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とこしえの森のナッシュ~魔導人形に転生した私の異世界冒険譚~  作者: タツダノキイチ


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薬師ナッシュ03

レシピを書き終え、侯爵家御用達だというエチレという果物の香りがする紅茶をいただき、ひと息吐いたところでお風呂をいただく。

お風呂の中で私は、

(そういえば、私エチレって食べたことがなかったわね。ものの本によるとブドウみたいな生り方をする赤い果物ってことだけど、どんな味がするのかしら? それにエチレから作ったワインはブドウから作ったワインとは違って桃色で華やかな香りがするとも書いてあったかしら? もしかしたらこの宿でも出てくるかも。それはちょっと楽しみだわ)

と、なんとも食いしん坊なことを考えながら、のんびりお湯を堪能した。


お風呂から上がり、

「お手伝いいたしますね」

と言うメイドさんにかなり恐縮しながら部屋着という名のちょっとしたドレスを着つけてもらう。

私はそんな服を見て、

「えっと、貴族様はこんな立派な服を着てお休みになるんですか?」

と聞くと、メイドさんは笑いながら、

「お寝間着は別にございますよ」

と教えてくれた。

(貴族様って一日に何回も着替えるんだなぁ……)

と変なところに感心しつつ、髪を梳いてもらい、またお茶を飲みながらしばしくつろがせてもらう。

そして、

(ほんとにお姫様になった気分だわ……)

と思いふわふわした気持ちで時を過ごしていると、待ちに待った夕食の時間となった。


「お待たせいたしました」

というメイドさんのひと言でまずは食前酒が運ばれてくる。

「バイスというエチレから作られる蒸留酒とザクロのジュースを合わせたものでございます」

という説明を聞きひと口飲んでみると、爽やかな飲み口の中にしっかりとした酒精を感じた。

(あら。けっこう強いわね。でも、甘酸っぱくて美味しい。この味は覚えておかなくちゃ)

と思いながら次に運ばれてきた前菜に目を移す。

そこにはまるで小さな宝石を並べたようなひと口大の見た目から味の想像がつかないような料理が並べられていた。

(うわー……。これなんの何料理なのかしら? ていうか、どうやって作ってるの?)

と感心しながら眺めているところへメイドさんが、

「我が国自慢のエチレワインをお合わせください」

と言ってワインを出してくれる。

私は、

(待ってました!)

と心の中で絶叫しながら、その桃色の液体が美しいワイングラスに注がれる様をまじまじと見つめた。

「どうぞ」

と言ってくれるメイドさんにどこか恐縮しながらさっそくエチレワインに口をつける。

すると、ひと口飲んだ瞬間私の口の中に甘酸っぱくて爽やかだけど、どこか切なさも感じるあの懐かしい香りが広がった。

(サクランボ……。そっか。この世界にサクラはないけど、サクランボは存在しているのね……)

と思い感動しながら、

「美味しい……」

と正直な感想を漏らす。

そんな私にメイドさんは嬉しそうに微笑みながら、

「本日はこの時期にしか味わえない新酒をご用意いたしました。若い分、エチレの香りがより華やかに感じられると思いますよ」

と目の前にあるエチレワインの解説をしてくれた。

(なるほど。なんちゃらヌーボー的なものなのね。たしかに、この鮮烈な香りはたまらないわ。それに若いお酒独特のちょっととげのある味もこれはこれで面白いし、いいお酒……)

と妙な前世の記憶を思い出しながら、今度は前菜に手を伸ばす。

なんの野菜で作っているのかわからないが、綺麗な緑色のムースは、ほんの少しのほろ苦さと瑞々しい野菜の味があっさりとした印象のチーズの香りとよく合って、エチレワインとの相性は抜群だし、なにかの川魚を使ったと思しきマリネは、シンプルな見た目以上に丁寧に作られているらしく、臭みがないのはもちろんのこと、思ったよりも濃厚なうま味があり、そこに複雑な香辛料の香りが乗って非常に素晴らしいものだった。

その後も、この地方ならではの味を堪能させてもらう。

中でも私の目を引いたのはラム肉のポアレだった。

(ああ、なんて芳醇ないい香りなのかしら……。これは普通のバターじゃないわね。きっと特別なバターを使っているんだわ……。ああ、これはもはや兵器ね。人間を幸福の絶頂に導き堕落させる最終兵器だわ。この香りの魅力に抗える人類なんているわけないもの。それに、この絶妙な焼き加減よ! 外はカリッとしているのに、中は溢れんばかりの肉汁でしっとりしている。まさしく最強のツンデレだわ! この最強のツンデレの魅力に落ちない人間なんていないから、やっぱりこの料理は人類が作り出した最終兵器で決定ね!)

