表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/21

第20話 続 魔王と勇者の共同戦線


レオナスは、アビスと並走するように空を駆けていた。


山の向こうに沈みかけた夕陽が見える。


もう東京の喧騒は遠く、眼下に広がるのは森と、まばらな集落だけ。まるで世界の終わりに向かっている気がして、どこか落ち着かない。


地図で見た長野県との県境に差しかかった瞬間、ふいに並走するアビスが止まった。レオナスも合わせるように速度を落とす。


アビスが空中で手をかざす。


次の瞬間、アビスの魔力が空気中に広がっていく。目の奥がズキリと痛むほどの魔力量――そんな目に見えない圧力が、水面を渡るように一帯に広がっていく。


レオナスは息をのむ。力任せではない。静かで、だが異様な魔力の広がり。

それは、空間ごと何かを“探っている”ように感じられた。


「見つけた!!」


アビスが叫び、次の瞬間には風のように加速していた。


「待て!」


追うように声を上げるが、アビスの姿はすでに見えないほど小さくなっている。

レオナスは、とにかくスピードをあげアビスを追った。



到着したその施設。

空から見下ろすその建物は、巨大な倉庫のようだった。無機質なコンクリートの壁が、落ちてきた太陽の光に照らされている。


「……屋根を吹き飛ばす」


その言葉に、レオナスは思わず厳しい視線を送る。


「……まて、さっきから全然約束が守られてないだろ」

「あっ……ちょっと、忘れてた」

「忘れてた、ってレベルじゃないだろ……」


レオナスは疲労を感じながら大きくため息をつく。


「いいか」諭すような気持ちで口を開く。「屋根を吹き飛ばしたいのはやまやまだが、めぐが怪我をしたら困るだろ?」


アビスは一瞬考え込むような仕草をし、小さく頷く。


「……その通りだ」


アビスがふとレオナスへと目を向ける。


「あんたが頑丈だから忘れてた」

「……」


レオナスは何とも言えない気持ちで息をつき、周囲を見回す。


「なら裏口からだ」


レオナスは上から建物を見回し、裏にある小さな鉄製のドアを見つけた。そして音を立てないように慎重に降り立つ。


ドアに手をかざす。開錠の魔法をかけると、鍵が音もなく開いた。


「なんか……あんたって、地味に便利な魔法使うよね」


背後からかけられた言葉に、レオナスは振り返る。

アビスの声には、いつもの軽やかさが戻りつつあった。表情も少し和らいでいるのが見て取れる。めぐの生命の気配を感じ取れたからだろう。


レオナスは自身も緊張の糸がほどけるのを感じながら、小さく息を吐いた。


「……まぁ、魔法を応用するのは得意だからな」

「へぇ。そういえばこっちの世界に来たのも、あたしの魔法を解析したからなんだっけ」

「……そういうことだ」


続いてレオナスは、追加で魔法を展開する。

視界を周囲から遮るための『鏡の魔法』だ。


「ねぇ……勇者っち」

「……なんだ」

「昔、盗賊でもやってた?」


レオナスは一瞬動きを止め、少しだけ口の端をあげた。


「いつもの調子に戻ってきたな」



暗い廊下を進みながら、いくつかの部屋を確認する。そして、最奥の一室から漏れる、微かな光と話し声に足を止めた。


レオナスはアビスの前に手を出して、制止の合図を送る。そして音もなくドアに近づき、中の様子を窺った。


コンクリートが剥き出しの部屋には、腕と足を縛られためぐ。そしてめぐを取り囲むように、ナイフや銃らしきもので武装した男たちが五人、トランプに興じている。


「めぐ……!」


アビスが、喉の奥から絞り出すように呟いた。

その声に、中の男たちが一斉にこちらを向き、刃や銃口を向ける。


「何だ、てめぇら!」


その瞬間。

アビスの瞳から、すっと光が消えた。まるで、思考も感情も、全てが一言に集約されているかのように。


――殺す。


純粋な殺意が、アビスの全身から魔力となって溢れ出す。


「――やめろ! めぐがいる!」


叫びながらアビスの肩を強く叩く。その一瞬、アビスの瞳が色を取り戻したのを見て、床を蹴った。


一歩目。銃を持った男の指が、引き金を絞りにかかるのがスローモーションで見えた。その懐に滑り込み、手首の神経節を指先で打つ。男の顔に苦痛が浮かぶより早く、その手から力が抜け、銃が床へと滑り落ちてゆく。


