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第5話 最凶魔王、拾われる


――魔王アビスが、渋谷に飛ばされた日。


アビスはスクランブル交差点のビル群の中で、呆然と空を見上げていた。 そこへ金髪ツインテールの少女が現れた。


「え、ヤバ。そのコスプレ、マジ神ってる」

「は?」

「あたしめぐ! いこ、アビたん!」


有無を言わさず手を掴まれ、アビスは眉をひそめる。


「魔王たる我に無断で触れるとは……」

「んー? とりあえずアビたん、タピろ?」

「タピ……? それは魔獣の名か?」


会話が成立せぬまま、たどり着いたのはかの「魔宮」――SHIBUYA109。


(……結界がない。黒曜石の門もない。あるのは『Summer Sale!!』という未知の呪印だけだ)


アビスが魔力を探っていると、けたたましい音と共にガラスの扉が勝手に開いた。


「いらっしゃいませぇぇぇ!」


鼓膜を突き刺す甲高い合唱。魔獣の咆哮よりうるさい。


「……なんだこれは。迎撃システムか?」

「アビたん、こっち!」


気づけば手には、「タピオカ」なる魔獣の卵が入った液体を握らされていた。腹の中で孵化することを警戒して飲むのを躊躇していると、服屋に引きずり込まれる。


「アビたん、絶対これ似合う!」


めぐが突きつけてきたのは、衣服。いや、表面積が絶望的に足りていない「布」だった。


「……なぜ、腹を見せる?」

「えー? カワイイは正義っしょ!」

「カワイイも正義も、我は魔王だが?」


訳の分からない問答の末、無理やり試着させられ、次は「ネイルサロン」や「ヘアサロン」なる場所に。


そして鏡に映ったのは、見知らぬ存在。


長い銀髪の両側には、細い三つ編みが一本ずつ揺れている。目元にはきらめくラメ。膝上スカートにくるぶし丈の靴下。

かつて千の軍勢を震わせた魔王の威厳が消え――“別人”の顔になっている。


(……なんだこれは。魔界の臣下がこれを見たらショックで三日は寝込むぞ……)


しかし、外に出た途端、人間たちが寄ってくる。


「ちょーかわいー!」「ガチ天使じゃん!」


恐怖されるどころか、なぜか「天使」「推せる~」と拝まれている。


ここでもそうだ。

この国の人間たちは、身の危険など思いもせず、旧知の友のように接してくる。


この国は……ずいぶんと変わっていると感じた。


そしてこのことに、少しだけ、悪い気はしなかった。

アビスは鼻を、フン、とならした。



夜も近づき、辺りが暗くなってきた頃。ネオンを見上げながらめぐが聞いてきた。


「アビたんの住んでる魔界って、こっから遠いの?」


魔界。その言葉が引き金となって脳裏に浮かぶのは、魔王城の王座。


「そうだな。ここからは……近くて遠いように感じる」

「え、なにそれ。今日帰れるの?」

「それは分からない」


めぐの言葉が、一瞬詰まる。


「え、そんなの、親とかに怒られない?」

「親? 親などおらぬ」 


アビスがそう言うと、めぐは「へー」と短く応え、何かを考えるように黙り込んだ。

やがて、笑う。


「そっか。じゃ、なおさらほっとけないじゃん」

「?」


首を傾げるアビスに、めぐが何かを思いついたような笑顔を浮かべた。


「アビたん、うちの家きなよ! うちってか、友達の家なんだけど……」


めぐは笑顔を深めた。


「千佳って子のおばあちゃんの家なんだけど、めっちゃいい人だよ! あたしも昔、おばあちゃんに拾ってもらったクチなんだけど」


めぐがアビスの手を取った。


「そういうのって巡り合わせっていうんでしょ? ね、いこ、アビたん!」


アビスは、めぐが差し出す手を見た。

千年の生で、差し出される手は常に剣を握っていた。だが、この手は何も握っていない。


……本当に?


(……ままよ。こうなれば徹底的に観察してくれる)


アビスは、ひとまず「敵地視察」の名目で、その手を取ることにした。



だが、アビスは気づいていなかった。 敵地視察(という名の渋谷観光)にやや浮かれ、ラメをきらめかせ、細い三つ編みを揺らしながら歩く自分の姿が、どう見ても「敵陣に乗り込む魔王」ではなく、「新作フラペチーノに浮かれながら向かうギャル」であることに。


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