小野田 絢香 5月 20日 PM 5:00
それは、私がまだ幼い時の記憶だった。
ママとパパが車の前の座席に、私が後部座席に座っている。
チャイルドシートを締めて、少し窮屈そうにしている私に、母が私を見てほほ笑んだのをまだ覚えている。
窓から見える景色はだんだんと都会へなっていった。
赤信号で車が停車する。
車のエンジン音がひしひしと肌に伝わってきた。
次の瞬間、何か大きな音がした。
何?何の音?
そう思うと同時に、幼い私は大きな衝撃で意識を失った。
小野田 絢香 2025年 5月 20日 PM 5:00
「もーありえない。もうやだ!」
隣を歩いている香菜が髪の毛をクシャクシャにして叫んだ。
さっきからずっとこの調子。
そんなにショックでかいなら毎日ちゃんとコツコツやればいいのに。
「大丈夫だって、次のテストで挽回すればいいじゃない。まあ、私は今回も絶好調だったけどね!」
そう言っているのは、香菜の隣を歩いている佐由理だ、
テストの点数が非常に悪かった香菜を佐由理は励まそうと・・・・からかっているのだろう。
「まあ、いいじゃん。過ぎ去ったことを思うより、前よ、前。」
私が2人に言う。
「そーゆー絢香はどうなのよ、点数・・・・」
「ん~まあまあかな?」
私がそう答えると、
「マアマアとか言ってる人にとって高得点とってるんだ、もう私高卒できないかもー」
とか、またグチグチ言い始める。
いつもテスト最終日には香菜はこうだから特に気にしない、が、うるさいのには代わりはない。
家につくまで同じような言葉を繰り返し言われるのはキツイので、私は話題を変えた。
「ねえ、これ見てよ。俳優の小倉裕太、佐野美紀と婚約だって。」
ケータイの画面を2人に見せる。
「へー。そうなんだ。で、だれ?小倉裕太と佐野美紀って?」
TVを全く見ない佐由理が言う。
「えー?知らないの?小倉裕太はともかく、佐野美紀って人は有名じゃない。」
香菜が「ありえなーい」口調で言った。
香菜はさらに説明し始める。
「佐野美紀って人はあれだよ、あのー・・・・ACCってやつだっけ?」
「あー、それで有名な人か。」
2人が言っているACCとは、Auxiliary control chipの略だ。
簡単に言うとコントロールチップというもの。
体に障害をもつひとや、植物状態の人の体に手術をして埋め込むことで、体の機能の一部を回復できるのである。
佐野美紀っていう人は俳優で初めてACCを身につけているひとなのだ。
以前は脳の神経に異常が見つかって生死をさまよったらしいけど、ACCの手術をして以来、かなり回復して普通の生活が出来ているらしい。
テレビとかでも目にするが、本当にこれが死にかけた人間なのだろうか?っと思うくらいである。
「しっかし、大変だろうねー。小倉祐太も。ACCの人を嫁にとるなんて――――」
香菜の口を佐由理が抑えた。
なにすんのよ!っともがく香菜だが、やっと自分が言ったことを理解し、佐由理の手から逃れた。
「絢香・・・ごめん・・・」
香菜が私に謝ってくる。
「いいって、別に気にしてないよ」
そう、私もACCの使用者。
私も以前死にかけた人間だ。
だけど、今はもう大丈夫。
体の異常は一切なし。
香菜や佐由理だって、私のことを軽蔑しないで友達だと思ってくれているし。
生きていて良かったと思える。
「あ、それとさ、来週の土日なんだけど――――」
佐由理がなにか言っているが、後半部分がよく聞こえない。
あれ?
おかしいな・・?
呆然としている私に香菜と佐由理が気づき、何か言っているが何も聞こえない。
意識も朦朧としてきた。
まぶたが異常に重い。
なに・・・これ・・・?
香菜と佐由理が倒れこんだ私の体をゆさぶっているのがわかる。
青い空がだんだんと暗くなっていく。
そのまま、私の意識は暗い闇に落ちていった。