旅の始まり01
とこしえの森の上を順調に進んでいく。
途中、適度に休憩を挟みながら進むこと二日。
私はようやくとこしえの森の端の方に到着した。
一応、辺りに人の姿が無いかを確認して適当な場所に着陸する。
そして、杖をしまい、代わりにいかにも冒険者が使っていそうな背嚢を取り出し背負った。
「よし。準備完了」
と、つぶやくと胸元がもぞもぞ動いてチッチが顔を出してくる。
そんなチッチに、
「ここからは歩きよ」
と声を掛けると、チッチは、
「チチッ!」
と鳴いて私の胸から飛び出し肩に乗って来た。
そして、いかにも「出発進行!」と言った感じで、
「チチッ!」
と鳴くので、私もそれに合わせて、
「うふふ。じゃぁ、まずはいつもの村を目指して出発進行!」
と少し調子に乗った明るい声でそう宣言して歩き始める。
そして、私の肩でまた、
「チチッ!」
と楽しそうな声を上げるチッチと一緒に森の中を進んで行った。
しばらく歩き、細い道に出る。
おそらく猟師や木こりが使う道なのだろう。
そんな道を少し歩くと、すぐに森を出て、いかにも人の手が入った感じの林に出た。
(今の時期なら茸がたくさんとれるんだろうな……)
などと思いながら、そこをまたしばらく歩いていく。
すると今度は林を抜け、田畑の広がるあぜ道に出た。
なにやら作業をする農家の人たちを眺めながらのんびりとあぜ道を歩き、村の入り口を目指す。
時折挨拶をしてくる農家の人たちにこちらも挨拶を返しながら進んでいると、やがて目の前に小さな門が見えてきた。
小さな村のことで門番らしき人はいない。
そのまま通り、村の中心を目指す。
村には小さいながらも商店が並ぶ通りがあり、そこに小さなギルドの出張所があった。
「こんにちは」
「チチッ!」
と声をかけてギルドの出張所の扉をくぐる。
するとカウンターの中で退屈そうに本を読んでいたご婦人が、
「あら。いらっしゃいませ」
と眼鏡を外しながら立ち上がってにこやかに挨拶をしてきてくれた。
「魔石を売りたいんだけど、どのくらい買ってもらえるかしら?」
「どんな魔石です?」
「ゴブリン。三十個ほどあるの」
「まぁ。たくさんあるんですね」
「ええ。何回か群れに遭遇しちゃったから」
「それはそれは……。大変でしたね。大丈夫でしたか?」
「ええまぁ。ひとつひとつの群れはたいした数じゃなかったし……。それで、いくつなら?」
「ああ、そうでしたね。三十個なら全部買い取れますよ」
「助かるわ」
と話して背嚢から先日倒したゴブリンの魔石を取り出す。
「じゃあ、ちょっと鑑定しますから少々お待ちくださいな」
と言い魔石を持って奥に下がっていくご婦人を見送った私は、壁に掛けてある小さな掲示板の方へと向かった。
掲示板にはいくつかの紙がピンでとめてある。
それらの紙を見ると、ずいぶん古びているから、きっと常設の依頼なのだろう。
(どれどれ……)
と思いながらその依頼票を見てみたが、森の浅い場所で簡単に採れる薬草や畑仕事の手伝いなどの依頼があるだけで、差し当たって急を要するようなものはないようだ。
そんな平和な掲示板に一安心していると、やがて奥からご婦人が戻ってきて、
「お待たせしましたねぇ」
と少し呑気な声を掛けてきた。
「ありがとう。いくらになったのかしら?」
「ええ。けっこう状態のいい魔石が多かったから、少しおまけで大銀貨九枚になりましたよ」
「あら。ありがとう。助かるわ」
「いいえ。ちょうどそろそろ魔石を仕入れなきゃって思ってたところだったから、こっちも助かるわ」
「うふふ。じゃぁ、お互いにいい商売ができたのね」
「ええ。まったく」
と最後は笑い合ってご婦人と握手を交わす。
ゴブリンの魔石は大体一個で銀貨一枚くらい。
この世界では銀貨五枚で大銀貨一枚になるから、相場通りであれば大銀貨六枚ほどのところをここでは九枚で買ってくれたということだ。
ちなみに、大銀貨一枚あれば普通の風呂付の宿に泊まって朝と晩のご飯代も賄えるから、ここしばらくの間の路銀としては充分な額になるだろう。
