツノみたいな飾りも素敵ねぇ」


その言葉にアビスは瞳をスッと細める。


「飾り? 笑止。これは我が魔力が顕現せしもの。我が我たる所以」

「まぁ、魔力。すごいわねぇ、頑張ってるのね。えーっと、中二病? ってやつかしら?」

「おばーちゃんってば!」と黒髪の少女・千佳が慌てて制止する。


老婦人はにっこりと優しく笑った。


「魔王のお嬢さん、お上がりなさいな。お腹空いてない?」


めぐが引っ張り、アビスはそのまま中に案内された。



居間にあったのは、低い木の机と、その周りに並んだ薄っぺらいクッション。

めぐと千佳がそのクッションの上に膝を折り曲げて座る。

それを見て、アビスは見よう見まねで同じ姿勢をとった。


(……なんだこの姿勢。動き辛い、罠か? 良い、暫くこのままでいてやろう)


暫くすると、老婦人が盆を手に現れた。

机の上に、木椀が三つコトリと置かれる。未知の香りがふわりと鼻腔をくすぐった。


「なんだ、これは」

「お味噌汁よ。よろしければどうぞ」


アビスの脳内に電気が走る。


「今、なんと……?」

「え? お味噌汁、と」

「……御身ぞ、知る、と申したか?」


千佳が小さくむせた。


「お味噌汁で哲学する人、初めてみた……」


老婦人の目を見るも、老婦人は答えない。

御身ぞ知る――つまり、答えを知りたいのであれば、問うな。自ら知れということだ。


(……よい、その問いに、のってやろう)


アビスは御身ぞ知るを静かに手に取り、ゆっくりと口に運ぶ。


瞬間。

鼻孔をくすぐる香ばしい香り。続けて塩味のある温かい液体が、身体に染み渡っていく。


「……うまっ」


自然と漏れた言葉に、自分でもあれ? っと驚く。


「そう。お口にあったのなら、よかったわ」


老婦人が、我が事のように嬉しそうに目を細めた。


「ここにいたら、毎日食べられるわよ?」

「……どういう意味だ?」

「千佳も嬉しいでしょ? めぐちゃんみたいに、泊まりに来てくれるお友達が増えるの」

「え、おばあちゃん、いきなり!」


千佳は慌てているが、老婦人は優しく笑った。


「だってこの子、いい子みたいだから」


まただ、またこの認知のずれ。アビスの脳裏に痛みが走る。


「……貴様らは、正気か? 魔王が、いい存在、とでも?」


老婦人は少しだけ目を丸くした後、優しく笑みを浮かべた。


「あら、そう? でも、こんな老人の味噌汁を『うまっ』て飲んでくれる子に、悪い子なんているのかしらねぇ」


隣の千佳は「……もう、味噌汁ほめられたらすぐこうなんだから」と苦笑を浮かべている。老婦人が続けた。


「でも、それこそ『いい存在』かどうかは……御身ぞ知る、かしら? 魔王さん」


めぐと千佳が再びむせた。


「ちょ、おばあちゃんまで! 大丈夫?」

「ほら、年取ると……ダジャレが好きになるっていうから……」


二人の言葉を尻目に、老婦人は微笑んだ。

アビスは、老婦人の浮かべる笑顔をじっと見つめる。

その瞳には、媚びの色もなければ、無知ゆえの曇りもないように見える。


(自らが、知る、か)


アビスは、老婦人へと顔を向けた。


「……ふん、いいだろう。その問い、とくと味わってやる」


アビスは空になったお椀を差し出し、その日何度もお代わりした。




その夜。 小さな和室に案内されたアビスは、壁に背を預け、腕を組んで先ほどの夕食を反芻していた。


(……くそっ)


「御身ぞ知る」そんな老婦人の高尚な問いに、あえて付き合ってやったつもりだった。 だが、違う。


(「その問い、とくと味わってやる」……などと威厳たっぷりに宣言したが、結局うまかったから六杯もおかわりしただけではないのか、我は!)


アビスが魔王としての威厳を取り戻そうと、壁を睨みつけた、その時。


「はい、アビたんのお布団、完成!」


声に、ハッと我に返る。 見れば、めぐと千佳が、なにやら白い寝床らしきものをポンポン叩いていた。


「……なんだ、それは」

「布団だよ! アビたんの!」


アビスはその寝床らしきものを少しだけ触る。

適度な弾力と、ふわっとした柔らかい手触り。触っているうちにその寝床に吸い寄せられるようにして――ハッと我に返った。


(……まずい。これではまるで……)


アビスは、布団から飛びのくように立ち上がった。


(ただもてなされているだけではないか!!)


