反省
俺は領主邸を追い出された後、《木漏れ日亭》という宿屋で鬱蒼としていた。
一泊5000ゴルド、高いのか安いのか分からない料金設定だが、領主邸というスイートルームを味わった後では粗末な部屋に見える。
ベッドで横になるが、固い。え? こんなに固いの? 石の上かと思った。正直、床で寝るのと大差ない。ベッドとは名ばかりで、その実、部屋の大部分を占める置き物として鎮座している。
そして風呂がない。初めから期待していなかったが、それでもガックリくる。水の入った桶を渡されるだけだった。そこに薄っぺらい布地が一枚、これで体を拭けということなんだろう。ハートブレイクした今の俺には、このサービスすら酷い仕打ちに思えた。
「タロウ、レベルが上がってる。おめ」
「へー」
「毒殺した中に、レベルの高いヤツがいた」
「ほーん」
「もしかして興味ない?」
「ふーん」
「タロウ」
「はーい」
「……殺すよ?」
冷たい針を刺すような殺意に、俺の体がビクっと震えた。
なんだコレ? 今まで感じたことなかったぞ? もしかしてレベルが上がって、感覚が鋭敏になった? 唯でさえ痛覚がバグってるのに、とんだ厄ネタだ。はぁ、羽虫が何でキレてるのか知らんが、面倒なので謝っておくか。
「ずびばぜんでじだ!」
「何に対して?」
「え?」
「だから、タロウは何に対して謝ったの?」
コイツ、会社の上司みたいなガン詰めしてくんじゃん。別に理由なんてどうでも良くない? こっちは謝ってるんだからさ、さっさと流せよ。
「タロウ、年齢いくつ?」
「……33」
羽虫がため息を吐いて、やれやれみたいな仕草をする。
「33にしては、心が未成熟。社会を舐めすぎ」
やめろ、その言葉は俺に効く。
「大体、これまでの計画が杜撰。領主殺しもダルンというNPCのお陰で、何とかなったようなもの」
何とかなったなら良くない? 俺のステータスが低いんだから仕方ないじゃん。
「挙句、異性に慣れていない為、気持ち悪い言動を行う始末。まったく救えない」
気持ち悪かったのか。俺は誠意を見せたつもりだったのに。
「真面目に言う。タロウ、これは恋愛ゲームじゃない。恋愛したいのなら、現実でして」
現実で? 無茶言いやがって。けど、まあ、悔しいけど羽虫の言う通りだな。俺は恋愛がしたいんじゃなく、現実に帰りたいんだ。何だよミリヤ様って。気色悪い。
「ごめん、反省した。俺はさっさとこのゲームをクリアして、現実に戻る」
「それで良い。でなければ、意味がない」
「ん? どういう意味?」
「タロウのレベルは15に上がった」
はいはい、説明する気ないのね。いい加減もう慣れたわ。
「15って、凄いの? オラつける? マウント取れる?」
「タロウ、小物感が凄まじい」
「大事な事でしょうが! 初対面で舐められたら、その後ずっと舐められっぱなしなんて、俺には耐えられない!」
「何を今更」
フッと鼻で笑う羽虫。コイツ、最初から俺のこと舐めてたな。まあ、いいさ。それならお互い様だ。俺だって、お前の事舐めてるからね? 口に出したら殺されそうだから言わないけど。
「それで? レベル15って言われても、ピンと来ないんだが?」
「一般市民からすると高レベル。冒険者なら雑魚」
「駄目じゃん。イキれるの、一般市民だけじゃん」
「一般市民にイキろうとする人間性が、既にダサい」
そうなの? 現実だとイキってなんぼの世界だと思っているのは、俺だけ? じゃあ何で皆、SNSなんかやってんの? 承認欲求を満たしたいからでしょ? イキったり、マウント取ってくる奴ばっかりじゃん。そう考えてしまうのは、俺の心が狭いだけなの?
「そう、タロウの心が狭いだけ。或いは、SNSに踊らされてる間抜け」
「さらっと、心読まないでくれない? どうやってんの、それ。怖いんですけど」
「私だから当然な事。それだけ」
「へぇ、凄いね。モネだったら、SNSのマウントとかも気にしないんだろうね」
「当然。そのマウントが正しいのか検証して論破する。最悪、正しくても相手の言葉尻を責めて有耶無耶にする」
うわぁ。めっちゃ気にしてるし、やり方が外道だな。こんなモンスターに粘着されたら、俺ならすぐ降参するよ。
羽虫みたいにはなるまい。俺は自分自身を戒めた。




