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第15話 冥王(厨二病)vs 本物の魔王



フリースクール1日目。


「では、新入生の自己紹介をお願いします」


教壇の上で、先生が声をかけてくる。

アビスは勢いよく手を上げて、キラキラのネイルをわざと見せびらかすように手を振った。


「はーい! アビス・ダークローズ、アビたんでーす。魔界出身の"ガチ魔王"だけど、今は渋谷でギャルしてまーす♪ よろ~☆」


教室が一拍、凍りつく。次の瞬間、一気に声が沸いた。


「魔王……って、今どきそんなキャラ作り!?」

「てかあの銀髪、インスタで見たことある!」

「生アビたん! 本当に加工なしだったんだ!」

「あの角、リアルー」


視界の端では、レオナスがため息をついている。


「……勇者レオナス・シードです。この国を知るため、そして魔王を監視するため……」


レオナスが言い切る間もなく、女子たちから黄色い声が上がる。


「イケメンじゃん!」

「でも設定痛くない? アビたんに対抗してる?」

「むしろ痛いのがいいかも!」


その時、教室の最後尾でギシッと椅子が鳴った。

黒いマントを羽織った中肉中背の青年がゆっくりと立ち上がる。


「フッ……」


沈黙。そして低く響く声。


「貴様が魔王か?」


青年が、黒いマントをバサッとなびかせ、その右腕を露わにした。

そこには、黒い紋章のようなものが描かれている。


「所詮は上っ面の漆黒に過ぎん。俺の真の闇《漆黒の災厄(ダーク・カタストロフ)》に比べれば児戯に等しい……!」


周囲から声が漏れる。


「あー、冥王院先輩の中二病!」

「腕にマジックで紋章描いてるヤツ」


その声を背景に、青年は再びマントを手で払いのけ、なびかせた。


「俺は冥王院カオル! 八つの魔王を統べるものだ!」


「……本物の魔王の前で何を……」


そう呟いたレオナス。見れば、盛大に顔をひきつらせていた。


ただ、アビスは――余裕の笑みを男に向ける。


「ふーん、冥王? 魔王を統べるなんて、イイ度胸してんじゃん?」

「うっ!」


冥王院と名乗った男が、アビスの視線に後ずさった。

アビスは口の端に意地悪な笑みを浮かべる。


「冥王なら力の証明できるよねぇ? あんたのその"ダーク・カタストロフ"、見せてみてよ☆」

「くッ……お、俺の力が見たいだと……!?」

「うん、アビたん、見たいー見たいー☆」


すると、教室の後ろから声が上がる。


「あはは、あぶなーい、アビたん気を付けて!」


カオルは手でを顔隠しながらつぶやいた。


「今日は準備が……いや、なんでもない」そしてマントをひらりと翻して続ける。「いいだろう平民ども、しかと目に焼き付けるがいい。俺のダーク・リサイタル……」


その時、先生がすかさず制止を入れてきた。


「あのー、ファッションショーなら校庭でやってくださいねー。ここ狭いし、机とか倒れちゃうからー」




暫くして。

校庭に集まった生徒たちの輪の中で、アビスはカオルと対峙をした。


カオルが足元に置いたノートPCを開くと、荘厳なオーケストラのBGMが流れ始めた。


「あのPC、めっちゃ高いらしいよ」

「BGMにしか使ってないのに、ウケる」

「マントも高級品らしい」

「どんなマントだよ」


野次のような囁きが流れてくる中、カオルは目を閉じる。


「今こそ封印を解く刻……!」


そしてマントをはためかせ、腕を天に掲げた。


「目覚めよ、《漆黒の災厄》! 我が腕に眠りしゼロなる力よ!」


そのまま右手方向に高速に回りながらジャンプをする。

周りの女子たちからの声が漏れた。


「あ、今のジャンプ、軸がぶれた」

「でも回転は伸ばしてきてるよね」

「採点7.5ってあたり?」


女子たちのツッコミに、カオルの動きが一瞬止まる。だが、すぐに立ち上がった。


「くくく……凡俗め! 貴様らに我が力が理解できるはずもなし!」


今度は両手を前に突き出しながら、


「《漆黒の災厄》 "ダーク・フレイム・インフェルノ・終焉刻(ジ・エンド!)"」


……言いながら、足でPCにタッチして、BGMを変更した。


周囲から失笑と、パチパチといったまばらな拍手が聞こえる。

そんな中、カオルは「このゼロの力はお前たちに見えないものだ……」とつぶやき「次は!」とアビスを指差す。


「次は魔王よ、貴様の力を見せるがいい……!」

