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第4話 魔王、世界征服記念ファンミーティング


次の日の朝。 レオナスは、「魔宮」――SHIBUYA109の前にいた。


身を包むのは、昨日と同じ白銀の鎧。ただ一つ違うのは、聖剣を鏡の魔法で周りから見えなくしたことだ。民に無用な混乱を招かぬための選択だった。

ただ、鏡の魔法越しにも、腰にある聖剣の感触だけは確かだった。


レオナスは、その感触を確かめるように、改めて目の前の巨大な塔を見上げた。


天を衝く銀色の円柱――まさに『魔宮』。 だがそこから漂うのは魔力ではなく、得体の知れない熱気だった。


「この禍々しい塔……ここが魔王城、決戦の地か」


決意を胸に、自動で開くガラスの扉をくぐった。

入り口に、巨大な光る板が掲げられている。


【本日5Fイベントスペースにて開催!】 『アビたんしか勝たん! 世界征服感謝☆ファンミ』


やはり間違いない。昨日魔王が突きつけてきたチラシと同じ文言が、これ見よがしに掲げられている。


――世界征服感謝。


キラキラと輝くその文字が、レオナスの胸に重く突き刺さる。


この言葉が事実なら猶予はない。魔王の支配を決定的なものにさせる前に、速やかに討伐を行わなければならない。


自動で動く階段に乗り、5階に到着した瞬間。


人の奔流に飲み込まれる。

少女たちの熱気と甘い香水が渦を巻き、魔王を守る結界のように道を塞いだ。


(くっ……! また人の壁か! もはや魔王を民たちから引き離さねば、戦いにすら持ち込めぬ……!)


人の流れを避け、側面から入り込もうと試みる。その時だった。


ドンッ、と鈍い音がして、小柄な少女の一人がレオナスの胸元にぶつかり、よろめいた。


「いった……! なにこれ、硬っ……!」


少女は顔をしかめ、レオナスの胸当てを睨みつけた。そして、鋭く舌打ちを一つ。


「なにその鎧みたいなの。マジ邪魔。普通に危ないんだけど」


吐き捨てられた言葉が、レオナスの思考を完全に止める。


(……危ない? ……この、鎧が?)


