閑話 ユリエラとナッシュと修行の始まり
私が作ったというよりも、なにかの偶然で生まれてしまった魔導人形らしきものにナッシュという名前を付けてからおよそひと月が経つ。
初めのうちはいろんなところでお互いに遠慮し合ったりもしていたが、最近ではそれも徐々に薄まり、お互い遠慮なく声を掛けあえるようになってきた。
そんなある日のお風呂上がり、
「いいお湯でした……」
と言いつつほっこりした表情で冷たいお茶を飲んでいるナッシュに、
「ねぇ、ナッシュ。そろそろ魔法と剣術を覚えてみない? この森で生活していくなら必須よ?」
と言うとナッシュはなぜか嬉しそうな顔で、
「え? 今魔法って言いました!?」
と興奮気味にそう返してきた。
「ええ。興味ある?」
と少し引き気味に答えるとナッシュは、
「もちろんです! なにせファンタジー世界の基本ですから!」
と何やら私の知らない単語を交えてまた興奮気味にそう言ってきた。
しかし、そこでナッシュはハッとして、
「ていうか、私にも魔法って使えるものなんですか?」
と心配そうに訊ねてくる。
そんなくるくると変わるナッシュの表情が面白くて、私は少し微笑みながら、
「ええ。ナッシュからは私と同じくらい強い魔力を感じるわ。ちゃんと練習すればきっと使えるようになるわよ」
と教えてあげた。
「やった! すごい!」
と無邪気に喜ぶナッシュを微笑ましく思い、その次の日からさっそく魔法の稽古を始める。
「いい。魔法の基本は想像力よ。火が出ること、水が出ること、風が吹くことを想像して魔法の形を整えていくの。その時、大切なのは適切な魔力の量よ。多過ぎると暴走するし、少なすぎると発動しない。その調整をしやすくするのが魔法陣ね。だから、繊細な魔法になればなるほど魔法陣は大きくなるわ。逆に魔法を使いこなしてちょうどいい魔力量を体が覚えてさえしまえば魔法陣が無くても魔法を発動できるようになるっていうわけ」
と教えるとナッシュは、
「えっと。その魔法陣っていうのはどういうものですか?」
と基本中の基本を質問してきた。
「いい質問ね。魔法陣っていうのは魔力を効率よく魔法として発現させるための回路なの。だから、その形は人それぞれ違うわ。使いやすい言語、使いやすい形、使いやすい大きさ。いろんな要素が組み合わさって自分なりの魔法陣を作るの。もちろん、それを体系化したものもあって、汎用性を持たせることもできるけど、原則は自由。だから、最終的にはナッシュはナッシュなりに一番使いやすい物を自分で作ることができるようになるのよ。まぁ、最初のうちは学校でも教わるような汎用的なものから試していきましょう。それを使って魔法陣を使う感覚を掴みさえすれば、あとは自然と応用できるようになっていくわ」
という私のざっくりとした説明にナッシュは、
「はい!」
と嬉しそうな顔で元気のいい返事をしてくる。
私はなんだか幼年学校の生徒にものを教えてあげているような気分になって、
「じゃあ、さっそく基本の生活魔法から練習してみましょうね」
と言い、ナッシュに魔法陣の基本を説き始めた。
魔法陣というのは結局のところ想像力だ。
基本の陣形や法則を丸暗記してそのまま使うこともできるけど、それでは自分自身の魔力をもっとも効率よく使うことができない。
だから、基本の陣形を覚えるよりも、それをいかに応用して自分のものにするかが大事なのだが、多くの人間はそこで躓く。
自分なりの魔法陣を作るというのは結局その人個人の感覚で正解がないからだ。
私は、
(さて。この子はどこまで想像の翼を広げることができるかしら?)
と期待半分、不安半分で授業を行っていったが、ナッシュの想像力は私の想像をはるかに超えるものだった。
最初に最も基本的な風魔法を教えると、ナッシュはそれを三日で自分のものにし、その後はいろんな種類の魔法を覚えることに挑戦し始める。
そしてひと月も経つと、ナッシュは高等技術と言われる氷魔法や青く高温の炎を出す魔法、極めつけには雷の魔法まで発動させてしまった。
「すごいわ、ナッシュ。こんな優秀な生徒は見たことがないわ」
と素直に褒める。
するとナッシュは嬉しそうな顔をしながらも、
「でも、マスター。魔法を使っている時、まだ何か引っ掛かりがあるような感覚があるんですよね……」
と思案顔でそう言った。
「うふふ。それはきっとまだ自分なりの魔法陣を完成させていないからよ。もっと自由に自分の魔法陣を思い描いてごらんなさい」
と助言する私に、ナッシュは、
「うーん……」
と腕を組んでさらに考え込む。
私は、そんな弟子の頭を軽く撫でてやりながら、
「大丈夫。ゆっくりでいいのよ。じっくり自分自身と向き合って考えてみなさい」
と私も小さいころ、師匠である母から教わった言葉を伝えた。
それからまたひと月ほど。
ついにナッシュが自分なりの魔法陣を完成させる。
その魔法陣には私が見たこともないような言語が使われていた。
「自分の記憶の中にある言語を使ってみました。どうでしょう、マスター」
と嬉しそうに言うナッシュを褒めつつも、その恐ろしいまでの完成度に驚く。
ナッシュの魔法陣は完全に自分の魔力を制御できているように見えた。
自分の魔法が大地に刻んだ痕跡を見て、無邪気に喜ぶナッシュを見て、
(これは早急に正しい使い方を教えないとだめね……)
と苦笑いし、とりあえず、
「よくできました」
と幼年学校の生徒を褒めるような言い方で褒めてあげる。
そして、そこからは私の持つ様々な知識や経験を教えつつ、剣術の稽古も始めることにした。
剣術の稽古はナッシュにとってとても新鮮なものだったらしい。
ナッシュ曰く、ナッシュの覚えている世界では剣術というのは一種の趣味のようなもので、相手を倒すというよりも自分を見つめるために究める道という意味が強かったそうだ。
(ナッシュは平和な世界で生きてきたのね……)
と感心しつつ、この魔獣が溢れる世界で生き抜いていくための剣術を教え込む。
こちらは魔法と違ってほんの少しだけ苦労しているように見えた。
その姿を見て、
(よかった。この子も万能じゃないのね……)
と少し安心してしまったのはここだけの秘密だ。
そんな生活を半年ほど続け、いよいよ実戦に出ることにする。
ナッシュはものすごく緊張していたが、
「大丈夫よ。この日のために素晴らしい防具も用意したし、なにより私が付いているのよ? なにがあっても必ず守るから心配しないで」
と優しく言い聞かせ、森の中へと分け入っていく。
初めて見るゴブリンの気持ち悪さに泣きそうになりながら剣を振るうナッシュや、外で食べるご飯に、「まるでキャンプみたい!」と私の知らない単語を言ってはしゃぐナッシュを見ていると、まるで娘の成長を目の当たりにしているような、なんとも微笑ましく温かい気持ちになった。
それからは毎日のように森に出て次々と新しい魔獣に挑戦させるという日々が続く。
ナッシュは一つの戦いを終えるごとに確実に強くなり、そして、命の重さについて確実に理解するようになっていった。
それからまた半年ほどが過ぎ、
(ああ、この子なら大丈夫ね……)
と確信して世界樹のもとに連れて行くことを決心する。
この先どんなことがあるか、それは誰にもわからないことだけど、きっとこの子はこの世界にとって貴重な存在になる。
私の役目はきっとこの子がこの世界を楽しんでくれるように道を作ってあげることなんだ。
と私はその時はっきりとそう自覚した。




