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第3話 魔王vs勇者 決戦


中央通りへ向かう人波が、けだるい朝の空気を震わせている。

甘ったるい菓子の匂い、甲高い音楽、楽しげな民の声。


そんな喧騒の中、レオナスは静かに闘気を高めていた。


昨日の『LOVE & PEACE』のTシャツは脱ぎ捨て、いま身を包むのは、朝日を浴びて輝く白銀の鎧。


「おはよー勇者っち……って、うわっ!? また鎧じゃん! ウケるんだけど!」


魔王が足を止めた。

レオナスは寝不足で充血した目に闘志を宿し、真正面から魔王を見据える。


「来い……魔王。私は万全だ」

「いやいや、てかその目、マジで寝てなくない? てか、普通に浮いてんの分かんない? 周り見てみ?」

「『ラップバトル』……。剣の打ち合いか、魔法の斬撃か。いずれにせよ、このレオナス、不足はない」

「だから何言ってんの? マジでウケるんだけど」


レオナスが鋭い視線で周囲を見回せば、どこを見ても人、人、人。誰もがこちらを遠巻きに眺め、何かを囁いている。


「魔王、ラップバトルで民を巻き込むつもりか?」

「はあ? 勇者っちラップバトルが何かわかってんの?」


魔王は呆れたようにスマホを取り出しながら、レオナスの横をすり抜ける。その時、その耳元で小さく囁いた。


「悪いけど、ここ、あたしのホームなんだよね」


銀髪をなびかせ、意味深な笑みを浮かべながらレオナスへと向き直った。


「ラップバトルってのはさ、剣で斬り合うんじゃなくて、こういう音楽に乗ってディスりあったりするわけ」


魔王はスマホを突き付け、サンプルと言いながら動画を流す。

そこには、軽快な音楽に乗りながら、高速に言葉を綴る男性の姿が映っていた。


――これがラップバトル。


高速の呪文詠唱と同様の術にみえる。


魔王はニヤリと口角をあげた。


「例えば、あたしならまずは――あたしアビたん、渋谷ここに降臨! ……みたいな感じかな。勇者っちならなにがいいかな」


魔王が一歩離れ、上から下までまじまじと見つめてくる。


「……始めるのか?」

「うーん、勇者っち、まずは名乗りからやってみて!」

「名乗り……?」

「そう、勇者の名乗り!」


その言葉にレオナスは背筋が伸びる。戦いの前の名乗りは、むしろ望むところだ。


深呼吸し、応える。


「我こそは、聖剣を継ぎし――!」

「ちがーう!! 『YO! オレっち勇者! 聖剣ブンブン、魔族撃退!』みたいな感じで!」


聖剣、ブンブン。

あまりの冒涜的な響きに、思考が停止する。


魔王の隣にいた少女たちが甲高い歓声を上げた。


「きゃははっ! 聖剣ブンブン、ウケる!」

「てか、それ聞きたい! 勇者くん、やってみてよ!」

「絶対バズるって!」


眉が自然と引きつる。

民である彼女たちは、その名乗りがどれほど勇者の尊厳を損なう行為か、理解していない。


それを知ってか、魔王はにやりと悪魔的な笑みを浮かべた。


「ほーら、勇者っち。みんな期待してるよ? まさか魔王アタシとの勝負から逃げるなんてこと、ないよねぇ?」


逃げる? 勇者が?

