ブルーチーズとそのお礼01
「すっかりお世話になってしまいました。ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそ世話になりましたな」
「いえ。この先の道中どうかお気を付けて。けして無理はなさらないでください」
とギルベルト様と別れの挨拶を交わし「黒曜亭」を後にする。
ギルベルト様は用心のため、も一泊していかれるそうだ。
そのことに安堵しつつ町の門をくぐり、私は進路を東に取った。
なんでも、あのブルーチーズはトリニシア王国東側にある山の麓でしか作られていないらしい。
私はその情報とギルベルト様がしたためてくれた紹介状を胸に、
(うふふ。パスタもいいし、ピザもいいわね。あとはキッシュもいいし、オムレツもありか。ああ、そうだ。果物と合わせるっていう手もあるわね。帰ったらイチジクをとりにいかなくっちゃ)
と、いろんなレシピを思い浮かべながらウキウキと歩く。
そして、三日ほど歩いたところで、ようやくその村にたどり着いた。
「こんにちは。村長さんのお宅はどちらですか?」
と村の門で訊ね、貴族様の紹介状がある旨を伝える。
すると、門番というよりちょっとした受付係のようなおじいさんが、
「ああ、それならいっちょ案内するで、ついてきておくんなさい」
と言い、わざわざ村長宅まで案内すると申し出てくれた。
のんびりした田舎道を歩き、
「あれが、うちの村自慢の牛たちでさぁ。ちょいと飼うのに手間はかかりやがりますがね、その分いい乳を出すんでさぁ」
と目を細め、どこか自慢げに言うその老人の言葉を聞き、
(こういう大自然でのんびり育った牛からとれるミルクで作るからあんなにも美味しいチーズになるのね……)
と感心して牛たちを眺める。
「あと、この辺じゃ羊も盛んなんで、毛も肉もいいのが手に入りやすぜ」
と、また嬉しそうに言ってくる老人に、
「じゃあ、今夜はたっぷり味わわせてもらわなくちゃいけませんね。ちなみに宿はあるんですか?」
と聞くと、老人は苦笑いで、
「こんな田舎に宿はねぇでさぁ。紹介状があるんなら村長が泊めてくださりやすぜ」
と言ってきた。
それはなんだか申し訳ないからその辺で野営でもすると申し出る私に、老人は笑いながら、
「遠慮なんていらねぇべ。この村に仕入れにくる客はいつも村長んちに泊ってるから、ちゃんと客室が用意されてるんでさぁ」
と言ってくる。
私は、
(なるほど。村長宅が宿屋代わりってことなのね)
と納得しながら村長宅を目指した。
三十分以上歩き、村長宅に到着する。
「おーい。お客さんが来たぞー」
という呼びかけに、
「あーい。少々お待ちくださいなー」
というなんとものんびりした返事が来て、しばらく待っていると、家の奥からいそいそと老年の女性が、
「はいはい。お待たせしましたねぇ」
と言いながら出てきてくれた。
「初めまして。冒険者のナッシュです。こちらで美味しいチーズを作っていると聞いたので、少し買わせてもらいにきました。あ、エスコバル侯爵家の先代ギルベルト様の紹介状があります」
「あんれ。ギルベルト様はお元気だったですかね? もう、ずいぶんと村にお越しになっておられんが」
「ええ。お元気でしたよ。と言っても旅先で少し体調を崩しているところにたまたま私が通りかかってお薬をお渡ししたっていう縁でご紹介いただいたんですが」
「あんれ。それはそれは……。ギルベルト様にはよくしていただいたんで、心配ですわねぇ」
「ええ。でも、お薬を飲んだら落ち着かれたみたいなんで、大丈夫だと思いますよ」
「はぁ。それはよかった……。ああ、立ち話もなんですから、どうぞお上がりになってください」
と挨拶をしてさっそく村長宅に上がらせてもらう。
すると案内してくれた老人も一緒に家の中に入ってきた。
それに私が少し戸惑っていると、女性が老人に向かって、
「あんた。ちゃんと着替えて来てくださいな」
と声を掛ける。
すると、案内しれくれた老人は、
「あいよ」
と気軽に返事をして家の奥へと入っていった。
「えっと……?」
と女性に目で訊ねると女性は、
「あんれ。主人はちゃんと名乗らなかったですかねぇ?」
と不思議そうな顔で問い返してくる。
その言葉で私はどうやら、案内してくれた老人が村長だったらしいことに気が付くと、
(なんとものんびりした村ね)
