閑話 ナッシュとものづくりの日々
ナッシュがうちに来て、一年と少しが経つ。
二人で暮らすことはいつの間にか私の日常になっていた。
そんなナッシュに錬金窯を与えてみる。
初めて錬金窯をみたナッシュは、興奮した様子で、
「これどうやって使うんですか?」
とか、
「ああ、なにから作ろうかしら?」
と目を輝かせながら矢継ぎ早に言葉を並べ、大はしゃぎしてくれた。
そんなナッシュに軽く苦笑いを浮かべつつ、
「最初は簡単な素材の加工からやってみましょう。形も簡単な方がいいわね。最初からあまり欲張ってはだめよ」
と一応注意を促しておいた。
「はーい」
と、にこやかに笑いながら、子供みたいな返事をするナッシュにさっそく錬金の基本を教える。
まず私が手本としてオークの牙からペーパーナイフを作ってみせると、ナッシュはすぐにその課題を達成してみせた。
その時の喜びようはそうとうなもので、ナッシュは、
「あはは! なんだか図工の授業みたいで面白いです!」
と、また私の知らない単語を持ち出して喜びをあらわにする。
私もその笑顔を嬉しく思いつつ、
「じゃあ、次は金属ね。なにか希望はある?」
と聞いてみた。
その問いにナッシュは少し考え、
「うーん……。薄い刃物に加工するのに向いている金属はどんなものがありますか?」
と質問してくる。
私は、
(はて。何を作ろうとしているのかしら? もしかしてハサミかしらね?)
と思いつつ、
「そうね。ニッカ鉱と青水晶を合成したものなんてどうかしら? 強度はそこまで高くないけど、しなやかで日常使いにはちょうどいいと思うわよ」
と答えた。
「わかりました。じゃあ、さっそく教えてください!」
と少し鼻息荒い感じで、言ってくるナッシュにまずは素材の合成を教える。
ナッシュは意外と魔力を持っていかれる感覚に驚いて最初は失敗してしまったが、二回目で無事素材の合成を成功させてみせた。
「あとはさっきと同じ要領で形を決めて魔力を流すの。形が複雑になるぶん、設計の魔法陣も複雑になるから、がんばって描いてみて」
と声を掛け、ナッシュが設計の魔法陣を描く様子を見守る。
どうやら、ナッシュはハサミを作るのではなさそうだ。
(なんだか変な形を描いているけど、なにを作っているのかしら? ……とりあえず一度やらせてみて、それから悪い点を修正していく感じがいいわね)
と思いながら見ていたが、ナッシュはウキウキと、それこそ鼻歌を歌い出さんばかりの明るい笑顔で、作業を進め、設計の魔法陣を完成させてしまった。
それを見て、
「不思議な形ね。いったい何を作るの?」
と我慢できずに訊ねる。
するとナッシュは、
「ふっふっふ。まだナイショです!」
と、わざとらしく不敵な笑みを浮かべてみせた。
「あらあら。それは楽しみね」
と苦笑いで応え、ナッシュの作業を見守る。
そんな私の目の前でナッシュは先ほどよりも集中し錬金窯に魔力を注ぎ込み始めた。
やがて、錬金が終わる。
出来上がったものを取りだして眺めるナッシュの顔は満足そうにしているからきっと本人的には成功したと思っているのだろう。
私はまだ不思議に思いながら、
「どう? 上手くいった?」
と聞いてみた。
そんな私にナッシュはニッコリ笑いながら、
「はい! あとはこれを魔道具に組み込みたいんですけど、マスター、協力してもらえますか?」
と聞いてくる。
私は、
(いったい何を作るのかしら?)
と思いつつも、
「ええ。いいわよ。今日はとことん付き合うわ」
と笑顔で答え、ナッシュが手にする四方に湾曲した刃が飛び出す、まるで風車のような形をした不思議な物体を見つめた。
それから、ナッシュと一緒になってその刃を回転させるための魔導機構を作製する。
そこでようやく私にもナッシュがやりたいことの全体像が見えてきた。
(しかし、こんなものを作ってなにになるのかしら? おもちゃにしては物騒だし……)
と思いつつナッシュに乞われるまま技術を教え材料を提供していく。
そして、ついにナッシュが最後の錬金を行い、
「できました!」
と喜びの声を上げたが、私にはそれがなんなのかさっぱりわからなかった。
「ふっふっふ。マスター。これはフードプロセッサーです!」
とナッシュは自慢げに話すが、意味が分からない。
私が「え?」というような感じで、きょとんとした顔をしていると、ナッシュは、
「これは、野菜をみじん切りにしたりお肉をペースト状になるまで撹拌したりすることができる機械なんです。きっとこれまでよりずっと作業が楽になるはずです!」
と胸を張りながらその魔道具の使用用途を教えてくれた。
その後、さっそく台所に移り、その魔道具を試してみる。
ナッシュの言う通り、あっと言う間にみじん切りになったタマネギを見て私は、
「すごいわね……」
と感嘆の言葉を漏らした。
「えへへ。これで少しはマスターの負担を減らせますか?」
と聞いてくるナッシュの言葉を聞いて、私は、
(ああ、この子はやっぱり優しい子なのね。こうして誰かのことを思って道具を作れるのだから……)
と感動し、心の底から微笑ましい気持ちで、
「ええ。ありがとう、ナッシュ」
と満面の笑顔で答えた。
それからナッシュに刺激を受けた私は、ナッシュと一緒になって様々な物を生み出していくことになる。
掃除機という埃を吸い取る魔道具や勝手に洗濯をしてくれる洗濯機などの便利な魔道具がたくさんできた。
目下の課題はそれらの魔力効率が非常に悪いこと。
魔石を食い過ぎるのでとこしえの森のように気軽に魔石を手に入れられる環境じゃないとまず実用化はできないだろう。
しかし、基礎理論は完成したのだから、もしかしたら後の世で誰かがそれを改善してくれるかもしれない。
そんな期待を持ちながら、私はナッシュが示してくれる未知の世界に挑戦する日々を送る。
そして、私とナッシュは次々とこの世界に新しい可能性の種を蒔いていった。
そして私は今日も快適な温度に保たれた過ごしやすい部屋で研究に打ち込んでいる。
ナッシュ曰く、この世界の下着は着け心地が悪く機能性が低いそうだから、目先の目標はそれだ。
(肌ざわりがいいと素材となると、普通は絹ね。でも、それじゃ面白くないし、とびっきりの素材を用意してたまにはナッシュを驚かせてやりたいわ。うふふ。じゃあ、ナッシュも連れて蜘蛛を討伐にいきましょうか。たしか、ナッシュはまだグランスパイダーを見たことがないから、きっと驚くわよ)
と、ちょっとしたいたずら心を持ちつつ、研究室代わりにしている離れを出て、庭掃除をしているナッシュに、
「ねぇ。ナッシュ。明日からちょっと森に行ってみない?」
と声を掛けた。
「はい! よろこんで!」
と嬉しそうに言ってくるナッシュを微笑ましく見つめる。
そして私は、
(さて。ナッシュは驚いてくれるかしら?)
と思いながら、
「じゃあ、さっそく準備に取り掛かりましょう」
と明るく宣言し、ナッシュと一緒に母屋へと入っていった。