「おいおい……」


観衆の輪の中からレオナスの声が流れてくる。頭を抱えて座り込んでいるようだ。


ただ――アビスはニヤリと笑う。


「へぇ……アタシの力を見たいって?」


その瞬間、アビスの周囲に黒のオーラが立ち昇り、真紅の光が交錯する。

その黒の光の中で——アビスはくるりと回転した。


「本物の魔王、アビたんでーす♪」


観衆がどよめいた。


「な、なんか光ってない!?」

「あのエフェクト、どうやってんの?」

「プロジェクトマッピング?」


生徒たちが湧き上がる中、レオナスのうめくような声が流れてくる。


「魔法はやめ……いや、これは魔法か? ただのポージング大会か?」



その瞬間だった。

校庭のフェンス付近から野太い声が響いてきた。


「なんだ? また変なコスプレ大会してんのか?」


五人組の学生らしき男たちがニヤニヤしながら、だらしなく近づいてくる。どうやら“派手に盛り上がるフリースクールの連中”が目についたらしい。


「おい、冥王院。相変わらずわけわかんねえ格好してんな。くそダッセぇ」

「何だそのマント? 闇? あー、くせぇくせぇ」

「おーそっちのギャル、初顔?」


不良たちが下卑げびた笑いを浮かべながらアビスへと近づいてくる。


「可愛い顔してんじゃん。俺らと……」


クラスメイトが「やば、絡まれてる」「ちょっと助けないと」と声を交わす中。


「あー、ないわー」


アビスの声に、不良たちはきょとんとした顔をした。


「闇がくせぇ? なんか闇をバカにした系? ちょっとだけイラっとしたからお返ししよっかな」

「おい、アビス、魔法は……」

「お前らの存在、ちょっとだけ重くするよ?」


レオナスが止める間もなく——


世界が変わった。


アビスを中心に現実そのものが歪む。、空気が粘り、重みを増して沈み込む。

校庭全体が、見えない圧力に押し潰されていくようだった。


「な、なんだコレ、息ができねぇ……!」

「か、身体が……動かない……!」

「たっ、助けてくれぇ!」


一人が叫びながら転倒し、他の男たちも這いつくばる。近くにいるカオルもその場に崩れ、小さく叫びながら地面をつかんだ。


圧の中心から少し離れた場所――クラスメイトたちの方へも、意図せず圧力が漏れてゆく。


「……ねぇ、なんか空気が変じゃない?」

「なんで? 息が辛い……」


その時。


「だから……やりすぎだ」


遠くから声が聞こえた瞬間、アビスの魔力が打ち消されるのを感じた。レオナスへと視線を向けると、何かしらの術を使った様子だった。


その生まれた隙に、不良たちは這うように逃げ出してゆく。

一番最後の不良も、途中で何度も転びながら、校舎の角を曲がって姿を消した。


「ま、ま、まさか? そんな……?」


カオルが青い顔で息を切らしながら見上げてくる。

アビスは……何となくフォローを入れてみる。


「ゴメンね、冥王院カオル。じょーだんだよ!」

「じ、冗談……? いや、あれが冗談……?」


カオルの手は大きく震え、マントを翻すことすらできない。

アビスはちらりと、逃げていった男たちの方へ目を向ける。


「あんたの闇の力で、あいつらに逃げてったねー。きっとあんたのマントの翻し方かよかったからかも?」


カオルは目を丸く見開いた。そして暫く呆然とした後……歪んだ笑みを浮かべた。


「フハハ……もしかして、そうなのか?」


震える声で笑うカオル。その表情に浮かぶのは、底知れない”恐怖”と……。


「もしかして……本当に、『そう』なのか? あなたは、本当に……?」


カオルの表情が恐怖から別の感情へと変わっていくのを、アビスはどことなく眺めた。


これは知っている感情だ。その目の色に映るのは、恐怖と、それとは別の感情。


――“崇拝”。


冥王院カオルが、アビスの足元に膝まづいた。

そして喉から絞り出すように、名を呼んだ。


「我が……魔王!」


少し離れた位置から、レオナスのため息が聞こえてくる。


「……まだ、初日なんだが?」


アビスは、レオナスに向けて手をひらひらと振った。




◇◆◇◆◇


その日の夜。

レオナスはフリースクールの校舎を出ながら、盛大なため息をついた。


「……疲れた」


フリースクールの初日は、冥王だの闇だの、中二病をこじらせた儀式を見せられた挙句、担当教師につかまって「あなた、真面目そうだから手伝って」と事務作業を手伝わされた。


