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第16話 ギャルと受容とこくご


◇◆◇◆◇


フリースクール二日目の朝。


アビスは眠気に、余計に赤くなった瞳をぐりぐりとこすった。


どうやら今日から、“新しい学び”が始まるらしい。


アビスは今……担当教師と顔を突き合わせていた。


「アビスさん、今日は午前は集合型の授業で、午後からはマンツーマンで勉強しましょうね」


アビスはぼーっとしながら返す。


「マンツーマン? ……それ、新種のタイマン?」

「……ち、違いますよ、個別学習のことです」


先生がにっこりと笑うが、その笑みはどこか引きつっていた。



午前の授業が開始される。


「さぁ、今日は“社会的テーマ”について、みんなで一緒に考えていきましょう!」


先生が、黒板にでかでかとテーマを書く。


 《今日のテーマ:社会における”受容”とは?》


アビスは椅子に深く沈み込む。

すでに目が半分死んでいた。


「ここにいる皆さんは、考えたことありますか? “社会に受け入れられるって何だろう”って」


先生の開口一番に、教室はやや微妙な空気に包まれる。


「この学校にいる皆さんは、周りの人と少し違う道を歩んでいる人が多いです。でも……」


アビスはさらに椅子に深く沈み込んだ。


(なんなんこの説教タイム……)


隣のレオナスは背筋を正して真剣な顔で聞き入っている。


「……“受容”という考え方は知ってますか?」


アビスは完全に耳を閉ざした。


(てか今日、ネイル盛れてんな。指先だけで勝てる気がする。あ、このあとお昼何食べよう。晩御飯は冷蔵庫のハンバーグ……あれ、あたしが食べていいんかな? おばあもいたよな……おばあも……おばあが…………)


「この“受容”という考え方は――相手を受け入れる……」


アビスの脳内言語が消え、残響のようにその言葉だけが繰り返され始める。


「――受容とは……

 受容が……

 じゅ・よう……

 じゅ・おう ……

 ま・おう ……」


アビスは夢の中に落ちていく。

深い深い闇の中。心地よい静寂に包まれて。


やがて闇が晴れると、そこには戦いも謀略もない、理想の光景。


──誰もが、”魔王”を"受容"する。

──闇も、全てを「カワイイ」と笑って受け入れる世界。


渋谷のスクランブル交差点。

五方向から押し寄せる人波。その中心に、あたしは立っていた。


水色のメッシュ、厚底ブーツ、ショッキングピンクのアウターに、「Ma・OU」とロゴの入ったインナー。


そう、それこそがあたし、魔王アビス・ダークローズ。魔界より来たりし最凶の存在。


「よしっ☆ 集まってるね~!じゃ、召喚開始〜!」


スマホを高く掲げる。


「魔界のサマービート feat.最凶魔王Remix」が渋谷の空に響き、あたしは中央で踊る。


「#地獄コーデ でトレンド入り~!スクランブル、沸かすよ〜♡」


瞬間、闇のオーラが炸裂!

交差点の上空に闇のオーラで描かれた巨大なサジェストキーワードが浮かび上がる。


【関連キーワード:魔王ネイル、ギャル魔王、イイねしてね♡】


さらに渋谷の空に、無数の真紅の目がぱちぱちと見開かれる。

群衆からどよめきと歓声が上がる。


「きた〜!アビたんの『魔眼演出』!」

「インスタ映えすぎて草!」

「あの目、毎回カワイイよね〜♡」


JR山手線の車内アナウンスが、どこか誇らしげに流れる。


『本日渋谷駅周辺で魔王様による特別パフォーマンスが実施されております。真紅の魔眼を長時間見つめると魂を奪われますので、お写真を撮られる際にはご注意ください。なお、ハッシュタグ『#魔王様しか勝たん』での写真投稿をお待ちしております』


その頃、交差点の角で様子を見ていたレオナスは茫然自失状態だった。


「あの恐ろしい魔眼が……『カワイイ』だと……?『インスタ映え』だと……?」

「なぜだ! イイねが増えるたびに聖剣の威力が下がっていく!?」


レオナスは天を仰いで叫んだ。


「聖剣がオワコン扱いとは……この世界の価値観、完全に狂っているではないか!」


あたしは勝ち誇ったように振り返り、最高のキメ顔でウインクした。


「勇者っち〜☆ いいねとRT、よろしくねっ☆」


「くそっ、まさか"トレンド"がこの世界で一番力を持っていたとは……!」


──その瞬間。

ペシッ、という乾いた衝撃が、アビスの頭を打った。


「……っ!?」


歓声と魔眼とトレンドワードに満ちた理想の世界が、一瞬で弾け飛ぶ。


視界に映ったのは、灰色の教室の天井と、延々と説教を続ける教師の姿。

足元には、夢を打ち砕いた元凶――小さな消しゴムが転がっていた。


隣の席で、レオナスが「寝るな」とでも言いたげな、冷たい視線を送っている。


(……夢の中でオワコンだったくせに!)


