旅の始まり03
ジャックを連れて市場に戻る。
私は予定通り練乳サンドとカットされた果物の盛り合わせを二人分買うと、ジャックを連れて市場から少し歩いたところにある広場へ向かった。
広場の噴水の脇に座り、ジャックにパンと果物を食べさせる。
ジャックはよほどお腹が空いていたのだろう、最初は遠慮していたが、いったん食べだすとものすごい勢いでパンを頬張り始めた。
やがてジャックが食べ終えたところで、
「この先、どこかで働くあてはあるの?」
と話を切り出す。
するとジャックは力なくうつむき、小さく首を横に振った。
「そう……。だからって人の物を盗ったらだめよ?」
と正論を言いつつも、
(さて、どうしたものか……)
と頭を悩ませる。
おそらくジャックはある程度の年齢になったから強制的に擁護院を追い出されてしまったのだろう。
もしくは、他の小さな子供たちのことを思って自ら飛び出したのかもしれない。
そんなことを想像しつつ、
「じゃあ。とりあえずお姉さんと一緒に仕事を探しましょうか。商業ギルドに行けば求人が出ているはずよ」
と声を掛けると、ジャックはハッとして、
「仕事があるの!?」
と、ものすごく驚いたような顔を見せてきた。
どうやらジャックは仕事の探し方すら知らなかったらしい。
(これまでどんな環境で育ってきたのかしら……)
と思うとなんともやるせないような気持ちになる。
「仕事がもらえるかどうかは、ジャック次第ね。読み書きはできる?」
と聞く私に、ジャックは、
「……ちょっとだけ」
と悲しそうな顔で答えてきた。
私はそんなジャックの頭を軽く撫でてやりながら、
「じゃあ、働きながら自分で覚えるといいわ。大丈夫。ジャックはまだ若いんですもの。やればきっと身に着くわ」
と慰めのことばを掛けてあげる。
そんな言葉にもうつむいたままのジャックを見て、
(きっと自分の可能性に蓋をしてしまっているのね……)
と思って私まで悲しい気持ちになった。
しかし、私はそこで気持ちを切り替え、
「じゃあ、将来読み書きと計算ができるように教本を買ってあげるわ。それで働きながら勉強してみなさい。いいこと? 努力の先には必ずいいことが待っているから腐らずに前を向きなさい」
と、また明るくそう声を掛け、ジャックの頭をポンポンと優しく撫でてあげる。
頭を撫でられたジャックはかなり恥ずかしそうにしていたが、どことなく安心したように、
「うん……」
と言ってくれた。
少しだけ顔を上げてくれたジャックを促がし、下町を離れる。
本屋や少しいい衣料品店などは貴族街に近い場所の方に店を構える傾向があった。
ジャックの身なりはどう見ても下町の、それもかなり貧しい所の子供だ。
そんなジャックに通りすがりの人達の視線が集まる。
ジャックは不安になったのか、
「な、なぁ……」
と言いながら私のローブの裾をちょんちょんと引っ張ってきた。
「大丈夫よ。堂々としていなさい。どうしても気になるならあとで下町に戻ってから古着を買ってあげるわ。」
と声を掛け、またジャックの頭を軽く撫でてあげる。
すると、ジャックはまた恥ずかしそうな表情でうつむきつつも、黙って私の後をついてきてくれた。
やがて下町とは違い落ち着いた雰囲気の商店街に着く。
私はそこで、適当な人に古本屋があるかどうかを聞くと商店街の奥にあるということだったので、私はさっそくジャックを伴ってその古本屋を目指した。
やがて歴史のありそうな佇まいの書店に辿り着き、扉をくぐる。
そして、手近にいた店員に、
「読み書きと計算の教本が欲しいの。本当に初歩の初歩の物をお願いね。この子に使わせるのよ」
と注文を出すと、その店員は驚いたような顔でジャックの方を見たが、それでも、一応店員らしく、私に、
