旅の始まり02
食事も終わり、食後のお茶を頼む。
そして私の目の前でガヤガヤと騒ぎながらお酒や食事を楽しんでいる人たちを眺めながら、
(人間って楽しい生き物よね)
と、なんとなく達観したような感想を持った。
ジョッキを豪快に傾けてエールを煽る者とそれを囃し立てる周りの連中。
なんの遠慮も無い感じの会話を交わしているから、おそらく同じ冒険者パーティーの仲間なんだろう。
私がそんな冒険者たちの様子をどこか遠い目で見ているとそこへ給仕係のお姉さんが、
「お茶、おまちです! あ、よかったらパイも食べてくださいね。今日はあんまり出なくて余っちゃったんですよ」
と言ってお茶と小さく切られたリンゴのパイを私の前に置いてくれた。
「ありがとう」
と、にこやかに礼を言うと、そのお姉さんは、少しはにかんで、
「それ。私が作ったんです。よかったらあとで味の感想聞かせてくださいね」
と言い、ぺこりと頭を下げて奥へと下がっていった。
そんなちょっとした優しさを嬉しく思いながらリンゴのパイを口に運ぶ。
ひと口食べたそのパイは、ちょっぴり焦げてほろ苦かったけど、素朴で明るい味がした。
「とっても美味しかったわ。もっと美味しくするには窯の温度とバターの加減を調整してみて。きっともっと美味しくなるわよ」
と感想を伝えて酒場を後にする。
私はどこか高揚した気分で少しふわふわする足もとの感覚を楽しむような感じで軽快に歩き、宿へと戻っていった。
翌朝。
すっきりとした気持ちで目覚め、宿を後にする。
大通りの市場で朝食のサンドイッチを買って食べながら駅馬車の乗り場へと向かった。
少し混み合う馬車に乗り込み、馬車が出発するのを待つ。
馬車の席は車体の両側にベンチのような感じで配置されていて、クッションも何もないただの板張りの席だった。
やがて次々に乗客が乗り込み、馬車が動き出す。
私はそのガタゴトという音とお尻に直接伝わってくる振動をなんとも微笑ましく思いながらトレスの町の門を出ていった。
それからいくつもの馬車を乗り継ぎ、五日。
予定通り、ルクセリア王国の王都、ニクセンの町の門をくぐる。
私はそこで、
「じゃあね、チッチちゃん! お姉ちゃん!」
と元気に手を振って別れの挨拶をしてくれる馬車の中で知り合った女の子に笑顔で手を振り返し、その姿を微笑ましく見送ってから宿屋を探しに向かった。
大通りには高級宿が並んでいたが、当然そこは無視して少し小さな通りに入ると、良さそうな宿が点々と並んでいる。
そのうちの一軒に入り値段を聞くが、狭い王都のことで風呂はなく、それでも一泊銀貨四枚ということだった。
(さすが王都。物価が高いわね……)
と心の中ではそう思いつつも、
「わかったわ。じゃあ三泊お願い」
と言って大銀貨二枚と銀貨を二枚支払う。
そしてさっそく案内された部屋で旅装を解くと、まずは銭湯へと向かった。
夕方前のことで貸し切り状態の湯船に、
「ぬっはぁ……」
と豪快に息を漏らしながらどっぷりと浸かる。
(さて。明日はとりあえず観光気分で町の散策ね。あとは、買い物もいっぱいしたいかも。本があったら見てみたいわね。それからいろんなものを食べてみたいし……。なら、まずはギルドで路銀を調達しておかなくっちゃ)
と、いろいろとやりたいことを思い浮かべながらゆっくり体を温める。
そして、存分に長湯を堪能し、他の客がちらほらと入ってきたのを見て私はお湯から上がった。
脱衣所で軽く休憩し、体が落ち着いたところでさっそく町へと繰り出していく。
適当な居酒屋に入り、王都名物だというケバブのように塊肉をじっくりとローストした食べ物を堪能してその日もふわふわとした足取りで宿へと戻っていった。
翌朝。
さっそくギルドに向かう。
慣れた感じで受付カウンターに近寄り、
「オークが五つよ」
と言って魔石が入った麻袋を受付嬢に渡した。
「はい。少々お待ちください」
と言って受付嬢が魔石を受け取り、その場で鑑定を始める。
さすがは王都のギルドだけあって、受付嬢一人に一台、鑑定の魔道具が配備されているらしい。
鑑定作業はテキパキと終わり、
「はい。一つ大銀貨三枚です。全部大銀貨でのお支払いでよろしいですか?」
「そうね、三枚は銀貨に崩してもらえる?」
「かしこまりました。では、大銀貨十二枚と銀貨十五枚ですね」
と価格の確認が終わると、私は渡されたお金を無造作に麻袋に入れポケットに突っ込んだ。
「ありがとう」
「いえ。こちらそこ」
と軽い挨拶を交わしてギルドを後にする。
すると、ローブの内側からチッチが顔を出し、
「チチッ!」
と元気よく鳴きながら私の肩に登ってきた。
「うふふ。お待たせ。さて何を食べようかしら?」
と声を掛けながら市場の方に向かう。
到着した市場はさすが王都の台所とあって様々な店が立ち並び、かなりの数の人でごった返していた。
そんな市場を、見て回り、
(あ、あの練乳サンド美味しそう。でも今日はちょっとガッツリ食べたい気分だからもう少し量が欲しいかな? あ。あっちに果物屋さんがあるじゃない。果物ならチッチも大好きだし、今日の朝ごはんはその二つで決まりね)
と今日の朝食を決めたところで、さっそく練乳サンドを売っている露店の方へと向かっていく。
するとそこで、
「こらっ! 待てっ!」
という女性の声が近くで響き渡った。
(なに?)
