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とこしえの森の日常01

「チチッ!」

という可愛い鳴き声で目を開ける。

私は苦笑いで、

「おはよう、チッチ。すぐに用意するからちょっと待っててね」

と私の顔の横でご飯をねだるユキリスの姿をした精霊の子、チッチにそう声を掛けて起き上がると、さっそく身支度を整え始めた。

顔を洗って普段着のエプロンドレスを着込み、髪をシニヨンにまとめる。

台所に入り、腰にエプロンを巻くと軽く腕まくりをしてさっそく朝食の準備に取り掛かった。

まずは硬くなったパンを蒸し器の中に入れる。

そして、その間に野菜を切って腸詰と一緒に煮込み、簡単なスープを作っていった。

やがてパンがふっくらと蒸され、小麦のいい香りが私の鼻腔をくすぐり始める。

その匂いに小さなときめきを感じながら、ふわふわ感を取り戻したパンをグリルに入れた。

「よし……」

とつぶやき、今度は卵を割り溶いていく。

たっぷりのバターを入れたフライパンに流し入れると、じゅわっという音と共になんとも言えない良い香りが台所いっぱいに広がった。

手早くかき混ぜながら卵の形を整えていく。

慣れた手つきで卵を返し、出来上がったオムレツをお皿の上に置くと、さっそくパンの焼き上がり具合をみた。

「うん。香ばしく焼けてるわね」

と、ひとり微笑みながらつぶやき、戸棚からキールのジャムを取り出す。

このキールというのはクランベリーに似た果物だが、砂糖を使わず煮詰めるだけで驚くほど甘いジャムになってくれるこの森の特産品だ。

そんな森の恵みに感謝しつつ食卓に焼き上がったパンとオムレツを並べ、スープの具合を見にいった。

くつくつと小さく音を立てて煮えるスープを見ながらお茶の準備をする。

やがて、お茶を淹れ終わり鍋の中を覗くとちょうどいい感じに野菜が煮えていた。

軽く味をみて「うん」と小さくうなずきスープを皿に盛る。

そしてお茶とスープを食卓に置くと、待ちきれない様子でウズウズしているチッチに、

「おまたせ」

と微笑みながら声を掛け、椅子に座った。

「いただきます」

「チチッ!」

という挨拶で朝食が始まる。

朝の柔らかい日差しが差し込む小さなダイニングで、チッチと一緒に食べるいつものご飯はいつもの通り優しい味で、

「うふふ。美味しい?」

「チチッ!」

「よかった。お昼はお散歩に行くからサンドイッチを作りましょうね」

「チチッ!」

「あら。クルミのタルトがいいの? うーん。作り置きが無いからまた今度ね。あれってけっこう作るのに時間がかかるの」

「……チチッ」

「うふふ。ごめんね。その代わり今日のサンドイッチはチッチの好きなマヨネーズたっぷりのトマトサンドにしてあげる」

「チチッ!」

と会話をしながら楽しく食べた。

やがて食事が終わり、満腹でゴロンとなってしまったチッチのお腹を微笑みながら撫で、自分は食後のお茶を飲む。

甘苦いハーブティーの香りが私に今日という日も穏やかに過ごせそうだという謎の確信をくれた。

そんなゆったりとした時間を楽しむと次は片付けと昼食のお弁当作りに取り掛かる。

また、硬くなったパンを蒸すところから始めて、テキパキと具を用意していった。


サンドイッチが出来上がったところで、

「よし。できあがり」

と独り言を言ってバスケットの蓋を締める。

エプロンを外し、食卓の上を見ると、チッチは完全に寝ていた。

そんなチッチを軽くちょんちょんとつついてやりながら、

「起きて。準備が出来たら行くわよ」

と声を掛ける。

「……チチッ」

と眠たげに返事をしてくるチッチをまたこちょこちょと軽く撫でてあげると私はさっそく出掛ける準備に取り掛かった。

部屋に入りクローゼットからいつもの防具類を取り出す。

防具と言っても大袈裟な物ではない。

革製の手甲と胴回りにコルセット、それに編み上げのロングブーツを履くだけであらかたの準備は整った。

軽く動いて違和感が無いかどうかを確かめ、次にナイフケースとポーチ型の収納の魔道具が付いたベルトを巻く。

そこにいつも使っている聖銀製のナイフを差した。

収納の魔道具に軽く魔力を通すと中に何が入っているのかという情報が私の頭の中に流れ込んでくる。

いつも通り過不足が無いことを確かめ、軽く、

「よし」

と、つぶやき次に剣帯を腰に巻いた。

壁に掛けてある愛用の細剣を取り、剣帯に差す。

そして、その横のコートフックに掛けてあるローブを羽織るとそこで準備は完了した。

「お待たせ。行こうか」

と早くも私の足元でうずうずしていたチッチに声を掛け、

「チチッ!」

と嬉しそうに鳴きながら私の肩に登ってくるチッチを笑顔で受け止めると、私はいつも通りの軽い足取りで部屋を出ていった。


お弁当の入ったバスケットを収納の魔道具に収めて家を出る。

狭い道を通り庭の中央に出ると、そこに植えてあるネーブルオレンジの木に手をあて、

「いってきます。マスター」

と声を掛けた。

私の心の中に今は亡きマスターの、

「うふふ。気を付けていってらっしゃい」

という優しい声と笑顔が浮かぶ。

私はその声にもう一度、

「いってきます」

と小さく声を掛けると、静かにその場を離れ、小さな門をくぐった。


門を出てちょっとした草地を抜けるとすぐ森への入り口が現れる。

私はその薄暗い森の中へいつも通り軽い足取りで分け入っていった。

いつもの道を辿りつつ、なんとなく昔のことを思い出す。

この森、「とこしえの森」は有史以来、何人をもよせつけない森として存在してきた。

そんな森に私のマスター、大魔導師ユリエラが居を構えたのが四十年ほど前だという。

そして私は二十年ほど前、そのマスターの手により一つの魔導人形として生み出された。

その当時のマスターの目標は、簡単な会話や作業ができる存在がいればいいというくらいの気持ちで私を作り始めたそうだ。

しかし、今の私はその性能を大きく凌駕している。

それはおそらくマスターの作った魔導人形に私という転生者の魂のようなものが入り込んでしまったからだろう。

無神論者のマスターでさえ、

「まさか、神様にイタズラでもされちゃったのかしら……」

と唖然とした表情でそう言っていた。

どういう理屈でどこがどうなったのかはマスターでさえ結局何もわからなかったらしい。

わかっているのは、私が普通の人間と同じように食べ、話し、二十一世紀の日本らしきところの記憶を曖昧に宿していること、そして、剣や魔法もこの森で生き抜いていくには十分なほど使えるということだけだ。

そんな不思議な存在として生まれた私は「ナッシュ」という名をもらい、マスター亡きあともこうしてこの「とこしえの森」で元気に生活している。

私はそのことを、

(ありがたいことだわ……)

としみじみ感じながら、今日の目的地である泉のほとりに向け歩を進めていった。


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