あまりの落差に、アビスは一瞬、“本当に世界滅ぼしていいやつだ”と判断しかけた。

その代わりに拾った消しゴムを、レオナスに投げつけた。




午後の授業は、個別指導だ。

フリースクールの個別指導室に座った瞬間、軽くため息をつく。


「てか、”新しい学び”っての、まじ疲れたんだけど。ぶっちゃけ戦闘よりだるくない?」


担当の先生は、やわらかい笑顔を崩さないまま、目の前に一冊のドリルを差し出した。


「アビスさんは、学習が初めてのようなので……まずはここから始めましょうね」


そう言って机に置かれたのは――


『こくごドリル 小学二年生用』


表紙には、にこにこ笑う謎の動物キャラクター。周囲の花々。謎の元気さ。


「……え、ちょ、これ、マジであたしがやる感じ? ウケ通り越して事件じゃん」

「ええと……まずはどこまで読解力があるかの確認も兼ねてますから」

「オケ把握☆ でもこのドリル、マジでウケるんだけど」

「はい、そうですね。では、一緒にやっていきましょうね」


アビスは向けられたドリルを開く。


そこには、とある少年に関する逸話が、ほぼひらがなで記載されていた。

アビスは、なんとか脳の半分だけで読み続ける。


読み終わると、先生が声を上げた。


「じゃあここで、“登場人物の気持ち”を考えてみましょうか」


先生がにっこりと微笑む。


「この時の健太くんの気持ちは、どんなものだったでしょうか?」


アビスは答える。


「えー、アゲで、バイブス高めな感じ?」


先生が少し困惑した表情を浮かべる。


「アビスさん、今はこくごの勉強なので、せっかくだから、ギャル語じゃなくて正しい日本語を使ってみましょうね?」

「……正しい日本語?」

「そうです。ちゃんとした日本語を」

「ふむ……」


アビスは少しだけ瞳を細めた。


「よかろう、導師よ」


先生の目が「は?」と見開かれる、アビスは続ける。


「かの凡俗の少年、健太なる心の内を問うか。だが、健太の心奥を探らんと欲する問いそのものが、傲慢にして愚行なり。多衆の心情を推し量り、正誤を裁すなど、倫理にて最も軽んずる行為なり」

「え、いや、ちょっと」

「ゆえに我は申す――“健太の感情、知る必要はなし”」

「あれ、いや、そういうことでは……」


アビスは首をかしげる。


「どうした、導師よ。正しい日本語を使えとのことだったな」

「え、そ、そうでしたね……あ、で、では、次の問題を……」


先生が震えながら声を出す。


「どうして健太くんは“にっこり笑った”のでしょうか?」


アビスは応じる。


「他者に笑顔を向けるは、信頼の証か、あるいは懐柔の策略か。いずれにせよ、その真意は健太のみぞ知る。凡百の物差しでその心情を測り『正解』を求めることこそ、健太への最大の侮辱となろう」


先生の目が震えた。


「……すみません、これ小2のドリルなんで、もうちょっとシンプルな答えを」

「よかろう。では、次の問いを申してみよ」


気を取り直して、先生は語彙のページを開いた。


「では、“うれしい”の反対の言葉はなんでしょう?」


アビスは、目を細めて答える。


「……“滅び”」

「ちがいます! “かなしい”です!」

「……では導師よ、“かなしい”と“滅び”の違い、教えていただこうか?」


先生がタジタジになりながら、


「う、うーん……“かなしい”は、心がシュンってなるやつ……?」

「シュン、とは」

「擬音です! フィーリングです!」


暫くして。

先生はドリルを閉じ、ふぅ、と深く息を吐いた。


「アビスさん……すごく、すごく……熱意は伝わったんですけど……」


先生は目の端をおさえながら、ついに弱音を漏らす。


「……もう、ギャル語に戻っていいです」


アビスは、目を丸くする。


「え、マジ? 神じゃん」


アビスはそのまま、崩れるように椅子にだら〜っともたれかけた。


「てかマジで“健太くん”って何者? なんでそんなに心情をわかってほしいかね? 情緒不安定なんじゃね?」


先生、机に伏せて震える声でつぶやく。


「……わたしの国語教育って……」





夕方。おばあちゃんの家の居間。

ちゃぶ台には温かい味噌汁と、千佳。


「おかえり、アビちゃん。今日のフリースクール、どうだった?」


アビスはぽすんと座り、神妙な顔で答えた。


「……今日は“こくご”で、少年健太の魂をめぐる戦いをした」

「こくごでそんな重戦やめて」

「激しい戦いだった。“健太がなぜ、うれしいのか”――それを審神さにわする、魂の行為。安易に“うれしい”と断ずることは、健太が尊厳を貶めるに等しい」


こちらをみていた千佳が、やがて耐えきれないかのように笑い出す。


「あはは、アビちゃんてさ、会話のギアが0か100しかないよね」

「ギア?」

「うん、極端なの。こくごの先生、お疲れだろうな」


千佳は笑顔で味噌汁をすすりながら、ふと思いついたように言った。


「でも、“うれしい”とか“さみしい”とか、アビちゃんにもあるじゃない?」


アビスは、目を瞬かせて黙り込む。

味噌汁の湯気が、ちゃぶ台の上をゆらゆらとゆれる。

やがて、ぽつりと口にする。


「……うん、千佳と一緒に、お味噌汁のむの、嬉しい」


その瞬間、千佳が目を見開いてにっこりした。


「あたしも嬉しい」


アビスもつられて笑顔を浮かべる。


「えへへ」

「えへへへ」


二人して笑った。


その後、二人して、健太とは何者なのか、そしてなぜ“にっこり”したのかについて、30分くらい議論した。




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