と思って振り返ると、どうやらひったくりらしい。
私は反射的にすっと人込みを縫うように走り、そのひったくり犯の前方に出た。
私の横を走り抜けて逃げようとするひったくり犯に軽く足をかけて転ばせる。
そして、素早く取られたと思しき鞄を取り上げると、その場でひったくり犯を軽く取り押さえた。
「……ってて」
と痛がっているひったくり犯の姿をよく見ると、まだ子供のように見える。
(十二、三歳ってところかしら。小さいころからこんな悪い道に行っちゃうなんて……)
と少し悲しい気持ちでその少年を見ていると、私の後から、
「ひったくりよ!」
と、また女性の声が聞こえてきた。
「こっちで捕まえたわよ!」
と、その声に向かって返事をすると、しばらくして人をかき分けるように一人の女性が姿を現した。
「この鞄でまちがいない?」
とひったくり犯の少年から取り上げた鞄を掲げて見せると、その女性は、
「ええ。ありがとう。助かったわ」
と、ほっとした様子でそう言って鞄を受け取る。
そして、私に、
「今、衛兵さんを呼んでくるわね」
と言いさっそくその場を後にしようとした。
それを私は、
「あ、ちょっと待って!」
と言って呼び止める。
するとその女性は立ち止まって振り向き、私に「?」というような顔を見せてきた。
「ねぇ。この子まだ小さいみたいだし、あまり大事にしない方がいいんじゃない?」
という私にその女性は、
「え? いや、まぁ鞄は戻ってきたわけだから、私としてはどうでもいいけど……」
といって困ったような表情を見せてくる。
私はそんな女性に余裕ありげに微笑んで見せながら、
「じゃあ、この子の身柄はいったん預かってもいい? 事情を聴いて本当に悪い子だったら衛兵に突きだすわ」
と少年の身柄の保護を申し出た。
「ええ、まぁ……。お姉さんがそれでいいなら私は構わないわ」
と、なぜそんなことを言い出すのかわからないという顔をしながらも納得してくれた女性に、
「ありがとう」
と軽く礼を言って少年を立たせる。
もちろん少年はすかさず逃げようとしたが、私は素早く少年の手を取り軽くねじ上げながら、少年の耳元で、
「あんまり暴れると折れるわよ」
と、にこやかに事実を告げてあげた。
観念して大人しくなった少年をとりあえず人の邪魔にならないよう路地に連行する。
そして私は、そこでようやく少年の手を放すと、
「さて。身のこなしからして素人よね。今日は何回目?」
と少年に言葉を掛けた。
下を向き黙り込む少年に、
「いいわ。とりあえず、名前と住んでいる場所を教えなさい」
と言って質問を変える。
しかし少年はまだ黙って下を向いたままだったので、私は、少しだけイラっとしたふりをして、
「正直に答えないなら衛兵に突きだすわよ?」
と少しだけ強い口調でそう言った。
その言葉に少年は一瞬ハッとして、顔を青ざめさせる。
そんな少年に私は、もう一度、
「お名前と住んでいるところを教えて?」
と、なるべく優しい口調でそう訊ね直した。
「……ジャック」
と、やっと口を開いてくれた少年、ジャックに、
「そう。私はナッシュ。旅の冒険者よ。で、ジャックはどこに住んでるの?」
と聞くと、
「……ない。何日か前まで擁護院にいた」
という答えが返ってきた。
その答えを聞いて私は心を痛めながら、
「そう……」
と、つぶやく。
しかし、私はなるべく同情しているということを覚られないように、
「じゃあ。まずは朝ごはんを食べましょうか」
と明るく声を掛けた。