そんなことをパパっと頭の中で計算しながら、
「二枚は銀貨に崩してもらえる?」
と受付係のご婦人に頼み、
大銀貨七枚と銀貨十枚を受け取って、私はやや気分よくギルドの出張所を後にした。
この村に宿はない。
私はギルドの隣にある八百屋と肉屋で乾燥野菜をいくつかと干し肉を一袋買うと、そのまま町へと続く道を進み始めた。
村から一番近い町まで徒歩で半日。
今は昼前だから、夕暮れ時にはたどり着けるだろう。
これから向かう町はトレスの町と言って、かなり小さな町だ。
しかし、そこからは駅馬車の運行があるから、その町からは馬車を乗り継いで旅をすることができる。
私はこれから始まる旅のことを思い、少しウキウキとしながら、トレスの町へと続く街道を進んでいった。
やがて、夕闇が迫るころ。
トレスの町に到着する。
私は急いで門をくぐり、まずは適当な宿を探した。
幸い風呂付の少しいい宿に空きがあったので、そこに宿をとる。
部屋に入るとさっそく旅装を解いて風呂の準備を始めた。
さっと汗と埃を流し、風魔法でまずはチッチを乾かしてあげてから自分の髪を乾かす。
そして私は楽な服装に着替えると、さっそく今日の晩ご飯を食べに夜の町へと繰り出していった。
小さな町のことで、食事ができるところの数は限られている。
少し迷ったが、せっかくなのでお酒も飲もうと思い、ギルドに併設された酒場に行くことにした。
ちなみに、私もお酒を飲めば酔う。
しかし、一般的にみればかなりの酒豪に分類されるだろうという程度に強くなってしまったのはおそらくこの体が人間とは違う構造になっているからだろう。
そんなどうでもいいことを考えつつ、私はギルドに併設されている酒場の扉をくぐった。
「ひとりだけどいい?」
と、たまたま近くにいた店員に聞くと私の肩でチッチが、
「チチッ!」
と抗議の声を上げる。
私はちょっと苦笑いしながら、もう一度、
「ひとりと一匹だけどいい?」
と問い直した。
「ははは。あいよ。あっちの隅の席にどうぞ」
と言ってくれる給仕係のお姉さんの案内で酒場の隅っこの席に向かい、
「とりあえず、エールをちょうだい。大き目のジョッキがいいわ」
と注文を出しながら座る。
そして、
「あいよ!」
と元気に返事をして下がっていくお姉さんを見送ると私は壁に掛けられている品書きをざっと眺めた。
(やっぱり定番のピザは外せないわね。あとは豆と蒸し鶏のサラダにしようかしら。あ。揚げ芋があるからそれも頼みましょう)
とウキウキしながら注文を考えているとそこへさっそく、
「おまちです!」
と言ってお姉さんが大きなジョッキを持ってきてくれた。
「ありがとう。注文をいい?」
「どうぞ」
「ピザと揚げ芋。それからあの豆と蒸し鶏のサラダをちょうだい」
「はい。ピザは結構大きいですけど大丈夫ですか?」
「ええ。こう見えてけっこう食べるの」
「ははは。了解です。食べきれないときはお包みしますから言ってくださいね」
「ありがとう」
と注文を出し、さっそく大きなジョッキを傾ける。
ゴクゴクとぬるいエールを喉に流し込み、
「ぷっはぁ……」
と息を漏らした。
(うーん。氷魔法で冷やしたいところだけど、さすがにここじゃ遠慮しておいたほうがいいわよね)
と少し残念に思いつつ、またジョッキを傾けながら食事が来るのを待つ。
すると間もなくしてまずは豆と蒸し鶏のサラダがやってきた。
「チチッ!」
と鳴くチッチに、
「うふふ。美味しそうね」
と言いながら豆を取って食べさせてあげる。
私もさっそくフォークを取ってもしゃもしゃとサラダを食べ始めた。
(やっぱり森で採れる新鮮な野菜とは比べ物にならないわね……)
と思いつつも、久しぶりに大勢の人に囲まれて食べる食事にどこか浮かれたような気持ちで楽しく食事を進めていく。
そして、予想以上に大きかったピザに少したじろいだりしつつも、追加でどんどんエールを飲み、ちょっといい気分になってチッチをからかったりしながら楽しく食事を終えた。




