旅の始まり04
その後、食後のお茶で少しお腹を落ち着ける。
するとジャックが、遠慮がちに、
「なぁ、なんで助けてくれるんだ?」
と私に真剣な目を向けながら、直球な質問を投げ込んできた。
私はそんなジャックに、
「うふふ。ただの気まぐれ……、って言いたいところだけど、そうね……、実は私も身寄りがないの。でもね、優しい人に出会ったおかげで今、こうして人生を楽しめている。だから、ジャックを見た時、なんとなく放っておけないなって思っちゃったのね。まぁ、言ってみればただのおせっかいよ。だから気にせず甘えておきなさい」
とニッコリ微笑みながら、自分の事情を織り交ぜつつ、答える。
するとジャックは少し意外そうな顔をしていたが、すぐにガバッと頭を下げて、
「ありがとうございます!」
と言ってきた。
「ふふっ。ちゃんとお礼が言えて偉いわね。そう。そういう正直さは大切だからこれからも忘れないようにしなさいね」
と言ってその頭を軽く撫でてやる。
風呂と床屋でさっぱりしたジャックの髪は先ほどまでとは違い、少年らしい柔らかさを取り戻していた。
そんなやり取りを終え、さっそく商業ギルドに向かう。
そして、冒険者ギルドとは違いややお堅い雰囲気の扉をくぐると、まずは求人票が貼ってある掲示板へと向かった。
そんな求人票をみながら、
「ジャックは何が得意? どんな仕事ならしてみたいって思える?」
と聞くとジャックは少し考えるような素振りを見せたが、
「俺、手先が器用な方だから、小さい頃、妹たちに紙で髪飾りを作ってやってたんだけど、そんな仕事ってあるか?」
と聞いてくるので、私は、
「そうねぇ……」
と言いつつ職人系の求人票を探し始めた。
やがて、「飾職・見習い・住み込み・食事付き」という求人票を見つける。
「これなんてどう?」
と言ってそれをジャックに見せると、
「ごめん。読めない……」
というしょぼくれた返事が返ってきた。
そんなジャックに、
「ああ、そうだったわね。えっと、これは、飾職っていって主に女性の髪飾りやなんかを作る職人の見習い募集の求人ね。住み込みで食事も付いているらしいから、今のジャックにピッタリだと思うわよ」
と、その求人票の内容を伝えてあげる。
するとジャックは驚いた顔で、
「飯まで食わせてもらえるのか!?」
と、やや大袈裟にそう言った。
「ええ。その分お給料は安いみたいだけど、そのかわりじっくり技術を学べるわ。どう? 興味ある?」
「うん! それがいい!」
と即決するジャックに、
「じゃあ、まずはこの求人を出したのがどんな人なのか聞きにいきましょう。ギルドの求人だから変な人はいないと思うけど、いったんきちんと確認するのも大切よ。そして、その後は面接されて、雇ってもらえるかどうかが決まるのよ」
とこれからの流れをおおまかに説明する。
それを聞いたジャックは、
「そっか。すぐに雇ってもらえるわけじゃないんだな……」
と少し悲しそうな顔をしながらそう言った。
「大丈夫よ。これがダメだったら他の求人に応募すればいいの。とりあえず、聞きにいってみましょう」
と軽くジャックを慰めつつ、受付に向かう。
そして、適当な受付嬢に、
「この子がこの求人に興味があるみたいなんだけど、この求人を出したのってどんな人?」
と求人の詳細を聞いた。
「ああ。それならニルス親方のところですね。腕のいい職人で悪い人じゃありませんよ。先日息子さんが独り立ちしたから新しく弟子を取る気になったんだそうです。面接してみますか?」
と言う受付嬢の話を聞き、ジャックに、
「どうする?」
と訊ねる。
ジャックは一も二もなくといった感じで、
「やる!」
と答えてきたので、私は少し苦笑いしながら、
「じゃあ、そうするわ。面接はこっちから訪ねて行けばいいの?」
と受付嬢に聞いた。
「はい。ニルス親方なら一日中工房にいるはずですから、訪ねて行ってみてください。あ、今簡単な地図を書きますね」
と言って受付嬢がさっそく書類を準備し始めてくれる。
ジャックはそれをドキドキワクワクと言った様子で眺めていた。
やがて準備が整い、さっそくそのニルス親方の工房を目指す。
「なぁ……。なんか緊張してきた」
と急に不安そうな顔を見せてきたジャックの頭を軽く撫で、
「大丈夫よ」
と微笑んで見せるが、ジャックはまだ緊張した面持ちで、
「……うん」
と言ったきり顔を下に向けてしまった。
そんなジャックの頭をもう一度無言で撫でてあげつつ、工房を目指す。
その工房は意外と近く、外観はわりと瀟洒で歴史のありそうな建物に見えた。
「じゃあ、いくわよ」
「う、うん……」
と、ひと声掛けてから、その店の扉をくぐる。
するとすぐに、
「いらっしゃいまし」
と品の良い、優しそうな女性がにこやかに声を掛けてきてくれた。
「商業ギルドの求人を見て、この子を連れてきたんだけど、今いいかしら?」
と言う私に、その女性は、
「あらあら。それはようこそ。ぼっちゃん、お名前は?」