衝撃だった。昨日、衛兵に咎められたのはあくまで聖剣――武器だったからだ。

だがこの鎧は違う。勇者の「守る」使命を象徴するもののはずだ。


それが、守るべき民本人から「危ない」と断じられた。


呆然とするレオナスを、後続の人の波が無遠慮に押していく。


「ちょっと! 止まんないでください!」

「てか、ちゃんと並んで! はみ出さないで!」


少女たちの怒声に、これ以上混乱させられぬと悟った。

ならば一旦はこの流れに乗り、次に魔王を人目のない場所へ誘い出す――それしかない。

レオナスは気配を消し、列の最後尾についた。


人の流れに乗り、順番が来たその時。


「次の方どうぞー!」


明るい声が響くと同時に魔王の前へと踊り出す。


「魔王!」


続けるより早く、魔王が目を丸くして叫んだ。


「え、勇者っちじゃん!ウケる! 何してんの? マジ卍!」


レオナスは魔王を見据え、声を張り上げた。


「今すぐ、誰もいない場所へ来い! 貴様と二人きりでだ!」


一瞬、会場が静まり返った。


次の瞬間――。


「きゃああああああ!!」

「ぎゃああああああ!!」


黄色い歓声と悲鳴が入り混じった声が会場を揺らした。


「え!? 告白!?」

「鎧男がアビたんに! やば!」

「ちょ待って怖い!ストーカーじゃん!」

「いやでもロマンチック!」

「ロマンチックじゃねぇよ!」


周囲が大混乱に陥る中、魔王が目を丸くして叫んだ。


「はいはいー、勇者っち、いまイベント中だからあとでねー☆」


言いながら魔王が壇上から降り、レオナスの横でポーズをとる。

瞬間、周囲から眩しい光が焚かれた。


「はい、ツーショあざーす!」

「ま、待て、私は戦いに……!」

「はい握手ー!」


有無を言わさず手を握られ、ぶんぶんと振られる。そして手に、今撮られたばかりの小さな写真――チェキが押し付けられた。


呆然とするレオナスは、そのまま少女たちに手早く魔王から引きはがされた。


そして金髪のツインテールの少女が、明るい笑顔で告げてきた。


「はい、アビたんとのツーショットチェキ、1枚1500円になりまーす」

「せんごひゃく……えん? 決闘に金銭を要求するだと? この世界では、決戦に金がいるのか?」

「え? はい、入口に書いてあったはずですが……」


少女が怪訝な顔で料金表を指差す。


「分からぬ……分からぬ、が……」


(郷に入っては郷に従え、か。ここで支払わねば「決闘の作法を知らぬ者」として、戦う資格すら剥奪されかねん……)


レオナスは逡巡の末、腰のポーチから金貨を一枚取り出した。


「これで、足りるか?」

「えっ、なにこれ……? 重っ」


少女が金貨を受け取り、目を丸くする。


「え、何これ本物?」


周囲がざわつく中、金貨を、魔王がひったくった。


「ウケる! あっちの金貨じゃん! 超レトロな感じでエモい!」


金貨を顔の近くに寄せ、決め顔をする。瞬時にフラッシュが焚かれる。


「これストーリーに上げよ。『#勇者っちは石油王説』っと」


その様子を呆然と眺めながら、レオナスは、握りしめたチェキが汗で湿るのを感じた。そして、ついに声を上げる。


「魔王アビス! 戯れはもういい! 私は、貴様を討つために……」


次の瞬間、少女たちがレオナスを脇へ押しやる。


「はいはい、ツーショットの時間は終わりですよー」

「必要だったら、暫くしてからまた並んでね」


レオナスは、押しよせる群衆に押し出される形で、その場を後にするしかなかった。


手元に残された、魔王と写った一枚のチェキ。

脳裏には、答えの出ない疑問が渦巻いていた。


――なぜだ……なぜ戦おうとしない?


少女の「痛い」という声が頭の中で反響する。民を守るはずの鎧が民を傷つける。魔を断つはずの聖剣は法に触れる。


胸に初めての問いが刺さる。


――俺は、何かを間違えているのか……?



◇◆◇◆◇


夜。渋谷の喧騒の中。

アビスは、駅前のまばゆい雑踏を一人歩いていた。


つい先ほどイベントを終え、ついでに今日もレオナスをカラオケハウスへ押し込んできたところだ。


「アビたん!」


振り返ると、見知らぬ女子高生が駆け寄ってくる。


「さっきのチェキ会、参加してました!」

「ああ、あれねー、ありがとー☆」


女子高生は無邪気に続ける。


「途中に変な人来てましたが、大丈夫でした?」


見せられたのは、ひきつった顔のままでスタッフに押し出されていくレオナスの写真。アビスは思わずぷ、と吹き出す。


「あれ、ガチあたしの追っかけなの、ウケるっしょ?」


そして暫く話した後、女子高生を見送った。


カラオケボックスに押し込んだときのレオナスの顔がよみがえる。


「何故だ……なぜ、戦わない? なぜ、そのような奇怪なことばかり……?」


アビスを見ながら遠くを見るように呟くレオナスを思い出し、再び吹き出した。


(なぜ、ね……)


あの混乱する頭を必死で整理しようとしている姿は、確かに「ガチ」だった。 焦り、困惑し、自分の常識が一切通じないことに苛立つ目。


――三か月前の自分と、まったく同じだ。


アビスは、渋谷スクランブル交差点に目を向ける。

無数の光、無数の人々。凄まじい情報量が、音と熱になって押し寄せてくる。


そんな光景に、アビスの記憶が、三か月前へと引き戻されていった。



アビスがこの世界に飛ばされたその日――。

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