「少々お待ちください」
と言って奥に下がっていった。
しばらくしてその店員が数冊の本を抱えて持って来る。
私は、
「ちょっと見せてね」
と言って軽く中身を確かめてから、
「うん。これでいいわ。あと、帳面や鉛筆もここで買える?」
と追加で筆記具の注文を出した。
「はい。お子様の練習用でしょうか?」
と、少し怪訝そうな顔で訊ねてくる店員に、
「ええ。紙の質は悪くていいわ。そのかわりたっぷり使えるものをちょうだい」
と言いそれで構わないと告げる。
そして、店員に筆記具を揃えてもらうと、会計を済ませ、さっさと店を出ていった。
「さて。次は下町に戻って身なりをなんとかしなくちゃね。まずは服を買って銭湯かしら。なんなら床屋にも行った方がいいわね。これから仕事を探そうっていうんですもの、身なりはきちんとしておかないとね」
とジャックにこれからの予定を説明しながら下町を目指す。
そんな私にジャックは戸惑ったような表情を浮かべつつも、黙ってついてきてくれた。
下町の古着屋で一通りの服や下着を買ってジャックに着せる。
ついでに大きめの布鞄も買って着替え用の服も詰め込んでもらった。
そのまま銭湯へ向かい、ジャックに向かって、
「いい。時間はたっぷりあるから丁寧に洗ってくるのよ?」
と告げ、ついでに私も朝風呂を楽しませてもらう。
風呂から上がってきたジャックがちゃんと綺麗になっていることを確認すると、今度はジャックを床屋に連れていった。
「こざっぱりお願いね。」
と床屋の大将に適当な注文を出し、私は緊張してカチコチになっているジャックを微笑ましく思いながら、その様子を眺める。
ぼさぼさに伸びていた髪の毛を整えられるとジャックはどこにでもいる普通の町の子のような見た目になった。
「お客さん。こいつを買ったんですかい?」
と胡乱げな目で見てくる床屋の大将に、
「そんなわけないでしょ。ただのおせっかいよ」
と、きっぱり答えてさっさと床屋を出る。
そして、私たちは適当な定食屋に入ると、そこで昼を食べることにした。
「私はオムライスにするけど、ジャックはなにが食べたい?」
「え? 選んでいいのか?」
「ええ。好きなのを選びなさい……、って字があんまり読めないんだったわね」
「……。ああ、それにオムライスってのもどんなんだか知らない」
「そっか……。じゃあ、まずはオムライスを食べてみるといいわ。美味しいわよ?」
「うん。それにする」
と二人ともオムライスを食べることにして注文する。
料理が来るまでの間、壁の品書きに書かれている文字を見ながら、
「オムライスはケチャップで炒めたご飯を卵で包んでさらにケチャップを掛けたものね。あっちの字はハンバーグって読むの。ハンバーグはわかる?」
「ああ。ハンバーグは知ってる。年に一回だけ食べられる特別なやつなんだ」
「そっか。じゃあ、働いて初めてのお給料をもらったら食べにくるといいわ。きっともっと特別な味に感じられるはずよ」
「うん。それやってみる」
と、ちょっとした国語の授業をしているとさっそく私たちの前に大き目のオムライスがドドンと置かれた。
「すっげー……」
と目を丸くするジャックに、
「うふふ。遠慮なく食べなさい」
と言ってからさっそくスプーンを伸ばす。
薄焼き卵でしっかり包む系のスタンダードなオムライスはどこか私の郷愁を誘ってきいるように思われた。
慌てて食べようとするジャックに、
「慌てなくても誰も取ったりしないわ。ゆっくりおあがんなさい」
と言葉を掛けつつ美味しくいただく。
何の変哲もない定食屋のありふれたオムライスだったが、ジャックと一緒に食べるとそれはまるで生まれて初めていったファミリーレストランで食べたお子様ランチのようにものすごく特別な料理だと感じられた。




