薬師ナッシュ01
「精霊の矛」の三人と別れ一路南へ進む。
気分次第で馬車に乗ったり、歩いたりしながらのんびり進み、二十日ほどで国境の宿場町ヘルゼにたどり着いた。
ここヘルゼの町から伸びる街道はわりと長い峠道で、その峠の頂上がここルクセリア王国と隣国トリニシア王国との国境になっている。
そのため、国境を越えてトリニシア王国に向かう旅人はこのヘルゼの町で一泊し、朝一番で峠越えに挑むというのが通例なっていた。
(夜のうちに飛んでしまえばあっと言う間だけど、それじゃ、風情ってものを欠くのよね。それにこのあたりは蕎麦が美味しいっていうし、のんびりさせてもらいましょうか)
と思いながら宿屋を探す。
しかし、大通りに面した風呂付のちょっと高い宿はどこもいっぱいで入れないということだった。
(さすがの賑わいね……。しかたない、いつも通り安宿にしますか)
と諦めて裏通りに回る。
そして、二軒の宿にやはり満室だといって断られ、
(いくらなんでも混みすぎじゃない?)
と思いながら訪ねた三件目の宿で、
「お客さん、ついてますね。最後の一部屋でしたよ」
と、にこやかに言ってくれる宿の人に、
「けっこうな賑わいだけど、いつもこんな感じなの?」
と聞いてみると、
「いえ。今日は特別ですね。なんでもルクセリア王国で大きな貴族様の会議だか宴会だかがあったらしくて、その帰りの方々が大勢泊ってらっしゃるんだそうですよ」
という事情を教えてくれた。
「そうだったの。それで、騎士っぽい人の姿をちらほら見かけたわけね……」
と、そういえばわりと上等な服を着た人間が多かったようなことを思い出しつつ、宿の人に軽く礼をいって部屋へと向かう。
部屋に入ると私は、
(この分じゃ、きっと銭湯もご飯屋さんも混んでるわよね。うーん、のんびりできなくて残念……)
と思いながらさっさと旅装を解き、とりあえず一服すべくお茶を淹れた。
チッチと軽く戯れて時間を潰し、夕暮れが迫ってきたのを見て銭湯に向かう。
そして、それこそ芋を洗うような状態の銭湯でなんとか旅の垢を落とすと、また人で賑わう市場の屋台で肉蕎麦をすすり、さっさと宿へと戻っていった。
その道すがら、
(適当に選んだ屋台だったけど、かなり当たりだったわね。やっぱり産地だから材料がいいのかしら? どうせ、明日は街道が混み合うだろうし、ここはもう一泊して明日はのんびり買い物でもして回りましょうか?)
と思いさっそく戻った宿の受付で聞いてみると、
「ええ。明日なら十分に空いてますから、お泊りいただけますよ」
と言われたので、
「じゃあ、もう一泊お願いね」
と伝えて部屋に戻る。
その日の夜はなんだか逆に気疲れしてしまったような感じで軽くため息を吐きながら床に就いた。
翌日。
朝をのんびり部屋で過ごし、昼頃宿を出る。
町は相変わらず賑わってはいたが、昨日ほど混雑はしていなかった。
(きっと貴族様たちはもう出発なさったのね)
と思いながらまずは昼食をとるべく適当な定食屋に入る。
そしていかにも体力勝負の行商人にウケそうなボリューム満点のカツレツ定食をお腹に入れると、さっそく市場を回って蕎麦粉や地酒なんかを買い込み宿に戻った。
昨日よりもゆったりとした気持ちで体を休め、翌朝。
少しゆったりと宿を出る。
今日中に次の宿場町に行くならもう少し早めに出なければならないだろうが、
(どうせ、次の町も貴族様で混雑してるだろうから、今日はその手前の適当な村で一泊しましょう。急ぐ旅でもないしね)
と考え、のんびり街道を歩き始めた。
チッチと戯れ、行動食をつまみながらいかにも気楽に歩を進めていく。
そして、峠の頂上まであと少しというところで、なにやら立ち往生し、道をふさいでいる一団に出会った。
(あれって、貴族様の馬車よね? お付きの騎士もたくさんいるし……。なにかあったのかしら?)