と腰をかがめてジャックの目線に合わせながら、優しくそう訊ねる。
そんな女性の態度にちょっと照れたのか、ジャックは、少し顔を赤くしながら、
「えっと、あの、ジャック」
と少しぶっきらぼうに自分の名を告げた。
「そう。ジャックちゃんね。私は、ここの女将でマーサよ。よろしくね」
「は、はい」
「うふふ。さっそく面接をしますから、奥にいらっしゃい。あ、お姉さんもご一緒にどうぞ」
「え? ああ、私は見内の者じゃないわ。……なんていうか、行きがかりで面倒を見ることになったの。冒険者のナッシュよ」
「あら、それは……」
「あー、詳しい話は面接のときにさせてもらうわ」
「そうですわね。とりあえず、ご一緒にどうぞ」
と私も挨拶を交わしジャックを伴って店の奥に行く。
すると、店の奥にはいかにもと言った感じの工房があり、いろんな道具に囲まれて、一人の男性がなにやら作業をしていた。
「あなた。面接の子が来てるわよ」
「ん? ああ、もう来たのか。早いな」
と言いつつその男性が顔を上げる。
見た所、歳は五十半ば。
やせ型でどちらかと言えば柔和な顔をしていた。
私はそれをみて、
(うん。大丈夫そうね)
と謎の確信を得ると、
「初めまして。私は冒険者のナッシュ。この子はジャックと言って擁護院を出たばっかりらしいの。今朝、ひょんなことで知り合ったんだけど、聞けば職の探し方も知らないって言うから、なんとなく放っておけなくなっちゃってね。おせっかいで面倒を見てあげることにしたってわけよ」
と、私とジャックが知り合ったいきさつをざっくり説明し、
「手先が器用で物を作る仕事に興味があるっていうから連れてきたわ。読み書きや計算はちょっとしかできないらしいんだけど、大丈夫?」
と少し緊張しながら、ジャックでも面接を受けさせてもらえるかどうか訊ねた。
「ええ。うちは特に読み書きは必要無いからかまいませんよ。まぁ、でも出来て損はないからそのうち本でも買って勉強させますがね」
と気軽に言ってくれるニルスの言葉にほっとして、
「じゃあ、あとはよろしくね」
と言ってジャックをニルスさんの前に促した。
「ほら。自己紹介なさい」
と小さな声でジャックに囁く。
すると、ジャックは、ハッとして、
「じゃ、ジャックです! お願いします!」
と短く自己紹介し、いきなりガバッと頭を下げた。
「ははは。元気だな。とりあえず、何か作ってみよう。その辺の端材で何か作ってみてくれ。道具は貸してやるからな」
と、にこやかに言うニルスさんに、
「どのくらいかかる?」
と聞くと、ニルスさんは、
「……そうさなぁ。夕方前までは預かっておくから、それまでは好きにしていてくだせぇ。もちろん傍で見ていても構いませんがね」
と言ってくる。
私は少し迷ったが、
「そうね。じゃあ、適当に時間を潰してくるから後はお願いね」
とニスルさんに返事をし、ジャックに向かってひと言、
「頑張るのよ」
と声を掛け、いったんその場を後にした。
店先まで送ってくれたマーサさんに、
「じゃあ、また後で」
と告げ、とりあえず宿へと向かう。
そして、ここまで大人しくしてくれていたチッチを存分に甘やかして時間を潰した。
やがて、窓から西日が差し込み始めたころ、
「さて。そろそろかしら?」
と、つぶやいて軽く準備を整え宿を出てる。
少し急ぎ足にニルスさんの店を目指すと、店先にジャックとマーサさんがいた。
見ればジャックがマーサさんに習って掃除をしているように見える。
私はその光景を見てことが上手くいったことを確信しつつも、
「こんばんは。どうだった?」
と二人に声を掛けた。
「あら。ナッシュさん。お待ちしていましたのよ」
と、にこやかに言ってくれるマーサさんの横からジャックが、
「あのね。雇ってもらえるって!」
と嬉しそうに結果を報告してくる。
私はそのジャックの弾けんばかりの笑顔を見て心から嬉しさ感じた。
「そう。よかったわね」
と言ってジャックの頭を撫でてあげる。
すると、ジャックは照れたように少し顔を伏せながらも、
「あの。ありがとう。俺、一生懸命働くよ」
と言ってくれた。
「ええ。私にできることはここまで。あとは自分次第だからね。頑張りなさい」
と微笑みながら、声を掛ける。
「はい!」
と元気に返事をするジャックに安心して、マーサさんに、
「じゃあ、あとはよろしくお願いします」
と頭を下げた。
「いいえ。さっきこの子から聞きました。いろいろ助けてくださったんですってね。安心してください。今日からはうちの子として責任もって一人前に仕立てますから」
と微笑みながら胸を張って言ってくれるマーサさんに私はもう一度、
「よろしくお願いします」
と伝えてその場を後にした。
私の後から、
「また絶対来てくれよな!」
と掛けられたジャックの声に、後ろ手に手を振りながら軽く答える。
そんな私の胸には「一期一会」という言葉が浮かんでいた。




