人類の神秘
明くる日、俺が目を覚ますと、何やら屋敷が騒がしい。喧騒、と言う程ではないが、秘め事を話すにしては耳障り、そんな程度の騒がしさ。
どうやら、領主は無事に死んだらしい。オマケにその護衛を含め、数名程が巻き込まれたようだ。
キレイな顔してるだろ? 死んでるんだぜ、と思わせる死体は、オールバック兄貴の手の者が、秘密裏に埋葬したそうだ。次いでに、領主派閥で酒を飲まなかった人間も、いないばぁになったらしい。不思議だなぁ。
秘め事にしては、些か不用心ではないか? そう部屋の中で思っていたが、どうやら俺に聞かせる為の意図的なものらしい。だって、話が終わったと思ったら、また同じ話を始めるんだもの。これが正気の沙汰なら、俺は誰かにバイツァ・ダストされているに違いない。まったくグレートだぜ。
それにしても、最後まで領主の顔を知らずに領主邸で過ごしてしまったな。まあ、現代で言えば賃貸アパートの大家を知らない程度なので、普通の事だと考えることにしよう。
「アニキ、おはようございます」
「……おはよう。とりあえずノックしてから入ってくれない?」
「あ、すんません。朝から色々あったもので、うっかり忘れました」
色々あった、を強調したなコイツ。言外に、お前のせいだと滲み出てるぞ。否定はしないが、そもそもお前から持ち掛けてきた案件だからね? 賞賛しろとは言わないが、批判はお門違いだろ。
「で? 何の用?」
「母上と兄さんから、朝食のお誘いです」
「いいよ、腹減ったし。あ、モネもいるけど大丈夫? 駄目なら置いていくけど」
「タロウ、私を置いて食事とはいい度胸。辞世の句は詠んだ?」
「はい、モネは連れて行くよ! ケン、何とか誤魔化してね」
俺は身支度を整えて、ケンの後に付いていった。
この屋敷に訪れて、散々歩き回ったが、俺が方向音痴なせいなのか、或いは同じ様な造りの扉のせいなのか、一人で目的の場所に辿り着く事は叶わなかった。
これがダンジョンだったら、と思うと血の気が引く。帰るに帰れず、結果住み着き、勝手にダンジョンの主を名乗ってる未来が容易に想像出来る。
ケンがある扉の前で止まり、ノックをした。
ノックできるじゃん。てっきり、ノックをすると死ぬ制約なのかと思ってた。
内側から扉が開かれ、現れた老執事が綺麗なお辞儀をした。そして、俺とケンを中へとエスコートする。
長いテーブルには白いシーツが皺一つもなく掛けられており、その上に人数分のカトラリーと果物を入れた硝子の器が載せてある。
「おはようタロウ君、とりあえず席に着いてくれるかな」
一番奥の席に座るオールバック兄貴が、俺に着席を促す。俺は老執事の案内により、オールバック兄貴から向かって左側の席へ着いた。
対面には、知らない女性が座っている。誰だろう? オールバック兄貴の嫁か? 緩いウェーブの髪が肩に軽く触れる、とても綺麗な人だ。その隣にケンが着席する。おい、バカ、そこの場所と俺の場所交換しない? ダメなら公平にジャンケンしようじゃないか。
「タロウ君、紹介するよ。こちらが私達の母上だ」
オールバック兄貴が右側の女性を紹介する。
「初めまして、ミリヤデート=イグラシオンと申します。この度は大変お世話になり、誠に感謝致します」
そう言って、俺の対面に座っている女性が、立ち上がって礼を述べた。
は? ハハウエ? 聞き間違いか? それとも俺の知らない称号かな? ハハウエっていう美人コンテストがあって、それの優勝者じゃない?
……マジで母上? いやいや、二十代にしか見えないが!? オールバック兄貴が何歳かは知らんが、俺よりちょっと年下だとしても、アラフィフ、もしくは十代で産んだとしてもアラフォーは免れないはず。なのに、目の前には皺一つない美人が存在している。
アレかな? 代理出産ってやつかな? 誰か別の人がオールバック兄貴とケンを産んだんでしょ。道理で、二人と似て……る! クソっ! 目の色と髪の色が同じだ。そして認めたくないが、オールバック兄貴とケンがイケメンであり、この女性が母親なら当然だと納得してしまう。
でも、やっぱり若すぎる。日光に弱いとか、特別な石を探してる究極生命体じゃないよね?
「あの、タロウさん、何だか顔色が優れないようですけど、大丈夫ですか?」
ああ、心配そうに俺を見つめる姿も美しい。なんて憂いを帯びた表情だ。これが未亡人特有の魅力なのか? と、未亡人にした張本人が供述してみる。
待てよ? 未亡人という事は、俺にもチャンスがあるのでは? そうだよ、俺は彼女の恩人だし、もしかしたらチャンスがあるかもしれない。
「タロウ」
そうと決まったら、俄然やる気が出てくるってもんですよ。まずはマフィア撲滅だな、彼女には手を出させん!
「タロウ」
「なに、モネ? 今、心臓を捧げる決意してるんだけど」
「心臓を捧げても、タロウは巨人側」
コイツ、原作を知ってやがる。
「それも、奇行種」
俺って、そんなに? 頭にそっと手を伸ばし、無毛地帯で涙を流した。