と思いながらその一団に近づき、警護に当たっている騎士に、
「どうなさったんです?」
と気軽に訊ねる。
するとその騎士は、
「なんでもない。道をふさいですまんな。すぐ横が崖になっているから気を付けて通ってくれ」
と言って、私に馬車の脇を抜けて通るよう指示を出してきた。
「そうですか……」
と言いつつチラリと馬車の脇を見る。
するとそこには一人の老人が苦しそうに道の脇でうずくまり、メイドさんに介抱されているのが見えた。
そんな様子を見てしまった私は、
「あの。こう見えて一応薬師なんですけど。簡単な治癒術も使えますし、なんなら診ましょうか?」
と遠慮がちながらもついついお節介を焼いてしまう。
するとその騎士は意外そうな顔をし、
「そうなのか? すまん、少し待っていてくれ」
と言いなにやら上官らしき人物のもとへ小走りに駆けていった。
やがて報告を受けた上官らしき人物が私のもとにやってくる。
「薬師というのは本当か?」
と聞くその立派な鎧を身に着けた騎士に、私は、
「ええ」
と軽くうなずきながら背嚢を下ろし、中から薬の入った小箱を取り出すと、
「これが緊急時の痛み止めでこっちが馬車酔いの薬、胃薬や化膿止め、熱冷ましもありますよ」
と中に入っているものを軽く紹介した。
「そうか。疑ってすまんな。手数だが、診てもらいたい」
と言う騎士に、
「ええ。かまいませんよ」
と軽く応じて患者のもとにいく。
患者はけっこう立派な身なりをしているから、おそらく貴族様だろう。
かなり苦しそうな様子で道端にうずくまっていった。
(戻したみたいね……。痛みがあるっぽいから馬車酔いじゃなさそう。急な胃腸の疾患かしら?)
と、なんとなくあたりを付けながら、
「通りがかりの薬師です。どんな症状ですか?」
と、まずは介抱しているメイドさんに声を掛けた。
「はい。三日ほど前から胃の調子が悪いとおっしゃっておりましたが、先ほどになって急にお戻しになり……」
という説明を聞き、私は、
「ではまず痛みを抑える治癒術を施しましょう。痛みが治まったら胃の痙攣を抑える薬を出しますね」
と応じ、
「失礼します」
と断って患者の背中に手を当て、軽く魔力を流す。
私が使える治癒術というのは、人間の体内を巡る魔力の流れを読み、その流れを良くすることで一時的に痛みや熱を抑えるものだ。
(……これ、マスターにもよくやってあげてたな……)
と昔のことを思い出しつつ、患者の呼吸が落ち着くまでじっくり手当を施した。
やがて、患者の呼吸が落ち着いたところで、メイドさんに、
「ご主人はずいぶんお疲れのようです。今日と明日一日は薬を飲んで安静にしていてください。胃の痛みはそれでずいぶん落ち着くと思いますよ」
と薬を渡しつつ見立てを伝えた。
「ありがとう存じます」
と言って薬を受け取るとメイドさんは、さっそく手近にあった水筒を取り、
「旦那様。お薬でございます」
と言って主人に薬を飲ませようとする。
先程まで苦しそうにしていた患者はなんとか話せるようになったのか、青白い顔で私に、
「すまぬ……」
と言うとメイドさんに介抱されながらなんとか薬を飲んでくれた。
「薬は充分にお渡ししますから、あとはくれぐれも無理させないようにしてください」
と伝えてその場を離れる。
そして先ほど私を受け入れてくれた騎士に、薬の追加を渡しながら、
「お待たせしました。ずいぶんと胃の状態が悪くなっておられるようです。どのくらい旅をされるのかわかりませんが、少なくとも今日と明日は安静になさってください。馬車もあまり揺らさない方がいいでしょう」
と伝えた。
「そうか。かたじけない。名を聞いてもかまわんか?」
と言う騎士に、
「ええ。ナッシュと言います。冒険者兼薬師です」
と嘘ではないが本当でもない肩書きを伝える。
すると、騎士は「うむ」とうなずきながら、
「そうか。私は騎士団長のクルトだ。おそらく主から改めて礼がある。重ねて手数を掛けるが、次の宿場町で『黒曜亭』という宿に泊まるから、そちらに改めて顔を出してくれ」
と言ってきた。
「いえ。通りすがりのお節介ですから礼など不要です」
と遠慮するが、騎士は困ったような顔で、
「いや。それでは私がどやされてしまう。ここは私の顔を立てると思って礼を受けて欲しい」
と頭まで下げてきた。
おそらく貴族には貴族のメンツやしきたりがあるのだろう。
私は、なんとも面倒なおせっかいを焼いてしまったものだと思いながら、
「……かしこまりました。明日には伺います」
と苦笑いで応えた。
その後、
「すまんな。改めて礼を言う」
と、また頭を下げさっそく出発した一行を見送る。
そして、私は、
(困ってる人を見ると放っておけないのよね……)
と自分のお節介ぶりを思って苦笑いしつつ、ぼちぼちと街道を歩き始めた。