「初日なのですが」と言ってみるも、「勇者でしょ?」の一言で流された。

どうも最近、みんな“勇者だから”で済ませてくる。


「……勇者、か」


レオナスは小さく呟いた。

そして門へと向かう道を曲がった瞬間。


「アビス」――その名が、風に混じって流れてきた。


自然と足が止まり、瞬間、音もなく路地へと向かう。


ゴミ置き場の裏手。その脇を、黒スーツの男が無言で通り過ぎた。

さらにその先、細い路地にあの不良たちの三人がたむろしていた。


「マジで、あの女、調子に乗りやがって……」

「軽くやれば大丈夫って言われてただろ、どうなってんだ……」

「いや、囲めば一発だろ。次は今度はちゃんとやる」


レオナスは、小さくため息をついた。


「懲りないな」


レオナスは音もなく、路地の入口に立った。


「よしておけ」


その一言に、不良たちがビクッと振り向いた。


「な、なんだよ、お前……」

「おい、こいつ、アビスと一緒にいたやつじゃねえか?」


男たちが立ち上がった瞬間。

レオナスはただ、一歩踏み出した。


空気が震えた。

レオナスがほんの僅か手をかざした瞬間——二人が身をのけぞった。


「……ぐっ!?」


二人が、まるで糸が切れた人形のように地面に崩れ落ちた。その目を激しく震わせてはいるが、体は動かない。


残された一人だけが、息を呑んだままレオナスを見上げる。


レオナスは、まっすぐその男の額に手を伸ばした。


記憶探索の魔法を使う。

何も、記憶探索が目的ではない。その副作用である悪夢を見せるためだけに使う。


レオナスの手が、一瞬だけ止まる。


(……また、この魔法か)


聖剣を抜き放ち、神聖な光で悪を浄化する。それが勇者の戦いだった。


だが、今から使うのは違う。人の精神に土足で踏み込み、悪夢という泥を流し込む穢れた技。


ズキリ、と右手が痛んだ。まるで、腰の聖剣が拒絶するように。


(……この技を使うたび、魂に染みがつく感覚がする。聖剣の輝きが、俺から遠ざかっていく……)


それでもこの不良どもを放置すれば、次に動くのはアビスだ。そうなれば、あの魔王は躊躇なく魂ごと「溶かす」。


(大義も栄光もない。民の喝采もない。だが、これも守るためだ)


レオナスは自嘲を噛み殺し、昏い光を指に灯した。


その瞬間、腰の聖剣から放たれていた微かな光が、ふっと消えた。まるで、主の行いに目を閉ざすかのように。


目の前の男の瞳が大きく見開かれる。

その目がぐるぐると周り、口から断続的な息が吐かれる。


「……これでも、だいぶぬるい方だ」


男は地面に崩れ、息を荒くして震えた。その背を見下ろしたまま、淡々と呟く。


「アビスは、やめておけ、死ぬぞ」


男の表情が、完全に「折れた」ことを確認した後、レオナスは踵を返す。


そして再び校門へと向かい、短く息を吐いた。


「……今日一日、疲れた」



校門を出たレオナスが向かうのは――"出禁"にされていないほうのスーパー。


息をひそめてスーパーに入り、かごを手に取る。

惣菜コーナーの唐揚げを横目に、山積みにされた”おつとめ品”のカップ麺に視線が吸い寄せられた。


「……半額、か」


そのシールが、まるで聖なる光のように輝いて見えた。


レオナスはカップ麺を三つ手に取る。その瞬間、さきほど下した三人の不良の顔が頭をよぎった。


「……なにもアビスを助けたわけじゃない。あのままではあいつらが危なかった……」


そんな誰にも聞こえない声でつぶやきながら、カップ麺を見つめる。


カップ麺が三食。民を救うはずの勇者が、一日の糧を全て割引のカップ麺で賄うつもりか。


ふっと自嘲の息が漏れる。そして、せめてもの抵抗として、一つを静かに棚に戻した。


「……三つは、だめだ。何かに負けた気がする」


二つなら、まだ戦っていると言い張れる。そんな誰に聞かせるでもない言い訳を心の中で呟いた。


カゴを片手にレジへと向かう途中、ふと立ち止まる。


「あの路地……明日も、一応見ておくか」


自らに聞かせるためだけに呟いて、また歩き出す。


(勇者って、こんな雑務ばっかりだったか?)



そのままアパートへ帰ったレオナスは、机の上にカップ麺を置いてお湯を入れる。


そして無意識に聖剣を重しにしようと手を伸ばし――ハッとして手を引っ込めた。





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