喪失
朝食を和やかな雰囲気で済ませ、いや、和やかというよりは、引き攣った笑みを浮かべている方達がいたな。
原因は羽虫である。
コイツを視認出来るのは、俺とケンだけなので、オールバック兄貴や老執事、それに年齢不詳であるミリヤデート様はいきなり宙に浮かぶ食べ物を見て驚き、そして消えるという怪奇現象に慄いた。
俺は特に言及せず、すべてをケンに丸投げして、驚いているミリヤデート様を見ながら食事を楽しんだ。彼女の新しい一面を見られるだけで、ご飯三杯は軽くいけます。
あと、個人的に困ってる奴を見ながら食事をするのは、大層気分が良い。胡散臭い啓発本なんか読むより、よっぽどメンタルケアをしてくれる。
「さて、タロウ君に訊きたいのだが、今後はどうする予定なのかな?」
俺は食後に出された紅茶を飲みつつ、考える。
予定か。どうしようか。ダルンさんとの約束は果たした事だし、後は俺がソラリオース家に潜入して毒を仕込めばクエストが完了するような気がする。
でもなぁ、ミリヤデート様と会えなくなるのはツラい。後方で、励ましてくれるだけで良いから俺に付いてきてくれないかな。後ろで、頑張って! なんて言われたい。そんなの、全力で頑張るじゃん。
「安心してくださいアニキ! 俺がついてますよ!」
お前なんかいらんわ! トレードだトレード! ケンと羽虫のセットでどうですか?
「とりあえず、領主としてのこれからを訊いてもいいですか?」
「うん、いいよ。まず私が領主代行から正式に領主となり、今回、亡くなった者達は全てソラリオース家の仕業だと広めようと思う」
「でも、軍は動かせないんでしょう?」
「そうだね。イメガと戦争する分には構わないけど、他の街から攻められる可能性があるからね。後、デュー、お前は私の補佐として働いてもらうよ」
「そんな! 兄さん、俺はアニキに恩があるんだよ、だから俺はアニキに付いて行く」
「デュー、困らせないで。ジューは貴方に危険な事をさせたくないの。これまで大変だったわよね? 私が弱かったから、貴方達に迷惑を掛けて本当にごめんなさい」
そう涙ながらに話すミリヤデート様。しん、と静まり返る場の空気。
ん? 俺? 神妙な面持ちで、ミリヤデート様をガン見してましたが何か? さて、十分堪能したので、この空気を終わらせよう。
「ミリヤデート様、いえ、ミリヤ様とお呼びしても宜しいでしょうか?」
「え? あ、はい」
「ありがとうございますミリヤ様。では、俺が貴方の心配を晴らしましょう。ケン、お前は領主様の力になれ。これは命令だ、拒否権はない」
「そんな!」
黙れ、小童が!
「それで領主様、報酬の件は覚えておられますか?」
「あ、ああ。マジックバッグと200万ゴルドだったかな? 大丈夫だよ、用意できてる」
「それを引き換えに、ミリヤ様をください!」
「え? 母上を? は、ハハハ、タロウ君も冗談が上手いなぁ、場の空気を和ませようとしてくれたんだろ? ねえ? 母上しか見てないけど、こっちを向きなよ……え? 目が血走ってないかい? ちょ、ちょっと待って! まさか本気? 本気で言ってる?」
本気と書いてマジと読む。ここで本気を出さずにどこで出すというのか? 俺にとって、ここは甲子園であり、花園であり、国立競技場なのだ。
「い、いや、嫌ぁ!」
ミリヤ様が金切声を上げる。悲鳴と言ってもいい。
「タロウ、これには私もドン引き。さすが奇行種」
「タロウ君! マジックバッグと200万ゴルドは渡すから、出ていってくれないか! 恩人に失礼なのは承知で言うが、君はちょっとおかしい! 金輪際、母上に近寄らないでくれ!」
こうして、俺は速やかに領主邸から追い出された。
な? 言った通りだろ? 俺があの空気を終わらせてやったんだ。皆、俺の演技に騙されやがって、お笑いだぜ。
演技に決まってるだろバーカ! そうじゃなければ、誰が好んでコブ付きの未亡人なんか欲しがるか! あんな愛らしく、美しく、それでいて可憐な女性、全然好みじゃないし! 俺が好きなのは、もっとミリヤ様してるミリヤ様だし! ……あークソが! 失敗した!
俺は上を向いてトボトボと歩いた。それでもやがて、涙は落ちてきた。




