海04
「あらあら、まぁまぁ……」
と驚きつつお茶を出してくれるシスターに、
「冒険中にもらったの。荷物になっちゃって困るからもらってくれると嬉しいわ」
と言うとシスターは、かなり遠慮がちな顔をしつつも、
「ありがとうございます。ナッシュさんに神のご加護があらんことを」
と祈りの言葉を述べつつベーコンとチーズを大事そうに受け取ってくれた。
「お肉っ!」
と一番小さな子が叫ぶと、他の子もそれに倣って、
「お肉おっきいね!」
「うん。すっごく美味しそう!」
「それにチーズもある!」
「そうね。すごいわね」
と感嘆の言葉を述べる。
そんな子供達に向かってシスターが、
「ほら。みんなもナッシュさんにお礼を言いなさい」
と言うと、みんなハッとしたような感じで私の方を向き、
「ありがとうございます!」
と明るい笑顔でお礼を言ってきてくれた。
「いいえ。どういたしまして」
と、こちらも笑顔で応じる。
そして、そこからしばらくはお茶を飲みながら、子供達の質問攻めにあうことになった。
「ねぇねぇ。ナッシュお姉ちゃんはどこからきたの?」
「冒険者ってどんなお仕事?」
「北の国はお肉がたくさんとれるってほんと?」
「向こうではどんな洋服が流行ってるの?」
「雪ってどんな感じのものなんですか?」
という様々な質問に一つ一つ丁寧に答えていく。
そうしているうちにあっと言う間にお昼近くになってしまった。
「おもたせですが、よかったらお昼一緒に食べていってください」
と言ってくれるシスターに、遠慮しつつも子供達とまた話をしながらお昼ご飯を待つ。
するとしばらくしてなんとも言えない甘くて香ばしい匂いが漂ってきた。
(ああ、これは……)
と思っていると一番小さい女の子が、
「ピザ? ピザなの?」
と、はしゃぎ始める。
その声にシスターが、
「うふふ。今日はお肉もチーズもたくさん載っているから特別に美味しいわよ」
と応え、子供たちがわっと歓声を上げた。
「へへっ。よかったな」
と言いつつニルスも妹たちと一緒に嬉しそうな顔をしている。
そんな笑顔を見た私の胸の中は純粋な嬉しさだけで満たされていった。
やがて始まった楽しいピザパーティーは笑顔だけが溢れ楽しく過ぎていく。
私はひとり、
(この子たちの笑顔が取り戻せたんだ……。ちょっとだけ頑張ってよかったわ)
と思いつつ、心の底から楽しそうにピザを頬張る子供達を見つめた。
やがて、ニスルの家を辞する。
一番下の子が泣いてしまったので、私は、
「今度はもっと大きなお肉を持ってまた遊びにくるわね」
と少しの嘘を交えた慰めの言葉を掛けた。
本当にまた会いにきたいと思ったことは嘘じゃない。
でも、きっとその願いは叶わないだろう。
そう思うと、
(私ってこの世界にとってどういう存在なのかしらね……)
という複雑な思いが込み上げてくる。
そんな私の足に縋りついて、
「絶対よ。絶対に約束だからね!」
と言う小さな女の子の頭を優しく撫でてやりながら私は、
「ええ。きっとよ」
と微笑むと後ろ髪を引かれる思いでニルスと一緒に町へと戻っていった。
「ありがとうな。おかげで久しぶりに妹たちの幸せそうな顔が見られたぜ」
と嬉しそうに礼を言ってくるニルスの案内で町の中を軽く散策する。
その昔、クラーケンという幻の魔獣が出た時に削られたという伝説が残る岩場やそれを討伐したという勇者の像、それに古くからあるという石造りの堅牢な灯台なんかを案内してもらった。
ひとしきり見物を終え、町中に戻ってくる。
「ここは貝類を豊富に取り扱ってる店で、干物も抜群に美味いぜ」
とか、
「あっちの店は乾物の卸問屋だけど朝は地元の客相手に揚げたての練り物を売ってるんだ」
と言うような案内を聞きつつ、最後に、この町で一番美味い魚料理を出すという店を教えてもらった。
「新鮮な魚が食いたいならここが一番だぜ。安心しな。安くて美味いので評判なところだから、懐も痛まねぇ。まぁ、食い過ぎれば別だけどよ」
と笑いながらいうニルスに礼を言い、その店の場所を覚えていったん宿に戻る。
そして、私はさっとお風呂を済ませるとウキウキしながらその店へと向かっていった。
「らっしゃい!」
という威勢のいい声に、
「とりあえずエールね!」
と、こちらも負けずに応えて適当な席に座る。
壁に掛かれた品書きを見ると、いろいろな種類の魚の名前が書いてあり、中には「珍味・エッシェの肝」なる聞いたこともないものまであった。
(なにかしら? 気になるわね……)
と思いつつ、
「へい。エールおまち! ご注文はどうしやしょう?」
と言ってくる店員に、
「えっと。おススメの刺身を三種類くらい盛り合わせでもらえる? あとイカ焼きももらおうかしら。……ちなみに、あの『エッシェの肝』ってなに?」
と注文を出しつつ謎の「エッシェの肝」について訊ねる。
すると店員はニカッと笑って、
「エッシェっていうのは、この辺りの海底にいる変な魚で、ぎょろっとした目にぬるぬるの体をしていて、見た目はちょいと気持ち悪いんですが、なかなか美味しい魚ですよ。特に肝は濃厚で癖になる味なんです。酒にもばっちり合いますよ。どうです? いってみますか?」
とエッシェなる魚の特徴を教えてくれた。
私は想像がつくようなつかないような微妙な気持ちになりつつも、
「そうね。ものは試しっていうし、それもちょうだい」
と思い切って注文する。
そして、
(さて。どんなのがくるのかしら?)
