人間恐怖症
刺激強めです。苦手な方はごめんなさい。
恥ずかしながら、また戻ってまいりました。
まさか、ここの草原で安心を得られるなんて思ってもみなかった。
セーブポイントが森に変更していなくて良かった。
しかし、言葉が二重の意味で通じないのは誤算である。
ジジイの何が癇に障ったのか、見当もつかない。ただただイカれてんのか、それとも俺に非があったのか。
いやいや、非があったとしても、いきなりボウガン発射はない。こっちは痛みでそれどころじゃなかったが、傍から見たらグロすぎる絵面だぞ。
……ヤッちゃうか? あのジジイ。
倫理的にどうのこうのは、草にでも喰わせれば良い。
問題があるとするならば、ジジイがモンスターより強いのかどうかだ。
でも待てよ、相手は人間だ。情緒の機微が分からないモンスターよりは、隙を作れるという点で人間の方が簡単なのでは?
腹は決まった。俺はこれから人を殺しに行く。そして、あのログハウスを拠点とするのだ。
ヒャッハー! 気分は世紀末だぜ!
――やって参りました、森に到着です。
さて、ここからどうしたものか。手頃な枝を折って武器に使うか、それとも丸腰で行くか。
あのジジイは、たぶん殺意に敏感な気がする。扉を開け放たない程度には、警戒心も強い。よし、丸腰で行こう。どうせすぐボウガンが手に入るしな。
ニチャと笑みを浮かべ、戦利品に思いを馳せた。
俺はログハウスの前で軽く仕込みを済ませ、深呼吸をした。ここからが正念場だ。
入り口を軽く二回ノックする。これは以前と同じだ。そして、中から物音がするのも同じ。
ギィっと扉が顔半分開く。ジジイは警戒しているな。
「ヘルプミー! ヘルプミー!」
俺は正座に両手を挙げ、涙を流した。
涙は、草原の草を眼球に刺して溢れ出した物だ。どうだ? あまりの情けなさに敵意は感じないだろ?
「✱✱✱✱」
はいはい、何を言ってんのか分からないね。
「ヘルプミー! ヘルプミー!」
俺は声を震わせながら叫んだ。
「✱✱」
ジジイは言葉少な目に、奥へと引っ込んだ。
おっ? 前と違うぞ? もしかして、ちょっと同情してくれてる? だったら、殺さなくても良いかもね。そうだよ、殺すなんて野蛮な奴がすることだよな。
そんな淡い期待は、ジジイがボウガンを持ってきたことで打ち砕かれた。
あー、そうですか、殺すんですか。はいはい……やってやろうじゃねぇか!
俺は素早く扉を掴み、思いっ切り引っ張った。
勢いよく開かれる扉に、ジジイは前のめりに態勢を崩す。
「おりゃー!」
間髪入れず、俺はジジイに頭から突っ込んだ。
完璧だ。低い態勢からの理想的なタックルだ。後はジジイを倒し、馬乗りでボコボコにするだけだ。
? あれ? なんかおかしい。俺、間違えて柱にタックルしちゃった? 全然動かないんですけど。
そっと顔を上げると、ニヤついたジジイが見下ろしていた。
そこで俺の意識が途切れた。
――頭が痛い。クソ、殴られたのか? というか、殺されていない? どういう状況?
ボヤけた目には、ジジイが心なしか嬉しそうに映った。目を擦ろうと手を動かそうとするが、ガシャガシャと音がするだけで動かない。
首を捻り、右手首を見ると、鎖が巻き付いている。それが柱に繋がっていた。左も同様だ。
えっと、拘束されてる? は? 何の為に?
〜〜〜♪
ジジイのご機嫌な鼻歌が聴こえ、思わずうるせぇよと怒鳴りたくなったが、ナイフを恍惚とした表情で眺めている姿に怖気が差した。
まさか、拷問? 嘘でしょ? ダメだってそれは。ゲームに拷問シーンなんて誰得だよ。しかも、やられる方。
やばいやばいやばい。怖くなってきた。舌を噛みちぎれば死ねるんだっけ? いや、死ねない? どっちだった? 頭が回らない。
はっ、と顔を上げると、ジジイがニヤニヤしながら目の前に立っていた。ナイフを手にしながら。
「へ、ヘルプ、ヘルプミー」
俺はボロボロと涙を流して懇願した。今度は本物の涙だ。
ジジイは人差し指を口に当て、静かにというジェスチャーをしながら、素早く俺の足の甲にナイフを突き立てた。
「アガァ!」
俺の反応を楽しむように、次はゆっくりと刺した。
「ヴィぃなっ!」
肉を裂き、爪を剥がし、抉る。リズムに乗り手早くすることもあれば、ゆっくりと慈しむような傷もつけた。
痛いイタイいたい遺体。殺してコロシテころして頃して。
何度意識が途絶え、何度無理矢理起こされ、何度あらゆる所を刺されたか。このジジイは、如何に殺さずに楽しむかを心得ていた。俺以外にも被害者がいたに違いない。
声を失った俺に興味が尽きたのか、ジジイは両手で俺の首を絞めた。
霞んでいく視界に、ジジイの笑顔がこびり付いた。
【DEAD END】