二歩目。振り返りざま、鞘に収まったままの聖剣の柄で、二人目の男の首筋を打ち据える。急所を捉えた一撃に、男は悲鳴を上げる間もなく意識を失い、崩れていく。


三歩目。残りの三人がようやく状況を理解し、武器を構え直そうとする。だが遅い。頭の中で展開していたごく低位の「縛りの魔法」を三条放つ。男たちの足が、まるで床に縫い付けられたかのように縫い止められ、驚愕の表情のままその場に凍りついた。


静寂。

一秒。あるいは、それ以下。

武装した五人の男たちは、あるいは意識を失い、あるいは金縛りにあったかのように動けず、ただ無力に転がった。


その瞬間。


「めぐ……!」


アビスがめぐへと駆け寄った。

膝をつき、震える指でめぐの縄をほどく。

その動作は、どこまでも繊細で、優しかった。


「アビたん……!」


めぐが、震える瞳でアビスを見つめかえす。

アビスが震える指でそっとめぐの頬に触れた。そこには、痛々しいほどの赤い痕があった。


レオナスは二人に近づき、そっとめぐの頬へと手をかざした。

淡い青白い光が指先から溢れ、その傷を包み込んでいく。


「回復魔法だ。直ぐには治らないが、じきに収まるはずだ」


めぐは驚いたように頬に触れた。

痛みが和らいでいくのを感じたのか、少し安堵の表情を浮かべる。


「ありがとう、勇者っち」


レオナスは微かに口元を緩めながら、無言で頷いた。


そして一呼吸おくと、床に転がした男の一人が落とした拳銃に目を留める。


(……これは、この世界では一般人が取り扱わない武器のはずだ。それを、こいつらが?)