とウキウキしながらエールのジョッキを傾けた。
やがて、やってきたアジ、タイ、カンパチっぽい魚の刺身を食べつつ飲み物を焼酎に切り替える。
するとそこへ、
「へい。おまち! イカ焼きとエッシェの肝っすね」
と言って店員が料理を運んできてくれた。
「ありがとう。あ、焼酎の水割りお替りね」
と言いつつ、まずは気になっていたエッシェの肝を眺める。
それは少し橙色が混ざった肌色をしており、いかにも酒飲みが好きそうな見た目をしていた。
(え? もしかして……)
と思いつつ、口に運んでみる。
すると、私の口の中に一瞬で濃厚かつ独特のうま味と磯の香が広がった。
(あん肝!)
と思わず叫ぶ。
そして、反射的に焼酎をくいっと飲んで私は、
「かぁ……」
と小さく唸ってしまった。
そこへ、店員がお替りの焼酎を持ってきて、
「へい。お替わりおまち! どうでしたかい?」
と笑顔で訊ねてくる。
私は即座に、
「ねぇ。もしかしてこのエッシェって魚、鍋にしたら美味しいんじゃないの?」
と訊ね返した。
「ええ。美味いですよ」
と言う店員に、すかさず、
「一人前でも頼める?」
と聞く。
すると店員はニカッと笑い、
「へい。かしこまりました」
と言うと、
「エッシェ鍋、一人前でいっちょう!」
とカウンターの向こうにある厨房に声を掛けながら下がっていった。
その後、チッチと一緒になって刺身とイカ焼きを堪能し、遠慮なく焼酎を飲む。
そしていよいよやってきたアンコウ鍋ことエッシェ鍋をつつき、
(これ! これよ、これ! これこそまさに海の幸の王様だわ!)
と感動しながら、チッチと一緒に幸せな時間を過ごした。
その後、〆のうどんをすすり、
(うーん。うどんも悪くないけど、やっぱりここは米が欲しかった……)
と、ほんの少しだけ残念な気持ちを抱きつつも、全体的には大満足で店を出る。
そして、ほんのりと火照った頬を夜風に当てて冷ましながら、ふわふわとした足取りで宿へと戻っていった。
翌日はとにかく市場で海産物を仕入れる。
買い過ぎて怪しまれないようにほんの少し買ってはこっそり収納し、また別の店に買いに行くという行動を繰り返した。
翌日。
トレスタの町に別れを告げる。
(さて、海岸沿いの町を巡ってもう少し海産物を仕入れたいわね。うふふ。帰ったら和食三昧よ!)
と思いつつ私は軽い足取りで街道を進んでいった。
潮風香る街道をのんびり進んでいく。
チッチはイカの干物がたいそう気に入ったらしく、時折、
「チチッ!」
と鳴いては私におやつを要求してきた。
「もう。あんまり食べ過ぎると夜ご飯が入らなくなるわよ」
と母親のようなことを言いつつ、小さくちぎったイカの干物を与えながら、楽しく歩き続ける。
(さて。次はどんな町でどんな人と出会えるのかしら?)
と思うとなんだか晴れやかな気持ちになった。
行く手にはただ青空が広がり白い雲がのんびりと漂っている。
(うふふ。楽しみね)
と心の中でつぶやき頬を緩めると、チッチも楽しそうに、
「チチッ!」
と鳴いた。
街道を忙しそうに行きかう行商人たちに抜かされながら次の町を目指す。
そんな私の心の中はただ爽快な気分だけで埋め尽くされていた。