と思いながら村長夫人だと思われる女性の案内でリビングへと向かった。
出された紅茶をいただきつつ、待っていると先ほどの老人がちょっとだけちゃんとした服に着替えてリビングに入ってくる。
そして、
「改めまして、ここジリス村で村長をさせてもらってるコールっちゅうもんでさぁ」
と、ちょっといたずらっぽい感じの顔で挨拶をしてくるコールさんに、
「改めて冒険者のナッシュです。よろしくお願いしますね」
と、こちらも苦笑いで応じる。
「そんで、チーズをご所望でしたなぁ」
と、さっそく用件に入るコールさんに、
「ええ。ギルベルト様にご馳走していただいて食べたんですが、とっても美味しかったので、是非買いたいと言ったら、生産している村に直接行かないと無理だって聞いたので紹介していただいて買いにきました。お譲りいただけますか?」
と訊ねると、コールさんはにっこり笑って、
「ええ。ちょうどいい感じに熟成したのがありやすから、二個くらいだったらお売りできまさぁ」
と快く応じてくれた。
「ありがとうございます」
「いいえぇ。この村のチーズを気に入ってもらえてうれしいかぎりでさぁ」
と言いつつ軽く握手を交わしそこで商談がまとまる。
私とコールさんはさっそくチーズを保管してあるという熟成室に向かった。
熟成室の中にはずらりと棚が並んでいて、そこにチーズが綺麗に並べられている。
コールさんはそれを私に見せながら、
「どうです。これが我が村自慢のポルカでさぁ」
と嬉しそうにそう言った。
「すごいですね。美味しそうな香りが充満してます」
「ええ。しかし、苦手なもんはとことん苦手だというから、もったいねぇ話でさぁ」
「たしかに。この香りがあってこそ、あの濃厚なうま味が引き立つんですけどねぇ」
「へへっ。ナッシュさんはわかってらっしゃる」
と会話をしつつ、
「お。このあたりなんてちょうどいい具合でさぁ。どうです?」
と言ってくれるコールさんに、
「ええ。じゃあ、それでお願いします」
と告げさっそく買わせてもらうチーズを決める。
するとコールさんは顔くらいの大きさのチーズをテキパキと布で包み、私に差し出してきてくれた。
「ありがとうございます」
「いんや。それより荷物にならんかね?」
「あ。大丈夫です。まだ背嚢には余裕がありますから」
「そうけぇ。ならいいが、悪くならんように気を付けてくだせぇ」
「ええ。なるべく早めにいただきますね」
と会話を交わし、また村長宅に戻る。
そしてその日はそのまま村長宅に泊らせてもらうことになった。
「田舎料理ですが」
と謙遜しながら村長夫人のベティさんが出してくれた料理を美味しくいただく。
なかでも薄めの牛カツにブルーチーズことポルカを使ったソースをかけたものが絶品だった。
(なるほど、こんな味わい方もあるのね……)
と感心しながらモリモリ食べる。
「うふふ。いい食べっぷりですねぇ」
と嬉しそうに言うベティさんの笑顔はなんだかマスターのそれに似ていると思った。
やがて食後のお茶の時間。
「今回はいい物を買わせていただきました。ありがとうございます」
と改めて礼を言う。
そんな私に、村長夫妻はそろって、
「いんや。村人が丹精込めたものを美味いといってくださる方に売れたんだから、こっちも嬉しいってもんでさぁ」
「ええ、ええ。作ってる人間は喜んで食べてもらうのが一番嬉しいですからねぇ」
と実に嬉しそうにそう言ってきてくれた。
私はその言葉がなんとも嬉しくて、
「ところでこの辺りに魔獣は出たりするんですか? よければちょっと森に入って討伐していきますよ」
と、お礼に討伐でもしてこようかと伝える。
しかし、コールさんはちょっと苦笑いで、
「ああ、まぁ、出ねぇことはねぇでさぁ。つっても数年に一回食いっぱぐれのコボルトが出てきやがるくらいなんで、村の若い衆でも対処できてやすよ」
と村の現状を教えてくれた。
その言葉に私も少し苦笑いしたが、それでも、
「そうですか。じゃあ、大丈夫ですね。ああ、でも一応帰りは森に異常がないか見ながら帰りますらせてもらいますね。もちろん、依頼料なんていただきませんから、ほんの気持ちだと思って受け取ってください」
と、ちょっとしたお節介を申し出る。
その言葉に村長夫妻は、
「あんれまぁ、それはすまんこってす」
「ええ。ありがたいことですねぇ」
と少し恐縮しながらも嬉しそうに微笑んでくれた。




