海02
「おーい。姐さん、こっちだぜ!」
「ごめん。待たせた?」
「いや。さっききたところさ。さっそく乗ってくんねぇ」
とお決まりの挨拶を交わし荷馬車に乗り込む。
いつもは荷物を満載にして帰るという事だったが、今回は私が乗っても十分なほど余裕があった。
「ナッシュの姐さんとチッチはどっからきたんだい?」
「ルクセリア王国の北の辺境からずっと一緒に旅をしてきてるわ」
「チチッ!」
「へぇ、そいつぁすげぇな! おいら、トリニシア王国までしか行ったことないけど、ルクセリア王国ってのはどんなところなんだい?」
「うーん。農業が盛んで食べ物は全般的に美味しいわね。特にお肉はいろんな種類が食べられるわ。あと森が多いからアリエスタ公国と違って木造の建物が多いのも特徴かな?」
「へぇ。そいつぁ羨ましいな。おいらの育ったトレスタの町は海辺だから肉やチーズなんて高くて滅多に食えないんだ。まぁ、うちが貧乏ってのもあるけどな」
「あら。そうなのね。たしか妹さんがいるって言ってたっけ?」
「ああ。十二から五つまで五人。基本的に姉ちゃんが面倒みてくれてるな」
「へぇ。ご両親は?」
「ん? ああ、おいらたちは擁護院育ちなんだ。だから姉ちゃんっていうのも元は擁護院にいて今はそこでシスターやってる姉ちゃんのことな。おいらは働きに出られる歳になったからこうして稼いで妹たちの飯代を稼いでるってわけよ」
「そっか。なんだか悪いことを聞いたわね」
「はっはっは! 気にしてねぇよ。なにせうちは兄妹みんな仲がいいし、毎日楽しいからな!」
と会話しながら順調に街道を進んでいく。
やがて、次の宿場町に到着したが、ニルスは、
「ちょっと頑張って次の村まで行くぜ。そっちの方が宿代が安いし、飯も美味いからな」
と言って、その町を素通りしていった。
(へぇ。けっこう旅慣れてるのね)
と感心しながら荷馬車に揺られる。
そして私たちは夕暮れが迫るころになってようやく目的の村に到着した。
「おいらが定宿にしてるとこでいいかい? たぶん空いてると思うからさ」
というニルスの案内で村の小さな宿に向かう。
ニルスの言った通り部屋は空いていたので、その日はその宿に泊まり、ニルスと一緒に宿の食堂でご飯を食べた。
(うん。素朴な味だけど、たしかに美味しいわね。やっぱり野菜が新鮮だと違うのかしら。それに、この干物から出た出汁もいい感じ。ああ、やっぱりお魚って美味しいわよねぇ。たくさん仕入れて、帰ったらさっそくおみそ汁を作らなくっちゃ)
と思いながらも美味しくいただく。
そこでもまたニルスにいろいろと聞かれ旅の話をしたが、それを聞いたニルスは、
「おいらももっと稼げるようになったらルクセリア王国まで行商に行ってみたいぜ。きっといろんな商品があるんだろうな……」
と目を輝かせていた。
そんな様子をみて、なんとなくニクセンの町で会ったジャックのことを思い出す。
(あの子、元気にしてるかしら?)
と思うとなんだか少し切ないような気持ちになった。
そんなちょっと切ない気持ちを持ちながらも部屋に戻りゆっくりと体を休める。
よほど魚が美味しかったのか、チッチはいつも以上に満足げな顔をして、
「チチィ……」
と声を漏らしながらベッドに大の字になってしまった。
「あらあら。お腹を冷やすといけないわよ」
と微笑みながらチッチに軽く布団を掛けてあげると、チッチはまた、
「チチィ……」
と眠たげな声を出し、やがてスースーと寝息を立て始める。
私はそんなチッチを起こしてしまわないよう、静かに寝る支度を整えると、お風呂でほかほかになった体をそっとベッドに横たえた。
翌朝からも旅が続く。
ニルスは相変わらず大きな宿場町を避けて通っているが、
「本当なら、宿場宿場で商品を仕入れながら帰るんだ。でも今はこんな状況だから仕入れの元手もねぇ。し、どの宿場でもたいした商品は扱ってないはずだ。残念だけど、仕方ねぇよな」
と少し愚痴をこぼした。
そんなニルスを心配して私は、
「そうね。早くなんとかなればいいけど……。ねぇ、もしどうにもならなかったらどうするつもりなの?」
と、ついつい老婆心なことを聞いてしまう。
するとニルスは意外にもニカッとした声で、
「そん時はそん時さ。なに、おいらは荷馬車があればどこでだって食っていける。妹たちはもう少し大きくなるまで町を離れられねぇかもしれねぇけど、町の人も助けてくれてるし、なんとかしてみせるよ。それが、大黒柱の役目ってもんだからな」
と明るくそう言ってきた。
そんな会話をしながら進むこと三日。
街道の分岐点に到着する。
「こっから東に三日も行けば魚の食える町に着くぜ。今の時期ならサンマが美味いはずだからたんまり食うといいよ」
と言ってくれるニルスに約束の大銀貨三枚を渡し、
「ええ。魚をたらふく食べたらトレスタの町にも寄るわ。その時は町の案内でもしてちょうだい」
と微笑みながら伝えて右手を差し出す。
「ははは。いいぜ。どうせ、商売にならなくて暇してるだろうからな。町の中心にある教会の脇が俺らの家だ。たいしてなにもない町だけど、美味い飯屋なら教えられるからいつでも遊びにきてくれ」
と応えてくれるニスルと握手を交わし、海沿いの街道をいったん東へと進み始めた。
やがて、夕闇が迫ろうかというなか、海辺の町を通りすぎ、街道の脇にある林の中へと入っていく。
そこで私は軽く夕食をとると、ブランケットに包まり少しの間体を休めた。
二、三時間も経っただろうか?