その言葉を使われた以上、逃げるわけにはいかない。ましてや民の期待を裏切ることなど。


レオナスは、不本意な覚悟を固めた。


「……我は……聖剣を……授かりし……」

「違う! YO、俺っち勇者、聖剣ブンブン!」


その催促に、意を決して叫びを上げる。


「YO……オレっち勇者、せ……聖剣ブンブン……」


その時だった。男が近づいてきて、冷静な声を聞かせたのは。


「はい、お兄さん。聖剣ブンブンはいいから……ちょっとその剣、見せてもらえる?」


振り返ると、紺色の制服を纏った男が二人、警戒と困惑の表情を浮かべていた。

その胸元には「警視庁」の紋章。


魔王の明るい声が響く。


「あ、ポリスメーンじゃん! 写真とろ」


魔王はスマホを片手に制服の男たちへと駆け寄った。

制服の男が、慣れた手つきでひらりとアビスの手を制す。


「はいはーい、お嬢さん、危ないから離れててね。今お仕事中だから」

「えー、ケチぃ。一枚だけだってば」

「はいはい、向こうで待ってて。ね?」


あの制服の者たち。

かの魔王をいなすとは――相当の実力者に違いない。おそらくこの国の上位の衛兵。

魔力や力は一切見えないが、逆にその力量の見えなさが、彼らの底知れなさを物語る。


衛兵の男がレオナスへと向き直った。


「お兄さん、改めてお話いいですか?」


レオナスはすっと背筋を伸ばす。

民の安全を守る公務に就く者への、当然の敬意だった。


「貴官らも警らご苦労。この地の治安は盤石と見える。実に結構」

「……はぁ」


壮年の男の口から返事ともため息ともつかぬ息が漏れた。


「えーっと、お兄さん。その剣と鎧、すごいね。コスプレ? だとしてもちょっと物々しすぎて通報が入っちゃったんだよね」

「うむ。この剣は我が魂、聖剣エル=マギア。魔を断ち、民を護るための力だ。貴官らが圧倒されるのも致し方ない」

「……」

「……」


若い方の男がごほんと咳払いをする。


「えーっと、お名前と、ご出身は?」


一瞬、脳裏に『俺っち勇者、聖剣ブンブン』という言葉が蘇るが、それをねじ伏せる。


「我が名はレオナス・シード。セイクリア王国の王都騎士団に籍を置く者であり、勇者の任を拝するもの」

「セイクリ……? ヨーロッパのどっか? 日本語お上手っすね」

「案ずるな。異種族が跋扈する我が国では、魔力のあるものは常に意思疎通の魔法を発動させている。問題ない」

「えっと……翻訳アプリかな? 最近のはすごいらしいね」


ちらりと魔王に目をやれば、隣の少女とスマートフォンを覗き込み、はしゃいでいる。


壮年の衛兵が続ける。


「それでね、レオナスさん。鎧もアレだけど……問題はその剣だ。日本では銃刀法って法律があってね。本物の剣だとマズいんだ。だから見せてもらってもいいかな?」

「……これは資格なき者が触れれば身を滅ぼす代物。貴官らのためを思えばこそ、渡すわけにはいかぬ」

「いや、そうじゃなくてね……とにかく本物かどうか確認させてくれないかな?」

「本物であれば、どうだというのだ?」

「まぁ……ねぇ」


衛兵は、腰の警棒をちらりと見た。

さらに周りでは、騒ぎに気づいた通行人たちが足を止め、スマートフォンを構え始めた。


「なんだあれ? 撮影?」

「あのイケメン、なんかフル装備してね? カッコよ!」

「いやいや、どうみてもヤバい人でしょ……」


彼らの視線と困惑を感じ、レオナスは暫く逡巡した。

そして小さく嘆息する。


「……致し方ない。決して乱暴に扱うな。魔王はこの剣でしか倒せぬのだから」


剣を鞘に納める。

鞘ごと衛兵へと差し出しながら、レオナスは意識を集中させた。


次の瞬間。


――聖剣の周囲に、微細な風の魔法を発動する。


「あれ?」


若手の衛兵が受け取った瞬間、目を丸くした。


「え、なんだこれ!? 軽っ!?」

「どうした?」

「いやこれ……剣じゃないっすよ、くそ軽いっす……」


衛兵が、聖剣を紙の筒かのように振り回す。

壮年の衛兵が信じられないという顔で剣を受け取る。そして、同じように軽く振りまわした。


「ほんとだ、これ、発砲スチロールか?」


聖剣の刀身に沿って微細な上昇気流を発生させ、その重量を大きく相殺しているだけだが、衛兵たちはそれに気づいてないのだろう。


衛兵たちは顔を見合わせ、やがて一つの結論に達した。


「……超リアルなコスプレ道具?」

「……ですね。まったくややこしい……」


聖剣がレオナスへ返される。


「はぁ……いいかい、お兄さん。おもちゃでもこんなにリアルだと通報されても文句は言えないからね。今回は厳重注意で返すけど、次からは気をつけてね」


衛兵たちが去ってゆく。

その一部始終をスマホで撮影していたアビスが、ニヤリと口角を上げた。


「……やるじゃん勇者っち」


その声には、いつものような浮ついた響きはなかった。

レオナスが視線を向けると、魔王はスマホをしまい、真紅の瞳でまっすぐレオナスを見据えていた。


「魔法、なんかすっごい細かく制御してたー?」

「……気づいていたのか」


息を呑むレオナスに、魔王はフッと口角を上げた。


「当たり前じゃん? あたしを誰だと思ってんの」


瞬間、レオナスの背筋に冷たいものが走る。 だが次の瞬間、魔王は片手でハートサインを作ると、いつものテンションで言った。


「もちろん渋谷最強、フォロワー100万! 最凶ギャルアビたんです☆」


くるりと一回転した魔王は、鞄から一枚のキラキラしたチラシを取り出し、レオナスの胸に押し付けた。


そのチラシには。

【アビたんしか勝たん! 世界征服感謝☆ファンミ 開催決定!】


「今日のはあくまで練習。『本番』は明日! 109(マルキュー)でイベだから、勇者っちも来て!」

「せ、世界征服……感謝……!?」


固まるレオナスに「じゃねー☆」と手を振り、魔王は雑踏へと消えていく。


レオナスは、手元でキラキラと輝く「世界征服感謝」の四文字に、脳が焼かれるような感覚を覚えた。





その夜。

魔王に指定された「カラオケボックス」なる防音個室で、レオナスは苦悶の表情を浮かべた。

目の前には、王国への通信魔法陣。 そして、魔王から渡されたキラキラと光るチラシ。


「……緊急報告」


レオナスは、震える指で魔法陣に文字を綴る。


『魔王の新たな企図を察知。明日、魔王が「世界征服感謝ファンミ」なる儀式を執り行う模様。既にこの世界は魔王の手に落ちた可能性が極めて高い。警戒レベルを最大に引き上げ、潜入調査を行う』


そこまで書いて、レオナスは手が止まった。追加で行うべき今日の出来事をどう報告すべきか。


(「ラップバトル」を仕掛けられた、とは書けん……。「YO、聖剣ブンブン」などと口走ったことが知られれば、末代までの恥だ……)


結局、詳細はすべて省略し、『魔王の現地適応、極めて巧妙。引き続き調査を要す』とだけ書き加え、通信を送った。


すぐに返信の印が光る。 王その人自身からの伝言だった。

レオナスは姿勢を正す。


『世界征服の件、憂慮している。レオナスよ、汝の判断を信ずる。速やかに「ファンミ」なる儀式の全容を解明せよ。以上だ』

「……御意」


王からの信頼に、レオナスの胃がキリリと痛む。 だが、迷っている暇はなかった。


レオナスは、チラシに書かれた「世界征服」の文字を睨みつけ、ぐしゃりと音を立てるほど強く握りしめた。

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