自分なりの道02
とりあえずタニアから苦笑いで下着を返してもらい、服を着る。
そんな私の横でタニアが、
「スパイダーシルクなんて高級品を下着にするなんて、ナッシュのお師匠さんはどこかの王族かなにかだったの?」
と聞いてきたので、私は、
(うーん。スパイダーシルクっていってもとこしえも森に住んでる大蜘蛛のやつだけどね……)
と思いながら、笑顔で、
「師匠曰く、『自分でとればタダ』ってことらしいわね」
と自分のことは棚に上げ、マスターがよほど変わり者だったというようなニュアンスでそんな言葉を返した。
「……すごい人もいたものね」
と感心するタニアに、
「あはは……。それより、ご飯にしない? そろそろチッチのお腹が限界みたいなの」
と今度はチッチをだしに使って話を変える。
するとタニアはどこか呆れたような苦笑いで軽くため息を吐きつつ、
「そうね。じゃあ、私もちゃちゃっとお風呂を済ませてくるから、もう少しだけ待っててちょうだい」
と言い、自室へ戻っていった。
「チチッ!」
と、少し抗議めいた視線を送ってくるチッチに、
「あはは……。ごめん、ごめん」
と軽く謝りつつ、水差しに入れてあった水を飲む。
そして、
(今にして思えば、あの当時はいろいろやらかしたわねぇ……)
と思いながら、遠くを見るような目でぼんやりマスターとの思い出に浸った。
やがて扉が叩かれ、
「お待たせ。行きましょうか」
とタニアが声を掛けてきたので、さっそくチッチを肩に乗せ、部屋を出る。
「この町に来たらとりあえず、カレーは外せないわね。タラントっていう河口付近でとれる白身魚を使ったカレーが絶品なの。あ、辛いのは平気?」
と聞いてくるタニアに、私たちは、
「もちろん!」
「チチッ!」
と元気よく返事をし、タニアおススメだというカレー店へと向かっていった。
しばらく通りを進み、
「ここよ。いい感じでしょ」
と少し自慢げに言うタニアに続いて、やや年季の入った扉をくぐる。
するとその瞬間、香辛料のいい香りがふわりと漂ってきた。
これでもかというほど食欲を掻き立てられつつ席に着く。
「タラントのカレー二つね」
と注文するタニアに続き、
「あ。私はエールも!」
と追加で注文を出す。
するとタニアも、
「あ、じゃあ私も。エール二つで!」
と私に付き合ってエールを注文してくれた。
「お酒好きなの?」
と聞く私に、タニアは少し苦笑いしながら、
「嗜む程度よ」
と答えてくる。
その言い方と表情を見て私は、
(あ。この人飲める人だ)
と直感的にそう思った。
やがてやってきたジョッキを合わせ、
「乾杯!」
と声を上げる。
私もタニアもぐいっとエールを流し込み、
「ぷっはぁ……」
と遠慮なく息を漏らした。
「うふふ」
と自然と笑みをこぼし合う。
そこからはこれまでの旅の話なんかをし始めた。
私がエチレワインやブルーチーズことポルカの話をすると、タニアは、
「あははっ! もしかしてナッシュって食いしん坊さん?」
と言って笑う。
私は、
「そんなことないわよ」
と否定したが、そんな私を見てタニアは「うふふ」とどこか微笑ましいような笑顔を浮かべていた。
そこへお待ちかねのカレーがやってくる。
それを見た瞬間私は、思わず目を見開いてしまった。
「どう? すごいでしょ?」
と得意げに言うタニアに、
「ええ。驚いたわ。魚の頭が丸々ひとつ入っているのね……」
と見たものそのままの感想を伝える。
「うふふ。これがけっこういい味だすのよ。さ。冷めないうちに食べましょう」
と言うタニアに、
「ええ!」
と笑顔でうなずき、私はさっそくその魚の頭が入ったカレーを口にした。
(美味っ! ……ああ、でも辛っ。ものすごいうま味と辛味が口の中でもみくちゃになってる感じがするわ。でも、それが全然、嫌じゃない。むしろ美味さと辛さが混然一体となってお互いの良さを引き立て合おうとしている感じがする。例えるなら若手の剛速球投手とベテランキャッチャーの最強バッテリーって感じね。唸るような辛さの剛速球を包容力たっぷりのうま味というキャッチャーミットが上手く包み込んでいる感じがするわ。これはもう完全試合間違いなしの美味しさね)
と、わけのわからない前世の記憶を持ち出すほどの衝撃を受ける。
そんな私に、タニアはまた得意げな顔で、
「頭にけっこう身が付いてるから、細かくほぐして食べるとさらに美味しいわよ」
と教えてくれた。
言われた通り頭についた身をほぐし、チャパティのような薄焼きのパンにのせて食べてみる。
すると私の頭の中に、
(ストライクッ! バッター、アウト!)