すっかり暗くなった林の中で目を開け、準備を整える。
余計な荷物は全て収納の魔道具の中にしまい込むと私は杖に跨り、ふわりと宙に浮いた。
(とりあえず様子見ね)
と思いながら海上を飛ぶ。
星灯りに照らされた静かな湾の上を飛んでいると、遠くに軍艦らしき船が数隻浮かんでいるのが見えた。
(あれが警戒線ってことか。ってことはもう少し先の方にいるってことね)
と思いつつ、湾の出口付近に向かって飛ぶ。
すると間もなくして海の中に大きな影を見つけた。
(うわっ……。想像以上にデカいわね……)
と、その二、三十メートルはあろうかという長細い影を見つめる。
すると、その影から一気に魔法の気配がして、無数の水の球が襲い掛かってきた。
「ぬわっ!」
と思わず声を出しながら慌てて避ける。
一瞬バランスを崩しそうになってしまったが、なんとか避けきることができた。
(ちょっと、危ないじゃない!)
と心の中で文句を言いつつ、お返しとばかりに背中の弓の魔道具を取って魔法の矢を撃ち込む。
すると相手も驚いたのか、影がぐにゃりと体をよじらせるように動き、避けるような動作を見せた。
(当たったのかしら?)
と思いつつ、さらに魔法の矢を撃ち込む。
すると、相手は怒ったらしく、ついに大きな水しぶきを上げ海上にその巨大な頭を出してきた。
(お。思ってたより上手くいったわね。じゃぁ、さっそく試してみましょうか)
と思い、さっそく光魔法を放つ。
私の手から出たバレーボールくらいの大きさの弱い光の球はまっすぐシーサーペントの顔面に向けて飛んでいき、私が、
(ここっ!)
と思ったところで「パンッ!」とはじけ、まるで閃光弾のように眩すぎるほど眩い光を放った。
「ギャオォッ!」
とシーサーペントが恐ろしい悲鳴を上げる。
私は心の中で、
(よっしゃ! 成功!)
と喜びの声を上げつつもすかさず攻撃に移り、光魔法で明るく照らされたシーサーペントの首筋めがけて次々に風魔法を放っていった。
(さすがに硬いわね……)
と、なかなか落ちない首を面倒臭く思いつつ、ジタバタと体をくねらせ暴れるシーサーペントの周りを飛びながら、粘り強く魔法を放ち続ける。
しかし、そこでシーサーペントも負けじと水魔法でこちらを攻めてきた。
戦いは徐々に乱打戦の様相を呈し始める。
ものすごい勢いで飛んでくる水球をかわしつつ魔法を撃ち込み、相手が回復しそうになったらまた光魔法を撃ち込むという攻防を何度か続けていると、そのうちシーサーペントの動きが緩慢になり始めた。
(よっしゃ! もうちょい!)
と思いつつ、弓の魔道具に渾身の魔力を込める。
そして、最後の抵抗とばかりにシーサーペントが飛ばしてきた水球をギリギリでかわすと、私は、
(これで最後!)
と気合を込め、シーサーペントの額に特大の魔法の矢を撃ち込んだ。
「グギャァッ!」
と断末魔のような悲鳴を上げ、シーサーペントの頭が海に叩きつけられる。
「バッシャーンッ!」という音と共に、ものすごい量の水しぶきが上がった。
やがて沈黙が訪れる。
私は力なく海面に浮かぶシーサーペントが微動だにしないのを確認しつつも、
(さて。あれだけ派手にやったんだからさすがに気付かれちゃったわよね……)
と思って湾の内側の方を見つめた。
案の定何隻かの軍艦がこちらに近づいてきている。
私は、残った魔力を振り絞るように、全速力でその場から離脱していった。




