閑話 家族の始まり
チッチがやってきて、五日ほどが経つ。
チッチはすっかり我が家に慣れ、今では普通のペットと化していた。
朝。
「おはよう。今日は豆ごはんを炊いたのよ」
「チチッ?」
「うふふ。そうね。チッチは初めてだったわね。美味しいわよ?」
「チチッ!」
というようなやり取りをするのももう我が家の恒例になっている。
どうやらチッチは少し甘えん坊な性格らしく、常に私かナッシュのそばにいて離れようとはしなかった。
そんなチッチを加えた我が家はますます楽しさを増していく。
今日もいつものようにみんなで朝食の席を囲みながら、
「さて。今日は何をしましょうか?」
「うーん。魔法や剣の稽古もいいですし、なにか新しい道具を作るのもよさそうですね。あとは畑のお世話もあるし、本も読んでみたいから……。うーん、やりたいことが盛りだくさんです!」
「うふふ。ナッシュは本当に好奇心旺盛ね」
「あはは。知らない世界で知らないことをたくさん学べるって思うとなんだかウキウキしちゃうんですよねぇ」
「うふふ。じゃあ今日から何日か森に入ってみる? ナッシュがまだ行ったことのない場所を教えてあげるわ」
「本当ですか!? やった! 楽しみです!」
「じゃあ、みんなでお出かけすることに決まりね」
「はい!」
「チチッ!」
と会話をして今日の予定を決める。
出掛けると決まったとたん、ナッシュとチッチは競うように急いでご飯をかき込み始めた。
そんな子供みたいな二人を、
「ほらほら。ご飯はゆっくり味わって食べないとだめよ? 安心なさい。森は逃げないわ」
と苦笑いで窘める。
そんな私に、
「はーい」
「チチッ!」
と返事をしてくるナッシュとチッチを微笑ましく思いながら、私もいそいそとご飯を口に運び始めた。
準備を整えウズウズした様子のナッシュと一緒に空を飛ぶ。
チッチはナッシュのジャケットの胸元に入っているのが一番落ち着くらしく、襟元から顔だけを出し、
「チチッ!」
と楽しそうに鳴いていた。
その光景を見て、
(帰ったら、ローブの内側に大きめのポケットを付けてあげましょうか。その方が高速で飛ぶときは安全よね)
と思いながら目的地を目指しのんびり飛んでいく。
やがて、お昼を少しだけ過ぎたころ。
「まずはお昼にしましょう」
と声を掛け、森の中に開けた小さな草地へと下りていった。
着陸するやいなや、
「今日のお昼はなんですか?」
と聞いてくるナッシュに軽く苦笑いしつつ、
「鴨のサンドイッチとお野菜とチーズのマリネよ。鴨のサンドイッチにはカラシマヨネーズをたっぷり塗ったし、デザートにあんみつも用意したわ」
と今日の献立を教えてあげる。
「やった! マスターのあんこ大好きです!」
と喜ぶナッシュに、
「あら。あんこもマヨネーズも、作り方を教えてくれたのはナッシュじゃない」
と苦笑いでそう返すと、ナッシュは、
「マスターが作ると私の何倍も美味しくなるんです! やっぱりマスターは料理名人なんですね」
と本当に子供のように無邪気に笑ってそう答えてきた。
「うふふ。ナッシュは本当に食いしん坊さんね」
「チチッ!」
「えー。チッチには負けるわよ」
「チチッ!」
と、じゃれ合うように会話しながら敷物を敷き、お弁当を広げる。
そして、準備が整うとすぐ、
「いっただっきまーす!」
「チチッ!」
と言ってサンドイッチにかじりつく二人を微笑ましく見つめながら、私もナッシュが教えてくれたマヨネーズなる新しい調味料がたっぷり塗られたサンドイッチにぱくりとかじりついた。
楽しい昼食を終え、再び空に舞い上がる。
数時間飛ぶと、わりと開けた林のような場所が見えてきた。
「あの辺りよ」
と声を掛け、高度を落としていく。
目的地に近づくとナッシュが、
「もしかして、クルミですか!?」
と嬉しそうな目をこちらに向けながらそう聞いてきた。
「ええ。いつものところと違ってここのクルミは大きくて実がぎっしりしてるから美味しいのよ」
と答えるとナッシュが、
「やった! 私マスターのクルミタルト大好きなんです! あと、クルミジャムも!」
と、また子供のようなことを言う。
そして、ナッシュは、
「チチッ?」
と小首をかしげているチッチに向かって、
「あのね。これからクルミっていう木の実を採るのよ。そしたらマスターがそれを使って美味しいタルトやジャムを作ってくれるわ」
と、どこか自慢げに教え始めた。
嬉しそうに、
「チチッ!」
と鳴くチッチに、ナッシュが、私のタルトやジャムがいかに美味しいかという説明を始める。