レオナスは床に縫い付けた男たちの中から、リーダーと思しき男の胸倉を掴み、引き起こす。


抵抗しようとする男の瞳を見つめながら、レオナスは一切の感情を思考から切り離した。

目の前の男を「人間」としてではなく、ただ「情報を引き出すべき対象」として認識する。


男の瞳の奥が、恐怖に揺らぐのが見えた。


「なぜめぐをさらった。お前が知る全ての情報を、今ここで吐き出せ」


問いではない。命令だ。記憶探索の魔法が、抵抗する男の精神をこじ開けていく。


「あ……ああ……分からない……上からの命令……だ」


男は額に汗を滲ませ、声を絞り出すように震え始めた。


「上? うえには誰がいる?」

「分からない……俺らは実行犯……でも、取り纏めは……別の企業」


レオナスは小さく舌打ちをした。

武器からして個人の仕業ではないと予想していたが、それでも歯がゆい気持ちになる。


「その企業について知っている事を全て話せ」

「分からない……でも漏れて聞いたのはサイバーブレイン……」

「サイバーブレイン?」

「そう、広告代理店の、サイバーブレイン……それが表の顔……本当のボスがそこにいると……」

「そんな奴らがなぜめぐをさらった」

「その女のせい ……そいつが投稿した写真と……つぶした社長のせいで……サイバーが切り捨てられそうに……だから穴埋めのため……穴埋め……アナ……」


その男は、泡を吹いて倒れた。

瞬間、アビスが踵を返す。


「行ってくる」

「やめろ」制止の声が低く響く。「そのサイバーブレインの人間の中から、どうやって黒幕を探しだす?」


アビスが、輝く深紅の瞳をレオナスに向ける。


「勇者っちも言ってたよね。こういうものは首長が糸を引いているもんだって」

「だからその首長が誰かをどうやって調べる? 表に出ているやつだとは限らない。まさか首長らしき奴を全員殺す気か?」


レオナスは小さく息を吐き、アビスの視線を受け止めながら答える。


「そしてまためぐを同じような危険な目に合わせるのか?」

「勇者っち!」


その言葉にめぐが非難の声を上げた。ただ、アビスはゆっくりと動きを止めた。

アビスは瞳を落とす。


「……じゃあ、どうすればいい?」

「今は、まずこの世界のルールに従うんだ。でなければ再び同じことが起きる。その間に、調べるしかない」

「……」


アビスは歯を噛みしめながら頷いた。


「……分かった」


その時、めぐが駆け寄り、アビスを抱きしめた。


「アビたん、ごめんね……」


アビスの深紅の瞳が揺れる。一瞬、まるで泣きそうな、そんな表情にもみえた。


レオナスはその光景を見つめながらも、動くことができない。


あの魔王が。

人類をいともたやすく蹂躙した、災厄そのもののような存在が――今、たった一人の少女に抱きしめられて、肩を震わせている。


あまりにも、脆く見えた。

まるで普通の、ただの人間のように。


レオナスは視線を切る。


そんな姿――見たくなかった。

見てしまえば、もう。


視線を、逸らす。

あの姿を、これ以上見てはいけない。

腰の聖剣がずしりと重い。まるで初めてこれを授けられた日のように。いや――違う。あの頃は、もっと輝いて見えたはずだ。


聖剣の重みを抱えるように、拳をきつく握る。


「めぐ」


かすかに震えるアビスの声が、耳の奥に響く。


「家に、帰ろう?」


レオナスは二人へと視線を戻す。

めぐが、目に涙を浮かべながら安心したかのように笑った。


「うん……帰る……。でも、ここ、どこ?」


同時にアビスの張りつめた表情が、静かにほぐれていった。

アビスはそっと笑顔を浮かべる。


「えっとね、なんかね、長野県ってとこらしいよ」

「な、長野!?」

「うん、長野。あたしもよくわかんないけど」


めぐが腕をぎゅっと掴み、小さな声で呟く。


「……そんなとこまで連れてこられたんだ。今日、帰れるかな……」


その呟きに、アビスがニヤリと笑った。


「それなら!」


アビスが指を立てて、胸を張る。


「あたしの力で、空からひとっ飛びだよ!」

「えっ?」

「今日だけ、特別に飛んじゃお? インスタ映え、間違いなし☆」


めぐの目が輝く。


「ほ、本当に!?」

「だめだ」


レオナスは即座に制止を入れる。けれども、アビスは意地悪そうに笑った。


「あー、そっか。勇者っちには内緒にしとこ?」

「見てるんだぞ」

「見なかったことにしてよ。ね?」


アビスが強い視線で笑って言ってくる。

めぐも「お願い、勇者っち!」と懇願するような目を向けてきた。

レオナスは……大きくため息をついた。


「……今日だけだぞ」

「やった!」めぐが飛び上がる。「私、空飛べるの!?」

「そうそう!」アビスも同じく笑顔になる。「109の上の渋谷の夜景、最高だよ。あ、でも写真はやめたほうがいいかも。SNS映えしすぎて、面倒なことになっちゃう」


レオナスは呆れながらも、小さく嘆息した。


魔王が人間の少女を守るため奔走し、そのまま夜行飛行をプレゼントする。

しかも、それを自分が見逃している……。


こんな茶番、誰が信じる? 王都に報告したら、正気を疑われるに違いない。


アビスがめぐに手を差し出した。


「じゃ、行こっか」


めぐも目を輝かせてその手を取る。


「アビたんの特別クルーズ開幕! 今夜は特別に、めぐに魔王の力を体験していただきます☆」


自問自答しながらも、何か言う気には到底なれなかった。

ただ、自らの腰に掛けられた聖剣が、意味を問うかのように鈍い光を放っているように見えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