大げさに、首を振った。


「……駄目だ。これが策略か、単なる善意か。もはや詮索は無用。魔王たる我に食事を供し、寝床を用意したという事実――この借りは返さねばならん」

「うんうん、よくわかんないけど、おばあちゃん喜んでたから大丈夫だよ」


苦笑しながら相づちを打つ千佳に、アビスは向き直る。


「それでは我が誇りが……」


布団の上にごろんと寝転がっためぐが、のんきな声で言った。


「じゃあさー、おばあに何かプレゼントあげるとか!」

「プレゼント?」


めぐが自らの爪を見せてくる。


「そうそう……おばあにお返しするの。あたしもこないだおばあにキラキラネイル、してあげたんだけどー」

「あー、アレね。おばあちゃん、包丁持つとき困ってた」

「メッシュも入れたげたー」

「あれは笑ってた。けど、やっぱ困ってた感じだったよね」

「あ! じゃあカラコン!」

「めぐ……おばあちゃんは81歳だよ?」


アビスは二人の会話を真剣に聞き、口を開く。


「ふむ、であれば問おう」瞳に力を入れる。「この国では、何が最も喜ばれるのだ?」


めぐが天井を見上げて考える。


「うーん、やっぱり、お金っしょ!」

「お金……金貨のことか?」

「いやいや、これ!」


めぐが財布から取り出したのは「1000」と書かれた一枚の紙。


「ほう、これか?」


めぐから渡された紙を、じっと見つめる。

そして、紙に描かれている人物の肖像を指先でなぞった。


次の瞬間、インクが生きているかのように蠢き、闇色の粒子となって滲み出す。粒子は空中で集束し、元の紙と寸分違わぬもう一枚の紙へと“再構成”した。


「……」

「……」


めぐと千佳の動きが、完全に停止した。


「……ねえ、千佳」めぐが震える声で言う。「今、千円札、分身しなかった?」

「……した」千佳がこくこくと頷く。

「うそでしょっ!?」


めぐは二枚の札をひったくり見比べてから、アビスの肩を掴んでガクガクと揺さぶった。


「まって、ちょっとまって!? アビたんって……魔法使えるの!?」

「当然だ。我は魔界の支配者、アビス・ダークローズ。全ての闇を……」

「やばいやばいやばい!!!」


めぐは今度は千佳の肩を揺さぶる。


「千佳! ガチの魔王だよ!?」

「えっ、えっ、えっ!?」千佳も混乱している。「コスプレじゃなかったの!?」


めぐの瞳が輝いた。


「だったらアビたん……違う、アビたん様! これ……もっと作れる!?」

「当然だ」

「うひゃあ!」


めぐの目が輝き、千佳の目が困惑に揺れる。


「じゃあさ、これを100枚とか……」

「可能だ」

「うわぁああああ!!」


そしてめぐは、手に持つ千円札を見て、目をギラリと輝かせた。


「とりあえず貯金箱! 貯金箱!」

「……それはやめておいたほうがいい」

「なんで?」


アビスは小さく息を吐く。


「それがこの世界に“固定”されているのは、せいぜい数時間。我の魔力がなければすぐに霧散する」

「え、消えるの? じゃあ、ダメじゃん!」

「消える前に使えばよいだろう?」


その瞬間、千佳の表情から血の気が消えた。


「……ちょ、待って。それ……犯罪、じゃない?」

「犯罪、それがどうした?」

「だ、だめだってば! 警察に捕まっちゃう!」


めぐも青い顔をして付け加える。


「そ、そう! ポリスメーンに捕まる!」

「ポリスメーン? 何者かは知らぬが、殲滅すればよいだけだ」

「だ、ダメェッ!」


千佳が必死で説明する。この世界には警察という者たちがいて、捕まったらおばあちゃんが悲しむのだと。


アビスは腕を組み、少し考える。


「それは本末転倒だな……では、どうすれば……」


「うーん」めぐが首をかしげる。「じゃあ、普通にお金稼ぐとか?」

「稼ぐ?」

「そう! バイト!」


千佳も笑顔で頷く。


「そ、そそうだよね、それなら合法だし!」

「あー、でもその前に!」


めぐが目を輝かせる。


「この千円札、もうちょっと増やしとかな――」

「めぐ!」


その後、めぐは千佳にひたすら叱られていた。


その光景をぼんやりと眺めながら、アビスは思考を放棄する。


(……この布は危険だ……ふかふかすぎる……)


全てが心地よい混沌となって、思考が布団に溶けていく。


アビスは、かつて味わったことのないほど穏やかな眠りへと落ちていった。




アビスが静かな寝息を立て始めた頃、隣の布団にいた二人は、興奮さめやらぬまま顔を見合わせた。


「ねぇ、千佳。ちょっと、隣の布団でガチの魔王が寝てるってやばくない?」

「うん、やばい。まだちょっと信じらんないもん。魔界って本当にあるんだ……」

「でしょ? 正直に言うとさー、最初『この子といればバズる!』って下心だったけど……」

「うん」

「なんか、そんなレベル越えちゃったよね。ちょっと色々聞かないと!」

「ほんとだよね。色々聞きたいー。あ、でもアビちゃん、魔界から飛ばされたとか言ってたんじゃなかった?」

「うん、そう! 帰れないって言ってたから連れてきた」

「だったら、聞いていいのかな? 」

「ん?」

「色々事情とかあるんじゃない?」


めぐがぽんと手を叩く。


「確かにー。アビたんが言ってくるまで聞かないほうがいいのかな?」


二人はしばらく黙るが、再びめぐが声を上げた。


「だったらさー、あたしらがまずこの世界のこと教えてあげようよ!」

「それいいね! まずは『人前で魔法を使うと警察に捕まる』ってことから教えないと」

「それな!あと、ちゃんとしたバイトとか、盛れるメイクの仕方とかも!」

「確かにー。あの銀髪……目立つしなー」

「水色のメッシュ入れない?」

「……まあ、それはそれで可愛いかも」


めぐがまたポツリと呟く。


「いつかアビたんに魔界のこと教えてもらったら、私たち、魔界行けるかな?」

「え、魔界なんて怖くない?」

「でもアビたんと一緒なら行ってみたくない? 魔界ってなんか映えそうだし」

「……確かに。背景とか紫っぽいし、SNS映えしそう」

「でしょ!?」

「でもめぐ、たぶんWi-Fiないよ?」

「確かに!」


その時、隣の布団からアビスのくぐもった声が聞こえてきた。


「ぽ……ポリスメン……せんめつ、きんし……」


その瞬間、二人は顔を見合わせ、声を殺して笑った。


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