と理性を失いわけのわからない感想を述べてしまうほどの衝撃を受ける。

そして、その直後、

「こちらは好みが分かれますので、お嫌でしたらすぐに下げさせます」

と言って出されたチーズにさらに衝撃を受けた。

(なっ! こ、これは……)

と驚きに目を見開く。

「私どもは、『ポルカ』と呼んでおりますが、我が国でも数件の農家しか作っていない珍味でございます。このチーズは好きだとおっしゃる方はとことんお好きですが、お嫌いだとおっしゃる方はとことん嫌われるものですので、どうぞ、まずは見た目と匂いでご判断ください」

と言ってくれるメイドさんの説明を聞きつつ、言われた通りまずは香りを嗅ぐ。

すると私の予想通り、独特の濃いチーズの香りが恐ろしいほどの勢いで私の鼻腔に襲い掛かってきた。

(まさかこの世界にブルーチーズが……)

と驚きつつひと口食べる。

まずは強烈な塩味が私の舌を襲ってきた。

しかしその直後、濃厚な、ねっとりとしたうま味の波がそれこそ怒涛のごとく押し寄せてくる。

そしてツンと鼻を突くような独特の香りの嵐が鼻腔を支配し、私の脳が得も言われぬ快感に覆いつくされた。

「いかがでしょう?」

と少し心配そうに聞いてくるメイドさんに、

「このチーズが買えるところはありますか!?」

と勢い込んで聞く。

すると、メイドさんは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに少し残念そうに苦笑いしながら、

「残念ながら流通量は極めて少ないので、産地の村に直接行かないことには手に入らないかと……」

と言ってきた。

「行きます! 教えてください!」

と即答すると、メイドさんはまた驚きの表情を浮かべつつも、ニッコリ笑って、

「かしこまりました。あとで生産している村をお教えしますね。なんなら主の紹介状もつけましょう」

と快く応じてくれた。

そんな心優しいメイドさんと固い握手を交わし、デザートのエチレパイと紅茶でお腹をしめる。

そして私はいかにも高級品といった感じにスベスベでサラッとした感触の生地で出来た上等な寝間着を着させてもらい、ふかふかの天蓋付きベッドに体を横たえた。

(ああ、きっと天国ってこういうところなんでしょうね……)

と安直でバカな感想を抱きつつ、エチレパイでお腹いっぱいになり大の字になって寝ているチッチのお腹を優しく撫でてあげた。

「チチィ……」

と、すでに半分夢の中にいるようなチッチの幸せそうな声に微笑みながら、私も軽く目を閉じる。

そして、

(少しでも長生きしてくださいね……)

と、心の中でつぶやくと、私の瞼には在りし日のマスターが毎日のように見せてくれたあの優しい笑顔が浮かんできた。

人はいつか思い出だけを残してこの世を去る。

そんな当たり前の、しかし、どうにも承服できない事実を思うと不意に涙がこぼれそうになってきた。

慌てて目元に手を当て、

「ふぅ……」

と長めに息を吐く。

(私はこの先どうなるんだろう? ちゃんと死ぬのかな? いや、人形だから壊れるって言う方が正しいのかしら? ……それはなんだか寂しい言い方ね……)

と思うと少しだけ心が重たくなった。

また、

「ふぅ……」

と息を吐いて気持ちを落ち着ける。

するとそんな私の美味しいエチレワインのおかげでほんのりと上気した頬に寝ぼけたチッチがすり寄ってきた。

私はその柔らかな感触にハッとしつつも、

(大丈夫よね。チッチもみんなも一緒なんだもの。ええ、きっと大丈夫。なんとかなるわ)

と思い直してチッチを優しく撫でてあげる。

すると、チッチは気持ちよさそうに、

「チチィ……」

と寝言を言った。

そのどこまでも平和な声に癒され、再び目を閉じる。

私はもう一度、

(大丈夫よ。なんとかなるわ)

と、つぶやくとゆっくりと息を整え、いつも通り深い眠りに落ちていった。


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