私はそれを聞いてなんとなく気恥ずかしいような感じになったが、同時に二人のなんとも楽しそうな笑顔を見て、心から幸せな気持ちになった。
(うふふ。頑張って美味しいお菓子を作らなくっちゃいけないわね)
と微笑みながらクルミ林に下りていく。
それからは楽しいクルミ拾いの時間になった。
「チチッ!」
「あら。立派なのを拾ってきたわね。ありがとう。とっても上手よ」
「あはは。チッチはクルミ拾い名人だね!」
「チチッ!」
と、なんともきゃぴきゃぴした会話をしながらせっせとクルミを拾う。
そして、夕暮れが迫ってきたところで、その日の作業はいったん終了となった。
「続きは明日にしましょう。明日はクルミ拾いのあとちょっと奥にいってムシカとケッポを採りますからね」
と告げて野営の準備に取り掛かる。
「そう言えば、チッチは初めての野営だね。怖くない?」
「チチッ!」
「あはは。そうだよね。チッチは森の子だったね」
「チチッ!」
と話しているナッシュとチッチはまるで仲の良い姉妹のようで、そんな二人の様子を微笑ましくみながら、私は、テキパキと夕食の準備を整えていった。
やがて準備が整い夕食になる。
ナッシュは熱々のポトフを「ふーふー」しながらチッチにも食べさせてあげ、
「どう? 美味しい?」
と、まるで母親のようなことを言っていた。
それにチッチも、
「チチッ!」
と、まるで子供のような無邪気な顔で返事をする。
その様子はまるで本物の親子の様で、私は、
(仲良し姉妹のような親子って感じかしら? とっても素敵な関係よね)
と、どこか羨ましいような感じでその光景を見つめた。
ふと亡き母のことを思い出す。
母はとにかく優しい人だった。
私はそんな優しく強い母に憧れて魔導師を志し、人生の全てを魔導技術に捧げることになる。
しかし、憧れていた魔導技術の世界は昇り詰めれば昇り詰めるほど、思い描いていた楽しい世界とはかけ離れていった。
外交、軍事、時には内輪揉めにまで利用され、人類共通の財産であるはずの素晴らしい発明が一部の限られた人間の便利な道具になっていく様を忸怩たる思いで見つめる日々が続く。
それでも、私は魔導技術の可能性を捨てることが出来なかった。
(いつかは変わる。きっと世界は良くなるはずだ)
と思ってさらに研究に没頭しては打ちのめされるという日々。
今にして思えばもっと上手く出来ることもあっただろうが、その当時の私はとにかく毎日必死になって生きていたのを今でも時々思い返す。
そしてそんな日々を我慢できなくなった私はついにそんな世界から逃げ出してしまった。
そんな過去を思い出しながら、
(この子たちをそんな目に合わせてはいけない……)
と密かに決意する。
私の横でナッシュとチッチは美味しそうにご飯を食べ、笑っている。
そんな二人を微笑ましく眺めていると、不意にナッシュが、
「マスターの料理ってまさしくおふくろの味って感じがするんですよね。どう頑張っても真似できないっていうか、私には越えられない壁って感じがするんですよね」
と、つぶやくようにそう問いかけてきた。
そんなナッシュに、
「うふふ。私はただ、小さいころ母がやっていたことをそのままやっているだけ。特別なことは何もしてないわ」
と答える。
するとナッシュは、
「じゃあ、この味はマスターのお母さん直伝の味なんですね」
と嬉しそうな顔でそう言ってきた。
「うふふ。そうね。料理そのものは直伝でもなんでもないけど、基本はそう。食べる人のことを思って、その人が笑顔で楽しく食べてくれることを願っていつも作っているの。だからまるで母のような味だと感じられるのかもしれないわね」
と言う私に、ナッシュはどこか感心したような、しかしてとても嬉しそうな顔で、
「じゃあ、これからは私もマスターとチッチの笑顔を思い浮かべながらお料理しますね。だから、これからもいっぱい笑顔を生む秘訣を教えてください」
と言ってきた。
そんな真っすぐな言葉に少し照れつつも、
「ええ。たくさん教えてあげる。そうね。帰ったらまずクルミタルトの作り方から指導しましょうか」
と答えナッシュにニコリと微笑んで見せる。
そんな言葉に、
「やった! 帰ったらマスターのクルミタルトが食べられるわよ!」
「チチッ!」
と子供のような笑顔を見せる二人をみて、私は、
(私は本当にいい子たちに巡り会えたわ……)
と心の底からそう思い、神がいるかどうかわからない星空に向かって、
(ありがとう)
と一言だけ礼を言った。