という球審の高らかな声が響き渡った。
すかさずエールを流し込み、至福の時を味わう。
そんな私にチッチが、
「チチッ!」
と、いつもより強めに鳴いてカレーを要求してきた。
「辛いから気を付けてね」
と言いつつチッチにもほぐした身パンにのせて食べさせてあげる。
食べた瞬間チッチは、
「チチッ!」
と驚きの声を上げ、全身の毛をぶわっと逆立てた。
「あはは。大丈夫?」
と言いつつ水の入ったコップを差し出してあげる。
チッチは勢いよくコップに顔を突っ込み、ぴちゃぴちゃと水を飲んでから、
「チチッ!」
と鳴いて、お替わりを要求してきた。
「あははっ! チッチちゃんも気に入ったみたいね」
とタニアが笑う。
そこから私たちは額に汗しつつ夢中でカレーを口に運んだ。
「いやぁ。美味しかったわ」
「チチッ!」
「うふふ。でしょ?」
と三人とも大満足で食事を終える。
その後、私たちはシナモンみたいな香辛料の香りが効いたミルクティーを飲み、ゆっくりと舌を休めてから宿へと帰っていった。
宿の部屋に入り、窓を開け夜風に当たる。
汗は引いていたが、体には胃を中心にまだぽかぽかした感覚がまだしっかりと残っていた。
私はなんとなくふんわりとした満月を見つめ、またマスターと過ごした日々のことを思い出した。
(あの頃は楽しかったな。いつも驚きの連続だった。初めて魔法を使った時の衝撃は今でもよく覚えてるし、初めて魔道具を自分の力で作った時はすっごく感動しっけ。その横にはいつもマスターがついていてくれて、優しく微笑んでいてくれた。これから私がどうなるのかわからないけど、私はチッチをマスターが私にそうしてくれたみたいにうまく導いてあげられるのかしら?)
と思いながら私の肩で幸せそうに「ぐでぇ」としているチッチを眺める。
するとチッチはチラリと私の方を見て、
「チチッ!」
と笑った。
きっと、「美味しかったね!」と言ったのだろう。
私はそんなチッチを優しく撫でてあげながら、
「うん。美味しかったね。また食べにこようね」
と言って微笑んだ。
「チチッ!」
と嬉しそうに鳴き、私に甘えてくるチッチをあやすように撫でてあげる。
するとチッチは気持ちよさそうに目を閉じ、あっと言う間に眠ってしまった。
(うふふ。可愛いわね)
と思って目を細める。
そして、ふと、
(そうね。きっと私はマスターみたいに上手にはできないわね。私がチッチにしてあげられることはいつも一緒にいて笑ってあげることだけだもの。いっしょに食べていっしょに寝て、いっしょにいろんな所にいっていろんな経験をしてあげればいいんだわ。そうよ。うまくやろうなんて考えちゃだめ。いっしょに楽しむの。きっとそれが私なりのやり方なんだわ……)
ということに思い至った。
そう思うと自然と肩の力が抜けてくる。
私は私の肩で気持ちよく眠るチッチをもう一度優しく撫でてあげてから、起こさないようにそっとベッドに連れていってあげた。
翌朝。
「本当に乗っていかなくていいの? 私は一緒で構わないけど」
と言ってくれるタニアに、
「うん。この先はゆっくりいろんな所をみながら進んでいきたいの」
と答え、笑顔で別れる。
そして私はいつものように私の肩で、
「チチッ!」
と、まるで「さあ、行こう!」というような感じで元気に鳴くチッチと一緒にユルトの町の門へと向かっていった。
私はもう一度、
(私は私。私は私なりのやり方で私の道を進んでいこう。チッチと一緒にこの世界を楽しんでいれば、きっと面白い人生になるわ。私がどんな存在でこの先どうなるかなんてわからないけど、きっと大丈夫よ。だって私もチッチも今、こんなに楽しいんですもの)
と昨日の夜と同じようなことを考えて心の中でそうつぶやく。
そんな私たちの目の前にはただただ青い空の下、のびやかに続く真っすぐな道が見えていた。




